第22話 カオルン市街
シンカ
いつまでも被害者面して塞ぎこんでるわけにもいかない、日が暮れる前にやられてしまった狙撃部隊の装備を回収しなきゃ。なにが情報分析官のエースの実力だ、おちょくりやがって、ムカつく。怒りってのは力になる。そうだ、ワタシは公安の人間なんだ、こういうときに働くために給料もらっていたんだ。少しぐらいは仕事してやる。
もちろんSaintの言い分にも正しい部分は大いにある、ありすぎると言ってもいいくらいだ。でもSaintのやり方は間違ってる、Saintの狙いは明らかだ。彼らはカオスをこそ求めてる、だから戦争をけしかけるように仕向けた、内戦が起こるように仕向けた、さんざんカオスにヘトヘトにさせた後に、Saintが秩序をもたらしたら、彼らはまさに救世主のように映るだろう。彼らの狙いは疲弊なんだ、そこに付け込んで自分たちの正当性をねじ込む。典型的な人心掌握の方法だ。危機を演出する。
昔正統教会が信者を増やしたのと同じ方法だ、正統教会はカルト教会としてテロ行為を行い、その一方で貧民救済をして信者を増やしていった。危機を生み出し、それを救済する・・・毒ガスをバラマキ、ガスマスクを売る。これが政治の基本であり、経済の基本でもある・・・
狙撃部隊は5人いたらしい、無残、というコトバじゃ足りない。殺されたっていうより、ひきちぎられたっていう状態だ、正確には何人だったのかも怪しいものだ。けどわざと残虐に殺してみせたということでは無いんだろう、あれは工作用の無人機で武器を持っていなかったんだ。見た目も頑丈さを追求したような無骨なフォルムをしていた。
服の装備をもらうのは諦めた、こんな血みどろのやつ怪しすぎる。その他の装備は潤沢にあった、レーションから武器弾薬、無線機、けどどうだろう、アサルトライフルを持ってウロウロしてたら、完全に敵意むき出しだ。
公安には戻りたくない。彼らが今どういう状態か簡単に想像がつく、過剰に臆病になり、過剰に残酷になっている恐慌状態に違いない。一番敵意を煽る最低の行動を繰り返してるに決まってる、ワタシを見つけたら当然監禁、尋問、下手したら殺される。それも組織の決定などではなくてちょっとした手違いで。パニック、こういう危機的な状況で一番恐れるべきものはそれだ。
彼らにはこの事態を収拾できるような人材も能力もない、内部にいたワタシが誰よりもわかってる。実力、能力、経験、すべてが足りない。滅んで当然・・・
ちぇっ、毒づいていても仕方ないんだけど・・・クソっ、泣きそうだ、優秀な人材、頼りになる人間が欲しい、使える人間が欲しい、ワタシのまわりには一人もいなかった、なにかをワタシが提案しても採用された試しがない、何を言っても理解されない、自分が無力なことよりも、それが一番腹が立った。なんでこんなにワタシは運が無いんだ・・・なんで仲間が一人もいないんだ・・・
とりあえず拳銃とレーション、無線機、医薬品だけを譲り受けることにした。それでも1人で出来ることはやらないと。端末は殺されたカップルの分と3つある。MatiXにつながる端末は非常に貴重になってるはずだ。
電脳端末の位置機能をハッキングしてるらしく、位置情報をOFFにしてない端末の居場所から持ち主の情報まですべて筒抜けだ。
あの空に浮かんでる光の輪もそうだけど、Saintの技術力は桁違いだ、どうしてこんなに差がついたのか?どうしてそんな技術力が外部に流出しなかったのか?謎ばっかり、一体どこで研究をしてたのか?そう考えると候補は一つしかない、コミュニティアだ。コミュニティアの完全鎖国、あれは何かものすごいブレイクスルー的な発明があったに違いない。そしてたった3年で世界を置き去りにしたと考えるのが妥当だ・・・
位置情報端末を見ると、大量の人の流れが都市から田舎へ流出していくのが見えた、ここはカオルンの南西の海岸地域、近くにもその人の流れが見える。都市部が停電により生活不能になり田舎に避難してるのだろうけど、田舎に実家がある人はいいとしてほかはどうするのだろう。
近くにある幹線道路を偵察にいく、みるからに疲れた避難民の群れがとぼとぼと歩いている、子供は泣き叫び、チンピラ風の男が怒号をあげる
チンピラ「うっせぇんだよくそが!たらたら歩いてんじゃねぇぞ!!」
異様な空気、どこからともなく声がする
「てめぇがうっせぇんだよ!」
1人の男が蹴りを入れると、他の人間も一斉にチンピラに暴行を初めた、散々リンチしたあとでみぐるみ剥がされて死体は蹴り飛ばされた。
おそらく停電になってから2週間ほどだ、2週間でこれか・・・。見るに耐えない。見るに耐えないけれど、これはこれで、警察がいなくなって、市民が自分たちで警察をするようになったとも言える。ここと同じようにどこでも反社会的な人間をリンチして社会の浄化が行われてるだろう。
これが核の無いセカイだ、核が無くなって平和なセカイになる、そんなわけない、核だけが無くなったところで他の武器が残っていたら、また戦争ばかりの世の中になるだけだ。
こんなの社会の堕落以外の何者でもない、ここはヴェインランドじゃないんだ。砂漠かジャングルの動物レベルの社会なんて嫌だ。こんなシャワーも浴びれない生活はまっぴらごめんだ、理性が社会を支配しなくちゃ・・・それがどんなに困難なことかを考えるとめまいがする。失われた理性を取り戻すこと、絶望的な作業量、何かをぶっ壊すことはいつだって簡単だ、あの程度の社会でも作るのに反吐が出るほどの努力と時間が必要なんだ・・・
首都のカオルンに近づくにつれて不穏さを増していった、コンビニやスーパーは略奪にあってボロボロになっているし、ぽつぽつと無造作に死体が転がって悪臭を放っている。
パパパパパ!!!
