第4話 転がされる師匠

「おう、ミレンティ。お前が受付に立つなんてどうしたよ?」


 受付にいくと、いつもは裏方のミレンティがいた。


 ミレンティとはこの町にきたときからの付き合いだが、受付に立っているのを見るのは数度しかない。なんかあったのか?


「ミドさんこそどうしたんですよ。大森林に入るなんて去年以来じゃないですか」


「弟子に仕事してこいと追い出された」


 いつもはメビアーヌが大森林に入っていたのに、師匠に入れとか鬼である。


「ふふ。いい弟子を持ちましたね」


 なぜかメビアーヌが絶賛されています。師匠に優しくないのに……。


「あ、入るなら気をつけてくださいね。どうもまた蟻が巣を作ったみたいなんですよ」


 ミレンティが言ってる蟻は爪先くらいの通常の蟻ではなく、魔物の蟻のことだ。


「また出たのか。蟻もしぶといことだ」


 魔物の蟻が大森林にやってくるのは多々あり、発見次第軍によって討伐されているのに、諦めずやってくるのだ。


「どこら辺かわかってるのか?」


「ニアビ岩があるところです。近日中に討伐に出ると思いますよ」


 またあそこか。蟻に取って重要なところなのか?


「蟻の被害は?」


 大きさが狼くらいあり、肉食だから蟻が出ると大森林の生き物が食い殺され、狩りで食ってる冒険者は死活問題になるのだ。


「今のところは大したことありませんね。冒険者が何人か出会って怪我をした者は数人いますが」


 冒険者に怪我はつきもの。騒ぐほどでもない。まあ、怪我をした者は大変だろうがな。


「蜜蟻がいたらいいな」


「弟子に媚びてどうするんですか」


「だってあいつ、おっかないんだもん」


「もんって、いい歳をしたオヤジが言う言葉じゃないでしょうが。師匠でしょうに」


 魔法以外のことはメビアーヌに握られてしまったんだからしょうがないだろう! 後ろにはリオ夫人がいるし……。


「そんなことより、暇してる冒険者がいるなら紹介してくれよ。手伝ってもらいたいからさ」


 銀貨三枚を出した。


 薬草探すのって手間なんだよ。なのにあのババアは一人じゃ採れない数を頼みやがって。いじめか!


「依頼料を出していただけるなら紹介しますが、メビにバレたらまた怒られますよ」


「これも次世代を育てるためさ」


 オレが教える。冒険者は学ぶ。冒険所には手数料が入る。まさに三方よし、だ。


「まあ、ミドさんが一緒なら安全ですね。新人が八人いますからちゃんと面倒見てくださいよね」


「大丈夫大丈夫。オレ、弟子持ちだよ」


「その弟子のお尻に敷かれてる人が言っても説得ありませんよ」


 ハイ、まったくその通りで返す言葉もありません。


「早く一人前にして、次は優しい弟子を迎えるか」


 才能があるから十五歳で王都に旅立たせるか。オレの弟子なら仕事には溢れんだろうよ。


「ふふ。そうなるようがんばってください。では、呼んできますね」


 なにか思わせ振りな笑みを残して受付から出ていった。なんなんだよ、いったい?


 まあいいやと売店にいく。


「ジャオ。酒くれ」


 売店を仕切るむっさい男に言うと、なぜか紙を渡された。なによ?


「……キダラの樹液……?」


 あと、甁三つと書いてあった。


「メビアーヌからの追加だ」


 あの弟子、師匠をなんだと思ってるんだ! と言ったらジャオから伝わってメビアーヌの耳に入るので飲み込んでおいた。


「……わかったよ……」


 クソ。仕事ばかり増やしやがって。オレはのんびり暮らしたいだけなねに!


「酒をくれ」


「うちは冒険者相手の店なんだがな」


「御託はいいよ。毎日、うちで聞いてんだからよ」


 外に出たときくらい好きに酒を飲ませてくれよな。


「まったく、雷撃将軍とまで言われた魔法使いが飲んだくれになるとはな」 


「そんな昔の栄光など邪魔なだけだよ」


 どんな凄い魔法が使えても敵がいなけりゃ便利屋でしかない。政治の駒にされたくないわ。


「大事に飲めよ」


 と、酒瓶を出してくれた。


「もしかして、蒸留酒か?」


「ああ。軍のヤツと絵札勝負して奪ってやったものだ」


 王が指示して造ってはいるが、まだ数が少なく量もないからここまで流れてこないのだ。


「へへ。ありがとよ」


 銀貨を二枚、ジャオに放り投げた。


「大事に飲めよな」


「わかってるって」


 メビアーヌに奪われないよう魔法の鞄に入れておく。この鞄はオレしか取り出せないからな。ふふ。


「ミドさん、お待たせしました」


 と、ミレンティが八人の少年少女を連れてきた。


「いや、新人とは言ってたが、若すぎないか?」


 一番年上でも十三歳くらいで、下は一桁台だった。


「グラデオ孤児院の子たちです」


「……もしかしてオレは、弟子の手のひらの上で転がされていたのか……?」


 状況ができすぎている。仕掛けられたと見たほうがしっくりくるわ。


「そうだとしてもミドさんがやることに変わりはありませんよ。しっかり働いてくださいね」


 どいつもこいつもオレに仕事をさせやがって! とは心の中で叫んでおく。ここは、メビアーヌに支配された地なので……。


「皆、このおじさんの言うことをよく聞くのよ。見た目は冴えなくてだらしないけど、魔法使いとしては超一流だから」


 褒めるならちゃんと褒めてくれよ。少年少女たちが不安げな目をオレに向けてんだからさ。


「オレは、ミドロック・ハイリーだ。よろしくな」


「挨拶しなさい!」


 ミレンティの一喝に少年少女たちが「よろしくお願いします!」と頭を下げた。お行儀がよいこと。


「んじゃ、お仕事へ参りますか」


 少年少女たちを連れて大森林へと出発した。

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