第31話 Xウィルス

               レム


 エクスに移民してから、学校には一度行ったきりだ、生徒向けの端末でGEARのαバージョンを作って、プログラミングのコンペなどに参加して資金を集めた。それと同時にギアの実際の兵器への転用も進めようとしたがそれにはどうしても場所がいる、学校を卒業するまでにレーゼと連絡を取り、会社を作った。

 Ωのαバージョンが発表された頃にコミュニティアの大財閥ネイピア家から引き抜きにあった。ニーナ・ルーエル・ネイピア本人からモディフィア研究に参加しないかという話だった。 

 ボクはそれまでの経歴をすべて削除して、性転換し、ニーナ・ルーエルというでっちあげの人物へと生まれ変わった。ニーナ・ルーエル自身はカレン・ルーエルという双子の妹になった。コミュニティアでネイピア家の自由にならないものなどない、好きなように存在しない人間を生み出したり、消したり出来る。

 

モディフィア手術というのは、知能向上手術だ、表向きは知能障害を回復させる医療技術の研究、本当の目的はもちろん、ウーベルマンシュ、人間を超える人間を作り出すことにあった。

 カレンは僕たちとは全然別のアプローチで世界の革命を行おうとしていた、すべての人間の知能の向上、それによって、人類を進歩の破滅から救うことが出来る。

 モディフィア手術は育児放棄された知的障害を持つ子供を拾って来て実験を行った、失敗を繰り返した後、偶然にもこちらの予想を上回る成功を果たした、それが χ(カイ)という女の子だった。その偶然の成功を汎用化させて成功したのがエレノアだ。

 カイのマッピングとアーキテクチャはボクがやった、カイ、の思考パターンを「あいつ」に似せて作った。カイは、異次元の知性を持つと同時に感情を失った。

 カイの知能によって、別次元の技術が次々と生み出された、普通の人間ではあと数百年はかかるような技術だ、素数方程式、高次元非可換幾何、核融合技術、ミサイル防衛システム「ランジェ」、GEARの最終バージョンΩーギア、量子暗号通信Matrix、量子コンピュータDOXA、すべてカイのアイデアを元にして作ったものだ。

 すべてが順調に上手く行っていた、核融合炉ステラの完成と同時に、新技術をオープンにさせて人類を別のステージへと進化させるはずだった。

 ステラの輸送という時になって事件が起こった。



 その日の朝目覚めると、雪の降った朝のようにすべてが静かになっていた。コミュニティアでも真夏に雪がふるわけはない。非常に嫌な予感がして通りに出ると人が倒れていてドロドロに溶けていた、死んですぐに急速に分解が始まったという調子だった。その溶けた死体がそこら中に転がっていた。

 研究所もほとんどの人間がもう液状化していた、カイは地下研究室に隔離されている、地下へ向かうエレベータでもうだいたいの予想はついていた。これはナノ兵器だ、カイが作ったらしい。

 カイは何もなかったように朝ごはんを食べていた。カイはベーグルがお気に入りで、ほとんどそれしか食べない。

レム「カイ、どうしてナノ兵器を使ったの?」

カイ「カレンがワタシを殺そうとするってわかってたから、大丈夫Xウィルスは遺伝子情報を元に潜在的脅威になる人間にだけ感染するようになっているから」

コミュニティアは国民全員のゲノムマップデータベースを保管している、それを利用して選択的ウィルスを開発したってことか、まるで最後の審判のようだ、悪い人間だけが死ぬ。僕らがやろうとしていた人類の保全をこんなに簡単に達成していまうのか。それに遺伝子見ただけで、その人間の潜在行動予測をすべてしてしまえる、遺伝子決定論をカイが支持してるってことも驚くべき事実だ。自由意志の否定、こんな簡単に答えが出るものなんだな。


レム「ワタシは潜在的脅威にはならないってこと?」

カイ「先生はワタシを絶対に殺さない、自分よりもワタシを愛しているから」

 カイに指摘されて初めて知った、そうだったのか。ボクはカイのことを愛していたのか、これが愛っていう感情か。カレンはカイを殺して手柄をすべて自分の功績にするつもりだったし、カイという存在に恐怖を感じてもいたんだろう。

 ボクは自分よりも優れた存在がいるということが幸せでしょうがなかった、自分のことを理解できる存在がいること、それが存在の理由でもある。カレンのように自分を超える存在がいることで恐怖を感じる人間もいるけどボクは違った。

 世界革命はボクにとってもはやどうでもよくなってしまった、けれどXウィルスで人類を保全させるのも違うと感じた、それではあまりにも楽をしすぎている、裏技のようなものだ。人類が滅びるとしても救われるとしても、人類の過ちで滅びるべきだし、自らの力で生存しなければ意味がない。人類が自分で人類を救えないとしたら、人類はいらないということだ、わがままを言って一時的に保管できても、いらないものをいつまでもとっておけはしない。

レム「カイ、Xウィルスはコミュニティアの外には出さないようにしてね、もう人は殺さないで。それとすべての研究は切り上げて、別惑星のテラフォーミングの研究を始めよう」

カイ「別にいいけど、ニーナ先生がそういうなら」


そういうわけで、コミュニティアの国境封鎖などの作業に追われてしまい、ステラで神聖騎士が暴走していたが何も干渉する暇がなかった、結果的にエクセとアルカによって大海嘯は阻止された。

 世界は、本当はもう詰んでいた。本当は核兵器が登場する前に、世界政府、が作られなくてはいけなかった。核兵器は戦争を不可能にさせた、分断された世界は、気候変動と文明の進歩による危機を乗り越えられない運命だ。その運命を捻じ曲げるのは繊細なバランス感覚が重要だ、人類を滅ぼすだけなら誰にでも出来る、破滅を乗り越えるのは遥かに難しい。

 世界政府を運用するには大規模なネットワークが必要不可欠だけれど、大規模ネットワークを構築するためのコンピュータは核ミサイルの計算によって発展することになる、文明が世界政府を作るチャンス、というのはその一点しかない、コンピュータが作られ、核ミサイルが作られるまで、この非常にわずかな一瞬にしか文明が存続するチャンスは無い。僕らの文明はそのチャンスを完全に逃してしまった・・・

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