Otto農場の愉快な作物たち

農場の夫

スーパーゴムボール

 それが現れたのは狭い町の光が失われた真夜中の


ことだった。夜と同じくらいデカくて黒い塊が地面


を打ちつける。その轟音と震動は人々の目を星より


も吸い込んでいった。

 

 僕はそれを窓越しに猫を抱きながら見ていた。


「すごいね、アキラ」


 胸の黒猫はうがぁーと鳴いた。揺れのせいでちょ


っと落としそうになった。


 グラグラするようになった帰り道を歩いていると


あのデカくて黒いボールを警察とかカメラとかが取


り囲んで、騒いでいた。家のドアを開けると玄関に


アキラが座っていた。アキラは僕と入れ替わるよう


に外に出た。


「いってらっしゃい。いつもの時間に帰ってくるんだよ」


 アキラは震動も轟音も僕の声も感じていない。た


だ優雅に漆黒の四本足を進めるだけだ。


 デカくて黒いボールが『スーパーゴムボール』と


呼ばれるようになったのはちょうどそのあたりだっ


たと思う。


 三日くらいで震動には慣れた。帰り道にスーツ


を着たおじさんとかおばさんとかがスーパーゴムボ


ールの周りをバランスを崩しながらうろうろしてい


た。そういえば偉い学者さんが来るとか言ってたよ


うな気がする。家のドアを開けるとアキラが座って


いた。


「いってらっしゃい。暗くなる前に帰ってくるんだ

よ」


 アキラは優雅に歩いていった。


 それからしばらくして研究結果が公表された。結


局「何もわからなかった」らしい。その言葉で人々


の目はますますスーパーゴムボール吸い込まれるよ


うになった。


 最近町に知らない人が増えた。なんでもスーパー


ゴムボールのおかげで観光客が増えたそう。


「なんだか落ち着かないね、アキラ」


 アキラは僕の胸の中でうがぁーと鳴いた。今度は


落としそうにはならなかった。


 夜が長引くにつれて人も建物の光も増えていっ


た。そのせいか、星の光は伸び悩んでいる。それで


もアキラはいつもの時間にいつもと同じように僕と


入れ替わりに出かけていった。車も増えたから心配


だった。


 ところが、ある日、アキラはいつもの時間に帰っ


てこなかった。必死に探しているうちに町の光はさ


らに大きくなり、スーパーゴムボールは四方をデッ


カいスポットライトに囲まれていた。これじゃあア


キラを探すことはできない。折り重なる光でできた


影に黒いアキラは紛れてしまう。


 夜は眠れなかった。光まみれになった町に慣れる


ことはなかった。アキラは今どこにいるのだろう。


 数年後、町を照らしていた黒い塊が忽然と姿を消


した。人々は騒いだ。「どこにいったんだ」と。あ


んなデカ物にかくれんぼなんてできるはずがないの


に。


 的を失ったスポットライトは寂しく星を照らして


いた。町の光は日に日に弱くなっていった。


 かつての黒くてデカいボールの真下、そこに押し


花みたいに眠っていた赤色を僕だけは忘れなかっ


た。 



















    





 


 


 

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