第16話 お説教?


 そして放課後。


「いきなり授業を否定するとは中々いい度胸してるじゃねぇか」

「すんません」


 素直に平謝りする隆幸。

 

 職員室に呼び出された隆幸は真っ先に先生に平謝りした。


 この先生は剣道、柔道、空手の有段者で警察から先生になった異色の経歴を持つ。

 流石にこんな武闘派の先生に喧嘩を売るつもりは隆幸にもなかった。

 そんな先生だが、意外にも冷静にコーヒー飲みながら尋ねた。


「なんかあったのか?」

「え? 何故です?」

「静かで大人しいお前があんなこと言い出すのが不思議でな。何か悩みでもあるんじゃねぁかと思ってな」

(鋭いなこの先生)


 ちょっとだけ冷や汗を出しながら隆幸は笑顔で答える。


「大丈夫ですよ……ほら、元気ですから」

「さっきのお前の言葉はどちらかと言えば『隠していた本性がひょっこり出た』って感じだったからな」

(本当に鋭いなこの先生!)


さらに冷や汗が出る隆幸。

ぶっちゃけ、この男は中学校の時は割と悪ガキの中に入っていた。

それはともかくとして、先生は不思議そうに尋ねる。


「歴史を勉強する意義について聞きたかったんだな?」

「あ、いえ、別にそれは特に……」

「良いから聞け」

(言いたいんかい)


 心の中で突っ込む隆幸だが、先生は静かに言った。


「確かに歴史は社会に出て全く役に立たないのは確かだ。役に立つときと言えば、教養が必要とされる場面だけだし、生きていくのにまるで必要がない」

(全否定かよ)


 いきなりの全否定に鼻白む隆幸。

 だが、先生は静かに言った。


「それはそれで良いんだが……お前は必要なことだけをやって生きるつもりか?」

「……えっ?」


 意外な言葉にきょとんとする隆幸。

 先生は尚も続ける。


「前から気になっていた。最近の学生は無駄なことを嫌う。無駄な時間、無駄なお金、無駄な人間関係、無駄な物……世の中には無駄が山のようにある」

「は、はあ……確かに無駄なものが多いと思いますが……」


 何となく話を合わせる隆幸だが、先生は真剣な顔で言った。


「無駄なく効率的に生きる。それはそれで否定しない。恐らく上に上がるような連中はみんなそんな感じだろう。勉強も仕事も生活も何もかもを効率的に生きれば無駄は一切無いから最短距離で上がれる」

「ま、まあそうですけど……」


 先生の変な説教に隆幸はただ、うなずくだけだ。


(何が言いたいんだろう?)


 割と率直にそう考える隆幸だが、高校生とはこういう物である。

 そこで先生が静かに言った。


「だが、何の為に無駄を無くす?」

「えっ? 何のためにって……」


 言われて考える隆幸だが……不思議なことに答えが出なかった。


(えっと……何のためにって言われると……何となくわかるけど……)


 答えは気付いている。

 だが、喉元まで来てるのに答えが出てこないのだ。

 その様子を見て、にやりと笑う先生。


「よりよく生きるためとかそんな感じじゃないか?」

「あ~……そうです! そんな感じです!」

 

 ようやく答えが出てきたので、うんうんうなずく隆幸。

 だが、先生はにやりと笑う。


「その無駄のない生き方は『幸せな生き方』なのか?」

「……………………」


 何も言い返せなくなって黙り込む隆幸。

 その様子を見てガハハハッと笑う先生。


「悩め悩め若者! 俺の授業をバカにした罰だ!」

「ぐぅ……………………」


 完全に言い負かされて悔しそうに唸る隆幸。

 すると先生はこう言った。


「ちょっとだけヒントをやろう。例えば『誰もが法律を守るなら警察は要らない』。これをどう思う?」

「ええ?」


 意味の分からない言葉にきょとんとする隆幸。


「『攻めてくる国が無いなら軍隊は要らない』『真面目に税金払うなら税務署はいらない』そして……」


 そう言って意地悪そうに笑う先生。


「いつか死ぬとわかって何故無駄に生きる?ってなる」

「……………………えーと……」


 なんだかとっても変な問答をされて悩んでしまう隆幸。

 先生はニヤニヤと笑いながら隆幸を鋭い目で見ている。


「人間ってのは都合よく解釈する。口で言ってる理由はただの『おためごかし』で『自分のやりたいこと』の為に『もっともらしい理由』を付けることが多い。特に思春期はな」

「あ……え……」


 何を言われているのか何となく察する隆幸。


「さっきの戯言も一緒だ。法律を守りたくない奴に限って法律がおかしいと言いだす。税金払わない奴に限って税務署はいらないと言いだす。そして攻め込みたい国に限って平和と正義を騙る」

「はぁ……」


 何かめんどくさい話になってきたと困り顔の隆幸。


「『漫画家になりたい』『美容師になりたい』『ゲームデザイナーになりたい』『歌手になりたい』……これらの本音は大概一つだ『もう勉強したくない』『自分でも出来そう』」

「あ……まあ……」


 しどろもどろになる隆幸。

 ちなみにこの時代にユーチューバーやプロゲーマーは存在しない。

 だから選択肢には入ってはいないが、今の時代なら入るだろう。


(俺、そんな相談してたっけ?)


 なんだか話しがずれているような気がする隆幸。

 だが、先生はニヤニヤ笑いを変えずに言った。


「確かにお前はこうなりたいって言ってるわけじゃない……だが……」


 そう言ってにやりと笑う先生。


「この『おためごかし』を違うところで使ってるだろ? それはイカンぞ?」

「……はい」


 なんだか本音を言い当てられた気がする隆幸。


「自分に嘘つく奴には幸せは来ないぞ? 行って良し」

「は、はい……ありがとう……ございます?……」


 首を傾げながら職員室から出ようとドアに向かう隆幸。


(結局、何だったんだろう?)


 不思議そうに首をかしげながら出ようとすると後ろから声がかかってきた。


「おっと。肝心な話を忘れていた。歴史を学ぶ意味だったな」

「えっ?」


 思わず振り向く隆幸。


(今のが、その話だったんじゃないのか?)


 彼が不思議そうにしていると、先生はつまらなそうに言った。


「受験の為だ」

「……………………」


ピシャン


 何も言わずに職員室から出て思いっきりドアを閉める隆幸であった。


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