乾いた銃声の音。車が銃撃を受けていた。撃ってるのはマシンガンにプロペラをつけただけみたいな非常に簡易的な無人機だ、国防省を襲ってきたやつと同じやつ。車はコントロールを失って電柱にぶつかって爆発した。
やばすぎる、あの無人機。シンプルすぎる、簡単すぎる、ただ人を殺すための兵器だ。使い捨てのなんの愛着もない大量生産の兵器だ。非人道的すぎる。人間らしさが欠片もない。
さらにそのプロペラマシンガンは無数に集まってきて、車を蜂の巣にして去っていった。カオルンには多分無数にあれが飛んでいて、HuntDownの賞金首にされた社会の保守層を次々と木っ端微塵にしてるんだろう。
だめだ、あのカップルの狙っていた高得点狙いなんてことにはなってない、とりあえず1Pでも拾っていくっていう状態になってる、ワタシも狙われてるだろうしこれ以上は近づくことも出来ない・・・
カチ
背中にズシッと金属の感触、プロペラマシンガンじゃない人型の無人機がすでにワタシの後ろに立っていた。ロングコートにフードをかぶった少女のような機体、無音すぎるよ・・・エンジンなんなの?原子電池か?
?「シンカ・クロエで間違いないね?本当に軍事教練受けた?そんな隠れ方じゃサーモで丸見えなんですけど?」
人型無人機のスピーカーがしゃべった、少女みたいな声だ。うっせぇわ、どうせ実技は最低レベルの落ちこぼれだよ。嫌なことを思い出させやがって。
シンカ「端末を持ってる!だから撃たないで!ワタシを殺したらもう見つからないよ!ワタシなんか殺してもポイントは雀の涙だ」
?「ほう、ただのバカじゃないみたいね、さすがに公安のエリート、ローランのファイアウォールはあなたがプログラミングしたんでしょ、あれ優秀だよね~まだ誰も突破出来てないんだよ」
??「ちょっと通信変わってください」
別の女の人の声が通信に割り込んできた
コタン「クロエ先輩!ワタシです、コタンです!」
コタン?・・・あ~・・学校の後輩だ、たぶん。正直ほとんどしゃべったことは無い。顔も覚えてない。
コタン「カオルン侵入は無謀です!ジェリディに蜂の巣にされますよ」
ジェリディ?あの無人機のこと?アメンボってことか、なるほど、4つのプロペラが水面に浮かんでるアメンボみたいってことね。
コタン「ワタシ達学生は公安に変わる新解放戦線、ネオリベレーターを作ってます!シンカさんも協力してくれませんか!」
シンカ「何と戦ってるの?国家を潰すつもり?Saintと戦うつもり?」
コタン「・・・その、政治的な話は後回しにして、今はとりあえず事態の沈静化を目的にしてます」
つまり意見の統一が出来てないってことね。さもありなん、こんな状況で短時間に意見をまとめあげてちゃんとした組織なんて作れっこない、ただ国家にはもう幻滅してるし、Saintのやり方にも賛成したくない、けれど何かしたいという人間の集まりみたいだ。学生らしい、潔癖で、感情で動き、長期的視野に欠けた組織だろう・・でもこれはお願いじゃない、銃口は背中にずっしりとくっついたまま。選択肢は無い。
シンカ「わかった、そのネオリベってのに協力する」
コタン「ありがとうございます、じゃnanoさんよろしくお願いします」
nano「よっしゃ、背中に捕まって、落ちないようにベルト自分で締めてね、ワタシ両手ふさがりたくないから、自分でしがみついて、いくよっ」
シンカ「えっ・・・ちょっ!?ちょっ、もしかして、ひゃあああああああぁああああああ!!」
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