第20話 バルバリアの村

 ガイハの町からバルバリアの村までは一時の距離なので、すぐに着いた。


「収穫祭以外くると新鮮だな」


 収穫祭時は葡萄酒を振る舞ってくれるので、なにを置いても毎年きているのだ。


 今は春の終わり。新緑の季節だ。若葉が目に優しいぜ。


「タジー。村長に挨拶にいくぞ。メビアーヌたちは鹿の情報を集めておけ」


 馬車を広場に停め、二手に分かれて行動する。


「お前もくるのか?」


 歩き出したらミレアナもついてきた。


「バルバリアの村には手伝いにきてる子もいるからね、その挨拶よ」


 へ~。意外と幅広く顔を出していたんだな。


「お前がそんなに孤児院に入れ込むとはな」


 こいつも孤児、戦災孤児だった。オレの恩師でもあるミオリ様が保護し、一から魔法を教えられ、味方からも敵からも全方位射程のミレアナと恐れられたものだ。


 こいつの過去を知るだけに孤児院の院長となったのが不思議でたまらないのだ。なんの心境の変化があったのやら?


「まあ、そうね」


 短い返しにいろいろあるのだろう。そうかと軽く流しておいた。


 バルバリアの村の村長とは顔見知りなので、鹿狩りにきたことを説明したら歓迎してくれ、必要なら手伝いを出してくれるとの言葉もいただいた。


 そのときはよろしくと言っておき、まずは自分らで対処することにした。


 広場に戻ると、メビアーヌたちはまだ戻っておらず、孤児院の子らが炊事の用意を始めていた。


「手際がいいな」


「あなたが指導してから練習したそうよ」


 それはお前が下地を作ったからだろうに。とは言わないでおく。意味もないからな。


「タジー。お前が指揮しろ。オレらが支えるから」


 オレとミレアナは、タジーの背後につく。オレら魔法使いは前に出るより支えるのが得意な存在だ。たとえ指揮する者が年下だろうが未熟だろうが、万事支えてこその魔法使いである。


「おれ、ですか!?」


「そうだ。お前が指揮するんだ」


「自分で判断できないときはわたしたちに相談しなさい」


 それが魔法使いの矜持とばかりにタジーの肩をつかんで前を向かせた。


「これまで一人でやってきたが、隊を組んで商売をするなら人を指揮することを覚えろ。失敗しても判断を誤ってもオレとミレアナが修正してやる。安心してやれ。但し、考えなしにはやるなよ。よく考えてから判断して行動しろ」


「わ、わかりました」


 そう言う素直さはこいつのいいところだな。


 助けたいと思わせる人徳は上に立つ者に必要なものだ。タジーなら隊商でも上手くやっていけるだろうよ。


「まだメビたちが戻ってないが、畑に出て監視だ。鹿が出たら笛で合図する。追い払う勢いで吹くんだ」


「あ、あの、追い払ったら鹿を狩れないんじゃないんですか?」


 八歳くらの男の子が挙手をしてタジーに質問した。


「鹿は基本、昼にエサを求めて活動する。だが、昼間は畑に人がいて葡萄や野菜を食えない。そのせいで夜に動く。だから今回は夜に鹿を狩るために昼間に鹿を追い払っておくんだ」


 森で狩るのと森の外で狩るのは違うし、単独と集団でも違ってくるのだ。


「夜に狩れるんですか?」


「狩れるよ。逆に根絶やしにしないようにするのが大変なくらい簡単だな」


 まあ、タジーだけでも足りるところにオレやミレアナが混ざったら鹿なんて一晩でいなくなる。


「お前たちは昼間に鹿を追い払ってくれたらいい。頼むぞ」


 十歳以下は鹿を追い払う担当だ。さすがに夜にやらせるには危険だからな。


 バルバリア村の地図を地に描き、子どもたちに概要を教え始めた。


「戻りました」


 聞き込みにいっていたメビアーヌたち年長者が戻ってきた。


「ご苦労様。どうだった?」


「結構な数の鹿に荒らされているようです。鹿は森から現れて、分かれて食い荒らすとのことでした」


「やはり、昼に現れてたか?」


「今は朝早く現れてるみたいです。少し前までは夜中だったみたいですが」


 鹿も鹿で大変だな。同情はしないけど。


「そうか。なら、また夜に現れるようにするから昼に追い払う」


「追い払うだけか?」


 とはメイナ姫。狩りはしたことないようだ。


「追い払うだけだ。下手に狩ると警戒されて、一旦森に逃げてしまうからな」


 鹿は臆病だが、集団になるとさらに臆病になる。敵がいると知るとなかなか姿を現さなくなるのだ。


「追い払うだけで森には入らない。これは守ってもらう。いいな?」


 タジーの指示にメイナ姫は素直に頷いた。王に似て身分をひけらかしたりはせず、今は冒険者として振る舞っている。城ではさぞかし窮屈だっただろうよ……。


「組を十作る。太陽が沈むまで見張る」


 オレたち三人を抜かし、参加者は二十三人。十歳以下をバラけさせて決めた位置へと向かわせた。


「先生。ミレアナさん。作戦を話し合いましょうか」


 鹿を狩れる冒険者も何人かいたが、仕留めるときはいっきに仕留める。その作戦を考えようと言っているのだ。


「タジー。あなた、わたしの弟子にならない?」


「お前は誰でも構わず勧誘するなよ」


「構わずじゃないわ。優秀な者にしか誘ってないわよ」


「だからお前は一流止まりなんだよ。才能のあるなしでしか選ばないんだからよ」


 確かに才能は重要だ。だが、才能ばかりみて弟子にしようとする者の為人を見ようとしない者は一流から先に進めないのだ。


「だからあなたは嫌いなのよ!」


 と、足に蹴りを入れられた。それはもう見事な一撃を。


「……お、お前、理不尽すぎんだろう……」


 足を押さえながらうずくまり、精一杯の抗議をした。 

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