第32話 理想未来は正しいのか?

「何やら難しい話をしてるじゃないか」

「先生……」


 歴史の先生がニヤニヤ笑顔で現れた。


「中々面白いことを考えるじゃないか。未来について考えるなんて偉いぞ」


 そう言って横に座る先生。


「どうした? 進路で悩んでんのか?」

「そういうのもですけど、未来ってどうなるのかなって思って……」

「あ~……なるほどな……」


 苦笑する先生。


「未来がどうなるかわかってるなら、それに合わせた進路も考えることできるし、どうすれば良いのかなって考えるんっすけど……」


 隆幸がそう言うと先生は思案する。


「まあ、俺が若い頃は『世界が統一されて、科学的でない宗教や争いを生む国境が無くなる』って言われてたな……」

「……そういや、ドラ〇もんとかガ〇ダムもそんな感じですね」

「そうだな。ガン〇ムはそれでも戦争は起きるって話だが……」


 そう言いながら思案する先生。


「ただ、大人になってわかったんだが……それってソ連のプロパガンダらしいんだわ」

「プロ……なんですかそれ?」

「宣伝だよ。お前らが幼稚園ぐらいの時か? 冷戦終結って話しを聞かなかったか?」

「なんかテレビで凄いことになってましたけど……結局あれって何だったんですか?」


 当り前だが、こんなことを知っている2000年頃の高校生などはごく少数でしかない。

 


「共産主義と資本主義と言ってな。簡単に言うと世界はアメリカ側とソ連側に分かれて銃火を交えない冷たい戦争をしてたんだ」

「銃火を交えずにどうやって戦争してたんでござるか?」


 不思議そうな顔になる佐藤。


「情報戦と言ってな。互いに『お前の国は間違ってるぞ!』って情報を送ったり、逆に『俺の国の方が凄いぞ!』って宣伝してたんだ」

「はぁ……」


 何となく理解できない鈴木だが、隆幸にはピンっときた。


「じゃあ、未来で世界が統一されて宗教が無くなるってのは、ソ連が『俺達の仲間になればこんな凄いことが起きるぞ』って宣伝してたってことですか?」

「そういうことだ。細かい話は省くが、そうやって宣伝情報を送り合ったりしてたんだよ」


 隆幸の言い分に苦笑する先生。

 とは言え、高校生にこれを理解しろというのは難しいだろう。

 様々な大人の事情が絡んでいるので説明が難しい。


「だから、昔『009』とかのスパイ系の映画も流行ったろ? あれは東西でスパイや工作員を送り合って色んな工作を行っていたから、それを題材にした映画なんだ」

「へぇ~。あれにはそんな意味があったんでござるか……」

「そういう話だったんだ……」

 

 佐藤と鈴木が納得する。

 とは言え、当時はまだ幼稚園に居たような子供に難しい思想や政治などわかるはずもないし、今もわからないだろう。

 実際、三人共話半分にしか聞いていない。

 先生はニヤニヤ笑いながら言った。


「ただ、その未来を言ってたソ連が滅んだからなぁ……」

「えっ?」

「なんと?」

 

 佐藤と鈴木がきょとんとする。


「今あるロシアはソ連が一回滅んでから、もう一回立て直した国だ。ソ連はもう無いし、あれ以来、共産主義の国はごく一部を除いて無くなった」

「……はぁ……」


 何となく気の抜けた答えをする隆幸。


「同じような理想未来掲げてた国が軒並み消えたからなぁ……そうなると、次の未来がどうなるかと言われてもわからんなぁ……」

「結局わからんのかーい!」


 そう言って、軽くツッコミを入れる隆幸。

 はははと全員が笑う。


「まあ、歴史を教える者として言えることが一つある。「未来は若者が作る」ってことだな」

「結局、普通の答えに落ち着きましたね」


 苦笑する隆幸だが、先生はにやりと笑った。


「そうでもない。『若者が未来』を作るなら、『若者が残そうとしないもの』は消えていく。残したいものなら、若者に残したいと思わせるものを渡さないといけない」

「……えっ?」


 それを言われてキョトンとする隆幸。


「おっさんしかやろうとしないものは消えるしかない。一方で若者が楽しいと思うものは後世にも残る。例えば、お前たちは演歌とかカラオケで歌うか?」

「「「全く歌いません」」」


 あっさりと答える若者三人だが、先生は笑う。


「ジャズは? フォークは? 懐メロは?」

「「「歌う訳ないでしょ?」」」


 これまたあっさりと答える三人だが、それを聞いてガハハハと笑う先生。


「だろうな。だが、それだって『当時の若者』が熱狂した音楽なんだぞ? 今、お前たちが歌ってる歌も20年後の若者には『おっさん臭い歌』に変わるんだからな!」

「自分から言っといて何故怒る?」


 ちょっとだけツッコミを入れる隆幸。

 すると先生がツッコミに笑いながらも言った。


「参考までに教えよう。イタリアには色んな伝統工芸品があるが、その大半は絶滅寸前らしい」

「どこも一緒でござるな」

「仕方ないでしょう」


 あっさりと答える佐藤と鈴木。

 だが、先生はこう言った。


「一方でナンパは父から息子へと受け継がれているが、そっちは絶滅する心配はないらしい」

「「「でしょうね」」」


 三人は同時に同意した。

 すると先生はこう言って笑った。


?」

「「「……えっ?」」」


 三人は同時にキョトンとした。

 それを見て先生はにやりと笑った。


「未来を作るのはお前達だ。何を残し、何を生み出すかもお前たちの自由だ。ただ……先生は『良い物』を残してほしいと思う」

「……つまり、ナンパを残すのではなく……」

「伝統芸術を残してほしいってことですか?」


 それを聞いて先生はにやりと笑った。


?」


キーンコーンカーンコーン……


 先生の言葉と同時に予鈴が鳴った。


「おっと話し込み過ぎた。次の授業の準備しねーと!」


 そう言って先生は去って行った。

 去って行った先生を見て隆幸はぼやく。


「結局、何だったんだろう?」

「訳が分からないでござるな」

「とりあえず俺らも準備するか……遅れそうだし」

 

 三人は慌てて食器を片づけて教室へと向かった。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る