第5話 卒業パーティー①
ーーそして舞台は王立学園の卒業パーティー、冒頭のセリフへと戻る。
「アナベル・ハワード侯爵令嬢、そなたとの婚約は今日をもって破棄する!」
婚約破棄‥‥!エリオットは預言者なのかもしれない、とアナベルは別の意味で衝撃を受けていた。
イーサンのこの言葉をもって、アナベルの未来は既に決まってしまった。あとは彼の言い分を粛々と聞いて、エリオットとこの国を出るだけだ。彼は有言実行の優秀な従者だから、準備はすでに整えてくれているだろう。
アナベルは心の平静を保つように自分に言い聞かせた。
「かしこまりました。婚約破棄を謹んで受け入れます。」
リリーに嫉妬して命を奪おうとしたくらいだ。もっと抵抗すると思っていたイーサンは、アナベルの素直すぎる態度に肩透かしをくらっていた。
「‥‥ああ。当然だ。そしてこの場で新しく私の妃、すなわち王妃となるリリーに今までの不敬を詫びてもらおう。それからこの国を出て行ってもらう。」
気を取り直して、イーサンはこの場でアナベルのリリーに対する非道な仕打ちを暴露し、断罪することにした。愛しい恋人を痛めつけてくれた恨みは深いのだ。隣で恐怖に身体を震わせるリリーの腰を抱き、『大丈夫だよ』と優しい言葉をかけることも忘れない。
「国外への退出は承知いたしました。仰せの通りにいたします。‥‥ですが、申し訳ありません。リリー様に対する謝罪は致しかねます。」
イーサンはその言葉を聞いて苛立った。
「言葉を変えよう。そなたの長きに渡る私の婚約者としての務めに対する労いの意も込め、これまでのリリーに対する不敬を詫びれば国外追放だけで済まそうと言っているのだ。」
「謝罪は致しかねます。私がリリー様に不敬を働いた事実はございませんので。」
(殿下に嘘をつくことこそ不敬だわ。)
アナベルは王家に忠誠を誓っている。忠臣なればこそ、その意に反してでも間違っていることは間違っていると奏上することも厭わないのだ。その結果処罰されようともーー。
「こちらには証拠もあるのだ。言い逃れができるとは思わない方がいい。」
めでたい王立学園の卒業パーティーで、突如として始まった未来の国王による婚約破棄と元婚約への断罪劇の行方を、周囲の生徒や教師たちは口を出すこともできず固唾を飲んで見守っていた。
「証拠などどこにあるのですか?今ここで示していただきたい。」
そこに割り込んできた怖いもの知らずは誰かと声の主を探して彷徨っていた皆の視線が一点に集まった。視線を集めることに慣れた様子のその男性は、まっすぐアナベルの元へ辿り着くと、膝を折って彼女の手を取り、恭しくその指先に口付けた。
「「エリオット‥‥!」」
アナベルの呟きと、リリーの叫び声が重なった。イーサンはリリーの突然の奇行にぎょっとしている。
エリオットはアナベルに向けて甘い笑みを浮かべたあと、リリーに対し厳しい視線を向ける。
「名も知らぬ女性に呼び捨てにされる謂れはない。」
「‥‥彼女が無作法をして申し訳ありません。」
イーサンは呆然としているリリーを訝しく思いつつも諫め、代わりに謝罪した。腐っても王族である。エリオットの名を聞いてその正体に気が付いた。事前に参加することは知らされていたから当然ではあったのだが。
「不愉快ですがまあいいでしょう。私はガルディニア王国の第二王子、エリオット・ガルディニアと申します。」
そう言って美しい礼をした男に、会場の皆はざわざわし始めた。
「ガルディニア王国の第二王子殿下!?」
「現在、行方不明という話ではなかったか‥‥?」
「まあ、噂に違わぬ美しさね‥‥!」
「これを機にお近付きになれないかしら‥‥!」
周囲の喧騒をよそに、アナベルはエリオットを見上げて固まっていた。
「エリオット‥‥?」
それ以上口が開かない。
アナベルにとって混乱して何を言っていいかわからなくなる状態に直面するのは初めてのことであった。
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