都会人の友達
雪見なつ
第1話
教室に大量のプリント類が撒き散らされて、生徒たちははしゃいだ。
「明日から夏休みだ! 遊びまくるぞ」
「イェーイ!」
生徒たちは長期休暇に心躍らせ、学校を去っていく。
私はみんなが去った後の教室で一人残った。散らばったプリントたちも律儀に生徒たちが片付けて、机もきれいに整頓されている。
その窓側、端っこの席に私は座った。外ではミーンミーンとセミが忙しなく鳴いている。
夏休みが始まっても、私は浮かれている訳にはいかなった。
その原因は、夏休みの大量の宿題だ。
よく夏休みの最終日に急いでやる人がいるというのは聞くが、私はその逆の人間だ。初日に終わらせて、夏休みは心置きなく遊びたいのだ。
私は机に宿題たちを積み上げて、鉛筆を持った。
夏休みの宿題の多さは異常だ。五教科でドリルが一冊ずつと自主学習のノート一冊。読書感想文と、朝顔の観察だ。
とりあえず、読書感想文から進めよう。本はもう読み終わっているから、書くだけ。その後にドリルやら自主学習やらに手をつけて、今日中に朝顔の観察以外は終わらせよう。
力強くペンを走らせること、六時間。
「終わったー」
私は伸びをして、満足した表情で終わったドリルたちを見た。
辺りは真っ赤に染まっていて、カラスが赤い空に点々とホクロをつけていた。
「やばい。帰らなきゃ。お母さんに心配されちゃう」
急いで、ランドセルに宿題たちを詰めて、私は家に帰った。
その日から、私は夏休みを謳歌した。
一日中寝っ転がって、だらだらしたり、たくさんアイスを食べたりとやりたい放題の日々を過ごした。
夏休みが始まって一週間ほど経った時、私は川で遊びに行った。
その皮は流れが緩やかで、深くもない。夏の暑い時期にはぴったしの場所だ。でも、同級生たちは市民プールや、ゲームをして遊んでいるから、この川には誰も来ない。私だけの秘密の場所みたいで、嬉しい。
しかし、その日は私以外の人が一人、その川で涼んでいた。
見ない顔だった。
綺麗な長い髪と白ワンピースを風に揺らして、青い空を見上げるその少女は、私と同い年くらいの子だろう。白すぎる肌と、ぱっちりと開いた二重の目、ピンクの薄い唇。その少女は絵本の世界から飛び出してきたかのように美しかった。
「こんにちは。ここら辺の人じゃないよね? どこから来たの?」
私はサンダルのまま、川へ入って、その少女に歩み寄った。少女はこちらを見て、少し固い笑顔を見せて、「さいたまから来ました」と弱々しく答えた。
「埼玉ってあの東京の近くにある県から⁉︎」
「え、あ、まぁ。埼玉県から来ているので、間違ってはいないですが……」
少女は指をクネクネといじっている。
「すごい! 都会人じゃん! 初めて見た。都会の人はこんなに美人なんだね。もう見惚れちゃったよ。これが恋に落ちる気持ちなんかね」
「いや、そんな美人だなんて。あなたこそ、とても綺麗な方ですよ」
「もう謙遜しちゃってー。で、なんでこんな辺鄙な村に来たの?」
「おばあちゃんの家がここにあって……」
「いつまでいるの?」
私はその少女が答え終わる前に、どんどん質問していく。
「えーと。夏休み中の一ヶ月くらいは……」
「なら、友達になりましょ。私の名前はなつみ。あなたは?」
「私は、かなえ」
「かなえちゃん! これから、私たちは友達だね!」
私はかなえを抱きしめる。かなえは「あ、あ」と声を漏らしていたが、私は気にしなかった。それよりも、かなえの匂いが嗅いだことのないいい匂いがしたので、都会の匂いってこういうのなのだと思った。
お昼の放送が流れて、私たちは一度家に帰って、ご飯を食べてから遊ぶことにした。
私は母親が作り置いてくれた、お昼ご飯を噛まずに飲み込んで、家を飛び出した。かなえちゃんと別れて、集合場所にしていた川に来るまで、三十分もかからなかった。
私は川辺に座って、かなえちゃんを待った。
水面が太陽の光を反射して、鮮やかに光り輝く。私はボーッとその光を眺めていた。
「あのー。お待たせしました。なつみさん」
私は立ち上がって、後ろを振り向く。
「もう、呼び捨てでいいよ。もう友達なんだから」
「わかりました。それならなつみちゃん……」
かなえちゃんは歯に噛んで笑った。
「うん! それでオッケー。それじゃあ、この村を案内するよ」
私はかなえちゃんの手を取って、走った。
かなえちゃんは、おぼつかない足取りで私と一緒に走った。
都会人の友達 雪見なつ @yukimi_summer
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