俺の恋人は世界一素敵な女性です。

錦月

第1話

 俺の彼女は完璧だ。容姿端麗、才色兼備、世の中の、いわゆる美しさを表現するための言葉を我が物にしてしまうほどに彼女は完璧な人だ。そんな彼女と俺はつい最近、同棲を始めた。大体、1週間前くらい前から同じ屋根の下で__正確には同じ床の下でと言ったところだろうか__生活を共にしている。そんな俺と彼女と出会ったのは3年前。仕事終わりの帰り道、できるだけ早く帰りたい、その一心でいつものように速足をしていた俺のビジネスバックのポケットの中から、静かに滑り落ちたものが自分の耳に届かないほどの音を地面との間で起こした。しかもこれまた俺の速足というのは類を見ないほどに速いのだ。例えるならば、洋服の山からお目当ての服を取り出そうとして手を突っ込んだ時、なぜだが目当ての服を引っ張り出すことができず、再度繰り返し手を差し入れるみたいな手の届かなさ…いやすまない。この例えはちょっと違うないや、まったく違う。うん、申し訳ない忘れてくれ。でもまぁ、とにかく常人とは速足のレベルが違うんだ。いや、俺の速足の話はどうでもいいんだ。話を戻す。えー、それで歩くのが速いせいでカギを落としたことに全く気付かなかった。何しろ、俺の頭の中は『早く家に帰りたい』それしかなかったからな。しかし突然、『早く帰りたい』という俺の頭の中に『待って!』という今までにない新しいものが飛び込んできて、途端に思考がそちらのほうに持っていかれた。思わず足を止めれば再度、

「待って!」

女性の声が後ろから聞こえた。声のしたほうへ、さっと方向転換するとそこには

”彼女”がいた。

「あの…!」

俺の常人とはレベルの違う速足に追いつくために、かなりの距離を移動したのだろう。彼女は若干息切れ気味に母音を出した。

「これ、落としましたよ。」

息を整え、俺のカギが目の前に差し出される。それを見た瞬間、反射的に自分のビジネスバックのポケットを探った。カギが入っていない。素晴らしいスピードの速足の途中でカギを落としてしまったらしい。俺は彼女の手の中にあるカギを慌てて受け取った。

「すみません。ありがとうございます。すみません。」

いかにも疲れた様子の彼女に対して、繰り返し謝罪をする。

「ふぅ、いや、大丈夫です!いい運動になりました。」

口角をくっと上げて、微笑む彼女の語尾には笑顔の顔文字がつくようだった。

「じゃ、落とさないように気を付けてくださいね。」

そういって、やわらかく眉を上げて軽くお辞儀をした彼女に対して、俺は慌てて深く頭を下げる。

「ありがとうございました。気を付けます。」

俺の返答を聞いた彼女は安心したように笑って、くるりと方向転換してヒールをかつりと鳴らして、行ってしまった。そして、そんな彼女の後ろ姿を見送っていた俺の心臓は今まで感じたことのない響きを伝えていた。



一目惚れ


そう気が付いたのはもう数日たった後だった。





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