第5話 蟻
大森林に入る少年少女たちの表情に変化はなかった。
「少年。大森林に入ったことあるのか?」
年長者の少年に尋ねた。
「リオタです。はい、この辺の草刈りや第一避難小屋までの荷物運びの仕事をしています」
あーこの辺に草木がないのはそのためか。今の今まで考えもしなかったよ。
「初めて入るのは何人だ?」
「この辺なら全員入ってます。草刈りは優先して回してもらえるので」
弱者救済法か。王は本当にいろいろ考えるものだよ。弱者は淘汰されるだけなのにな。
……でもまあ、そんな王に仕えられたんだから誇らしいよ……。
「リオタ。これから奥にいくなら、年少者を真ん中に置いて、先頭はリオタ。最後尾はお前の次に大森林に入った者を置け。オレは真ん中で補助するから」
このままダラダラいっても問題はないが、帰ってからなにもしてないことがバレたらなにを言われるかわかったものじゃない。やってますを強調しておかないとな。
「ってかお前たち、武器は持ってないのか?」
二人は山刀を腰に差してるが、他は短剣すら持ってない。ミレンティのヤツ、オレに丸投げすぎんだろうがよ!
一桁台の子でも大森林には入るが、その子はちゃんと山刀くらいは持っていた。手ぶらで入ったりはしないよ。
「おれらじゃ短剣すら買えませんから」
まあ、孤児院ではしょうがないか。弱者救済法もそこまで優しくはないからな。
「なら、せめて棒でも持って」
手頃な木を風の刃で斬り倒し、枝を旋風で斬り落とした。
乾燥させたいが、時間もないので魔法で急速乾燥。十六分割に割った。
魔法の鞄から短剣を出して持ちやすいように角を削り、魔法で強化させた。
「こんなもんでいいか」
別にこれで魔物を倒せと言うわけではない。地面を探ったり威嚇用にしたりするもの。少年少女に持たせるには手頃だろうよ。
「ほら、お前たち、これを持て。大森林では役に立つぞ」
試しにと、棒で木を叩くと、いい音を鳴らした。
「この通り、魔法で強化してある。突けば槍。叩けば棍棒。自分を支える杖ともなる。武器が買えるまでこれを使ってろ」
貧乏人の武器と蔑まれるが、極めれば最高の武器ともなる。これで竜人を何百匹と葬った
「……いいんですか……?」
「子供を導くのが大人の務め。遠慮はいらんよ」
これから働いてもらうんだから棒の十や二十、安いものである。
「道から外れるときは棒で地面を探れよ。蛇がいたり沼地だったりするからな」
まだこの辺なら必要もないが、人が入らない場所はなにがあるかわからない。地面を探ることは生き延びることなのだ。
「……ありがとうございます……」
「素直なのはいいことだ。いい大人にちゃんと教育されたのがよくわかるよ」
リオタの言葉遣いが綺麗だし、言動も控えめだ。これは教育されなければ決してできることではないだろう。
「ミレアナ様に学びました」
「あ、そう言えば、ミレアナは孤児院で働くとか言ってたな」
かつてオレの部下だった女で、何年か前に軍を辞めてこの町にやって来た。伯爵に呼ばれて城で数回会っただけだから忘れてたよ。
「ミレアナ様とお知り合いなんですか?」
「元部下で魔法使いとしては妹弟子に当たるな。全方位射程のミレアナと仲間に恐れられてたよ」
王からオールレンジのミレアナと呼ばれていたな。
「氷の矢を幾十と作り出して、敵を串刺しにしてたよ」
オレは串刺し嬢と言ってた。まあ、言ったら杖で殴られるけどな。
「そうなんですか。ミレアナ様、戦いのことなにも話してくれないから……」
まあ、話したらドン引きされること決定。話すはずもないわな。
「あ、オレから聞いたと言うなのよ。あいつ、おっかないんだからよ」
なんでオレの周りにはおっかない女しかいないんだろうな? もっとオレを甘やかしてくれる女が増えて欲しいよ。
……そう信じて三十六年。まだ奇跡は起きてません……。
「は、はい。こちらにも被害が出そうなので黙っておきます」
「うん。いい判断だ」
危険察知能力も高い。こいつはきっと出世するだろう。媚売っておくか?
「リオタは将来、なにになりたいんだ?」
才能があるからミレアナもリオタを気にかけてるのだろう。次世代を残せ。それがあの戦いを生き残った者の務めであり、国のために散っていった仲間へのたむけである。
「騎士になりたいです」
また騎士かよ。世間では騎士になることが流行ってるのか?
「そうか。今は貴族じゃなくても騎士になれるからな、がんばるといいさ」
貴族の特権はまだ残ってるが、王が職業選択の自由法を戦後すぐに通した。孤児でも騎士になることは可能だ。まあ、苦難の道にはなるだろうがな。
「はい。必ず騎士になって皆を守ります」
なんとも心根が眩しいこと。王都にいくときは紹介状の一つも書いてやるか。後ろ盾にはなるだろうよ。
「偉い偉い。なら、まずはここにいる者を守ることから始めるか」
さっそく四匹の蟻が現れた。
「よし、お前ら。蟻を狩るぞ」
「で、ですが!」
「大丈夫。片側の足を排除してやるからさ──」
風の刃で蟻の片足を斬り飛ばしてやる。これなら少年少女たちでもボコれるだろう。
「リオタ。お前が指揮して蟻を倒せ」
その間、オレは蒸留酒の味見をさせていただきますので。
「わ、わかりました。皆、やるぞ!」
少年少女によるフルボッコが始まった。がんばれー。
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