第10話 イニシエーション

          ユミ・クロラル 


ユミ・クロラルのイニシエーション資料   文責レーゼ  


Q あなたの生い立ちについて教えてください


ユミ「あいつ」(母親のこと)はクズ野郎だった。


 今風の言葉を使うなら、育児放棄、ってことになるんだろうけど、そういう段階に達してないって感じだった。育児放棄っていうと、育児する能力はあるけど見捨てたってニュアンスだけど、あいつはそういうことではなくて、単純に子供を育てるという能力が無いという感じだった。自分の面倒も見れてなかった。

 

 意思、ってのは選ぶってことだとワタシは思う。能力的に選ぶことが出来ないならそれは意思じゃない。選択肢が一個しか無かったら意思の働く場所がない。

 

 あいつは突然失踪していなくなったりは日常茶飯事、働くことも満足に出来ず、カラダを売ったり、騙されたり、借金をしたり。とにかくダメ人間だった。

 たったひとつだけあいつに感謝するべきところは、ワタシをカワイク生んでくれたことだ、あいつは、まぁ、美人ではあった、顔だけは良かった。それだけは認めよう。父親は誰かわからない、たぶんあいつも知らないだろう。金髪で青い目の人間だと思われる、あいつは茶髪でブラウンの目だったから、ワタシの髪の色と目の色は父親譲りのものだ。


 別に不幸自慢がしたいわけじゃない、別にワタシはそこまで不幸せじゃなかった。近所にユキの家族が住んでいて、ワタシはほとんどずっとユキと一緒に生活をしてた。

 ユキはパーフェクト超人だった、コミュ力MAX、勉強も出来る、友達も多い、誰にでも好かれる、運動も出来る、弱点がまったくない、完璧超人。ワタシみたいな親ガチャ失敗してる超面倒の塊みたいなやつを拾って家族同然の扱いをしてくれたのもユキの能力の証明だ。


 あいつはいつものように蒸発して、エクスの名も知らない田舎町でギャングに殴られて死んだとかいう話を後で聞いたけれど本当に何も思わなかった、涙一つでなかった。涙一つ出ない自分にちょっとだけ驚いた。


 けれどユキが高校三年で自殺して死んだ時、世界が歪んだ。意味がわからなかった、今でも意味がわからない。ユキが自殺する理由なんて一つも無い、まったく何一つ思い浮かばない。まったく理解不能だった。世界は理不尽だ。

 ワタシの世界はガラガラと崩れ去って、本当に呼吸するのも困難という状態だった。生きてく理由がない、続ける理由が無いと思った。その時思い知ったのはワタシはあいつの子供だってことだ。

 あいつと同じようにひとりぼっちだと何もできない、ユキがいてくれたからちゃんとした人間みたいなフリをしてきたけれど、1人になったら、あいつとまったく同じだってわかった。

 とりあえず絶対に子供だけはつくるまいとピルを爆買いした。自殺する気力も無かった。自殺するには気力が必要なんだって知った。全てに絶望して無気力になったから自殺したってのは嘘だ、無気力になったら死ぬことも出来ない。死ぬには気力がいる。老人や精神異常者、知的障害者は自殺しない、その気力が無いから。


 そんな状態のワタシがベッドでカタツムリになっていると、たまたまモニターにΩーGEARの世界大会の模様が映し出された。見逃さないようにタイマーをつけて置いたから。

 「エアレス」が戦っていた、一瞬で目が奪われた。これが天啓を受けるってことなんだと思う、カッと目が開いた。感動したとかプレイングスキルに驚いたとかそういうことじゃない、その頃はワタシはまだGEARには手を出してなかったからそんなの全然わからなかった。 


 初めに抱いた感想は、疑問

「なんでこの人はこんなに怒ってるんだろう?」

 

人はこんなに怒ることが出来るのだろうか?って思うくらい、たかがゲームで戦ってるだけのことなのに、その裏にいる人間の怒りがこっちにもビシビシと伝わってきた。

 世界を燃やす炎、そういう感じだった。さっきまで完全な無気力植物人間だったワタシを地獄の業火で焼き払っていった。絶対にこの人に会わないといけない、そう思った。そんな事思ったのは初めてだ。その日からワタシはガッツリゲーマーになっていた。生活のすべてをゲームに注ぎ込んだ。

 そしてワタシには才能があったらしい、WORLD GEARの世界チャンプになれた、けれど「エアレス」は第三回大会を最後に姿を消していた。世界チャンプになったらSaint社を問い詰めて「エアレス」の情報を聞き出そうと思ってたけれど、Saintの方から逆に連絡が来た。


 簡単に言うと

「世界革命を起こすから手伝わないか?」

 っていう信じられないオファーだった。GEARの軍事利用って噂はたしかにあったけど、そんなの都市伝説だと思っていたので、面食らった。でもソアラもその革命に参加してると知って、即決した。

 そしてちょっと納得した、なるほどあの怒りは、本当に世界を燃やしてやる、っていう怒りだったのか。そういう規格外のことをやろうとする異質な人間ってのは本当にいるんだ、歴史の中だけの話だと思っていた・・・



 

 

 

 

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