お祭り馬鹿は未来に帰れ!
剣乃 和也
第1話 ある老夫婦の思い出
西暦205x年 11月某日 白山市金剣町
カタカタカタカタ…………
一人の男がノートパソコンの前でキーボードを叩いている。
年のころは60ぐらいだろうか? 老人とは呼びにくく、おじさんと呼ぶにふさわしくない外見をしていて、その顔には皴が浅く入り始めており、髪もほぼ白くなりつつある。
カタン……
キーボードを打つ手を止め、コキュコキュと首と肩を動かす男。
「流石に年だな。ちょっとパソコンやるだけで疲れる」
そしてパタパタと手で顔を仰ぐ。
(暑くなってきたな)
少しだけ涼もうと窓を開く男。
ふさぁぁぁぁぁぁ……
秋というには寒く、冬というには温かい涼し気な風が窓から入り込み……
ブォンブォン! ブォォォォン!
暴走族の激しい音が涼しい風と共に入り込んでくる。
その音を聞いてキョトンとする男。
「……まだ暴走族が居るのか?」
その音を聞いて懐かしそうに目を細める男。
「昔はああいうのがカッコいいと思われていたものだが……今の世代にあれがカッコいいと感じる要素があるのかな?」
そうぼやきながら考える男。
昨今は何かと厳しく、タバコも映画から姿を消している。
当然ながら暴走族や不良は『悪』としか描かなくなっている。
「映画俳優がカッコいいからタバコを吸うようになったのが私らの世代だが……今の子はそれが無くなってもタバコをどこからともなく覚える。ああいうのに理由なんてないのかもしれないな」
十分に涼んだので窓を閉めてPCに向き合う男。
窓を閉めると暴走族の激しい音が入り込まなくなる。
男はPCと向き合い、先ほどの続きを書こうとするのだが……
「……飽きたな」
ぽつんと呟いてディスプレイに移っている画面を読む男。
そこにはこのように書かれていた。
『あなたがこの手紙を読むころには私は天国にいることでしょう。
そちらの町はどうなっていますか?
高層ビルは建ってますか?
服は全身タイツみたいになってますか?
マグロはまだ食べられますか?
コンピューターは発達してますか?
どんな世界になってるかはわかりませんが、きっと今以上に繁栄していることでしょう。
ですが、一つだけわかることがあります。
大変な苦労をされましたね?
無くなりそうになること。
非難されること。
興味を持たれなくなること。
色んな事があったと思います。
そんな中、ここまで続けてきた事に、まず感謝させてください。
そんな皆さんにこの歌を贈ります』
ディスプレイに写っている文面を見ながら考える男だが、すぐに両手を上げた。
「良い歌が思いつかねーな……」
うんうんと唸る男だが、すぐにマウスを操作してネットを開いた。
すると画面には裸のおねーちゃんたちが沢山現れた。
「ちょっと休憩するか」
頭にヘッドホンを着けてAVサイト『ポルナレフ』で出てきた動画を一つ一つ吟味する男。
「よし! 君に決めた!」
そう言って巨乳のねーちゃんがゆさゆさ揺れる動画を開く男。
すると……
「何やってんだてめぇ?」
ゲシッ!
突然現れた女性に後頭部を殴られる男!
「いてててて……」
男が痛そうに後頭部をさすっているのを尻目に折角開いたポルナレフを消す女性。
「手紙書いてたんでしょうが! 無駄なことやるんじゃない!」
そう言って頭をぽかりと叩く女性。
女性の年齢は男と同程度だろうか?
皴が入ってはいるが、整った顔立ちをしており、昔は可愛かっただろうと思わせる女性だ。
女性は持ってきた真っ赤な薔薇を花瓶に入れて部屋に飾り、男性に向かって怒った。
「真面目に書きなさい! 大事な手紙でしょ!」
「へいへい。『この手紙は嫁に後頭部叩かれながら書いています。そちらでもまだカカア天下はありますか? DVで訴えても良いですか?』と」
ゲシィ!
