第45話 祭りの朝


 そして、祭り当日……


 久世家では祭りの準備に大忙しだった。


「さてと……」


 着替えに入る隆幸は、まずパッチと丸首の白シャツを着る。

 そこでツギオのあることに気付く。


「お前、前後ろ逆だぞ?」

「あれ?」

「穴空いてる方を前にせんと小便出来ないぞ?」

「あ、そっか……」


 慌てて下のパッチを履き直すツギオを尻目に法被を羽織る隆幸。

 そしてケンタイと呼ばれるお相撲さんの化粧まわしのような物を腰に着ける。

 ちなみに隆幸のケンタイには『隆』の字が入っている。

 ツギオの方はと言えば、汎用の『若』と言う字が入ったケンタイで法被の上から身に着けて、紐で縛る。

 そして帯を付け始めた。

 まあ、帯と言ってもたすきと兼用のものなのだが、それを腰に巻き付けて右で縛り、そこから縄状に編んで左で結ぶ。

 最後にタスキを背中に締めて完成である。

 ツギオが嬉しそうに笑う。


「何か祭りが始まるって感じするねぇ……」

「そりゃ祭りが始まるからな」


 苦笑する隆幸だが、不思議と笑みがこぼれてくる。


「気を付けて行ってきまっし」


 久世母が床の間に大量の真っ赤な薔薇を生けながら言う。

 それを見て呆れる隆幸。


「お母さん。薔薇って何かおかしくない?」

「いいじゃない。これも祭りなんだから」


 そう言って薔薇を生ける母だが、それはほっておいた。

 二人とも着替えが終わったので玄関に行き、足袋を着ける。

 一つ一つ締める爪を入れて足袋を綺麗に履いた二人は立ち上がり言った。


「じゃあ、行ってくる」

「いってらっしゃい」


 母親の笑顔を背中に二人は外へと出た。


 ふわ~……


 秋の清涼な風が流れる朝の古屋形町の道を歩く二人。

 金木犀の甘い香りが流れる中をしゃなりしゃなりとケンタイに点いた小鈴の音だけが響く。


「気持ちいいね」

「ああ」

 

 不思議と顔が笑っている二人。

 秋の清涼な風と金木犀の香、緩やかながらに鋭い朝日に小鈴の静かな音……

 全てが祭りの訪れを静かに伝えていた。


(この空気が何とも言えんわなぁ……)


 わびともさびとも言えないこの静かな世界はやがて小さな喧噪によって消えていく。


 集合場所には既に何人かが集まっていた。


 祭りの準備をするために慌ただしく動いている。

 その中に割って入っていく二人。


「おはようございます! 何から始めますか?」

「おう! とりあえず蚊帳の中に得物持って行ってくれ!」

「はい!」


 言われて得物をまとめて蚊帳に持っていく二人。

 蚊帳というのは獅子の後ろについている布のことだが……実は加賀の獅子はこの部分が恐ろしく大きい。

 ハイエースがすっぽり入るぐらいのテントのようになっており、これを車輪付きの荷台で引っ張って移動させている。

 蚊帳の中に入って獲物を入れていく二人。


「そこの袋に入れてくれ!」


 中では副団長が道具の準備を行っていた。

 慌ただしく準備していく他の団員たち。


「よし! 早くやるぞ!」

「「はい!」」


 そうやって朝の準備が慌ただしく進んでいくのだが、準備が終わるころに声が掛かった。


「よーし! 全員集合!」


 みんなが集って最初の挨拶が始まる。

 その前に紙コップに酒を少量だけ入れて全員に配る。

 全員に配られるのだが、ツギオが不思議そうに尋ねた。


「僕らも飲むんですか?」

「お前らは未成年だから口つけるだけで良いぞ」

「わかりました」


 そう言われて紙コップを渡していくのだが……


「すんません。何で俺だけなみなみに注がれているんですか?」


 何故か隆幸のコップだけ、なみなみ注がれていた。


「口付けるだけで捨てるなら勿体ないですよね?」

「いいから! 細かいこと気にするなって! ほらはじまるから!」

「えー……みなさんおはようございます……」

 

 町内会の会長の挨拶が始まったのでうやむやになってしまう。

 会長の挨拶が終わり、次は団長があいさつした。

 そして、景気づけの乾杯が始まる。


「では皆さん。怪我の無いように。今日も一日大いに楽しみましょう! では乾杯!」

「「「「「乾杯!」」」」」

 

 くい……


 が一息で飲み干した。


「ふぅ~」


 空になった紙コップを回収していく面々。


「ふぃ~……」

 

 既に顔が赤くなった隆幸も一緒に空になったコップを回収していく。

 ツギオが笑いながら聞いた。


「お酒捨てたんだよね?」

「当たり前だろ」


 隆幸は平然と答えた。


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