無防備な男の脇に女性のボディブローが刺さる!
男は苦悶の声にのたうち回る!
「ぐぉぉぉぉ…………」
「余計な文章足すんじゃない!」
女性は慌てて自分の旦那が描いた文章を消し始める。
そして、ため息を漏らしてあきれ声で言った。
「大体、あたしたちの大事な友達に当てた手紙でしょ? ちゃんと書きなさい!」
「そりゃそうだが…………」
そう言って机の横に立て掛けておいた写真立ての写真を見る男。
それはお祭りの記念集合写真だった。
少々古い写真で写真自体も色褪せていたが、そこにいる人たちは皆、おそろいの法被を着て笑っている。
それを見た女性がある部分を指さす。
「みんな若いね」
女性が指さした先には三人の男が居た。
一人はツンツン頭の少年。
一人はピアスを着けた少年。
そして……褐色肌に銀髪の少年。
全員が田舎の兄ちゃん姉ちゃんなのに、一人だけ異国情緒の溢れる顔つきである。
その割にはやたらと馴染んだ感じがしており、全く違和感が湧かない。
そんな不思議な少年を見て、女性は懐かしそうに呟く。
「あの時は大変だったね」
「全くだ。こいつはとんでもない疫病神だったな」
そう言って褐色肌の少年をじっと見つめる男。
言葉こそ悪いが、その目には優しいものが感じられる。
すると女性が男の腕を取り、ぎゅっとしがみついた。
「酷い言い方ね。どちらかといえばキューピッドでしょ? 私達を結んだ愛の天使よ」
そんな嫁を見て、旦那である彼はふっと笑って言った。
「鬼嫁と結び付けたから疫病神って言っ……痛いィィィィィ!!!!」
そのまま腕に関節を極める女性。
男が必死でタップするのだが、女性はますます強く極めながら、恐ろしい声音で言った。
「良いからちゃんと書け。わかったな?」
「はいぃぃぃぃ! だから腕を放してェェェ!!!」
女性はようやく放して、そのままスタスタと部屋の戸へと向かう。
「後でちゃんと確認するからな? ふざけたこと書くなよ?」
ピシャン
去り際にそう言い残して襖を閉める女性。
男は腕を振って痛みをほぐす。
「結婚したころは恐妻じゃなかったのに……女って怖い」
そうぼやきながらも手紙の文面を見直す男。
ひとしきり、読み切ってから考えた。
(祭りか…………)
机に飾った写真立てを手に取り手紙の文面と交互に見る男。
(…………考えてみればアイツのせいで色んな痛い目にも遭ったな)
そう考えると少しだけ意地悪な気持になった。
(この手紙でアイツを絶対に泣かせてやる!)
そう意気込んで再びPCの画面に男は向き合った!
そして十分後……
『OH~♡ カモン♡ カモン♡』
ヘッドホンを着けた男は画面いっぱいに痴態を見せて喘ぐ金髪ねーちゃんに夢中だった。
男はうんうん唸りながら呟く。
「やっぱ、金髪は良いな……B……うーん……BよりのAだな。やっぱアメリカは良いな」
ゲシィ!
ゲスいこと言ってた男の脳天に嫁の肘が刺さる。
「あたしの肘の評価は何?」
「……SよりのSかな……」
カラン……
ヘッドホンが力なく床へと落ちる。
嫁が肘をぐりぐりしながら聞いた。
「そのSってのはAの上って意味?」
「サドよりのAより上って意味です……」
涙を流しながら答える男。
「今日はもう寝ろ。どうせ時間はたっぷりあるんだから」
「はい……」
男は頭を体にめり込ませながら、PCを操作すると……
「ダウンロードするんじゃないよ? 後から見ようとしても消すからね?」
「動画を?」
「お前の命だよ」
「くすん……」
目がマジな嫁を見て、男は泣く泣くサイトを閉じた。
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