第7話

 トニーの外観は、ドラム缶を胴体にした人型であると言える。そこから、極端に細く、しかし関節部の角ばった手足が生えていて、胴体上部に半球体が載っているのだ。

 その半球体に、目に当たるカメラが搭載されているから、これを頭部と見做して構わないだろう。


 今、トニーは片腕を伸ばして、ポールの寝かされた担架を押さえている。そして、片膝を着いてポールの手を取り、それをカメラの間――額だろうか――に押し当てている。


「ああ、我が創造主よ。わたくしを置いて亡くなられるとは……」


 図体からは想像しにくいが、トニーの姿は、あたかも中世騎士のそれのようだった。涙を流す機能はついていない様子だが。


 ふっとそちらに駆け出そうとしたレーナを、僕はそっと引き留めた。ポールの遺体は、見せない方がいい。


「やっぱり、ポールは死んじゃったの?」


『そうだよ』と告げようとした矢先、トニーが頭部をくるりと回転させ、こちらに向けた。


「左様でございます、レーナ様。心配は停止し、脳にも致命的な損傷が見られます。わたくしの診断ではありますが、明らかにポール様は絶命しておられます」

「ちょ、ちょっと待ってくれ、トニー!」


 僕はトニーに駆け寄り、頭部側面の、マイクと思しき小さな出っ張りに小声で吹き込んだ。


「ここにはフィンがいるんだ。僕やレーナのことを知っている君なら、フィンのことだって分かるだろう?」

「はい、承知しております」

「じゃあ、ポールが――」

「ポール様が心からフィン様をお慕いなさっていたことは、わたくしの頭脳たるAIが搭載された時から拝察しております。無論、その逆も」

「だったらあんまりポールのことは話さないでくれ。フィンは酷く動揺しているから……」


 すると、ちょうど瞬きするかのように、トニーの目の光が点滅した。

 再び頭部をくるり、と回して、トニーは僕の背後を見遣る。そして立ち上がった。

 僕も振り返ると、フィンの姿を捉えたのか、トニーはそちらに向かっていくところだった。


「フィン様。今のわたくしめのご無礼、どうかお許しください」


 フィンの前で、再びひざまずくトニー。片腕を自分の前に翳すその姿は、やはり騎士、あるいは執事のようだ。

 そんなトニーの頭頂部を見下ろしながら、フィンは声をかけた。


「あなた、戦えるの?」

「戦う、と申しますと?」

「ポールをあんな目に遭わせた奴を、殺せるの?」


 僅かな沈黙の後、トニーは胴体を逸らすようにして、フィンを見上げた。


「はい。これを仕組んだのが人間、あるいはそれに類する強度を有する生命体であれば、確実に」


 それを聞いたフィンは、ぐっと頷いてから、涙でぐちゃぐちゃになった顔で僕を見つめた。


「アル、援軍が到着したぞ。トニーがいれば、あたしたちも戦えるかもしれない」


 男勝りな口調でそう言うフィン。『どういうこと?』とレーナが尋ねる。


「今のトニーの言葉、あんたも聞いたでしょ。彼がいれば、人を殺せる。問題はここを脱出してからどうするか、っていうことだけれど――」


 その時、僕の脳裏に何かが走った。それは、言うなれば『冷たい雷』とでも呼ぶべきものだ。『これが殺気というものである』と気づく前に、僕はレーナの下へ駆け寄り、引っ張り倒していた。


 ズダダダダダダダッ、という、連続した金属音がした。銃声だ。チリチリと薬莢の落ちる音がするのだから、間違いはあるまい。

 僕とレーナの髪を撫でていった弾丸は、そのままトニーとフィンに殺到した。


 しかし、聞こえてきたのは、カツカツという鈍い音だけだ。人が撃たれた、という感覚がない。

 銃声が止んだところで、僕は頭を僅かに上げ、フィンとトニーの方を見遣った。

 そこでは、トニーがこちらに背を向けて、フィンを抱き締めるようにして立ち塞がっていた。トニーの身体からは煙が上がっていたが、傷や凹みがついたようには見えない。


 顔を戻すと、砕かれた壁面の向こうから人の声がした。銃声がしたことから考えると、警備員のものだ。


「おい、やったか?」

「何か図体のでかいのがいる! 弾丸が弾かれるぞ!」

「隙を与えるな! 銃撃を続けろ!」


 二人目の警備員が自動小銃を掲げた、その時だった。

 ドン、という地鳴りのような音がして、トニーの姿が消えた。さっと頭上を大きな影がよぎる。


 トニーが跳んだのだと気づいた時には、警備員の頭蓋にトニーの手刀がめり込むところだった。


 ぐしゃり。

 果実が押し潰されるような、あまりにもあっさりとした音が響いた。しかし、そこで目に入った光景は、一度目についたら振り払えないものだった。


 頭蓋が砕かれ、血と脳漿が飛散し、周囲に赤紫色の雨を降らせる。

 その間に、手刀は深々と警備員の胸あたりにまで至った。まるで本物の刀で斬ったかのように、ばっさりと縦に二分する。


 僕は慌ててレーナの背後に回り、強引に目隠しをした。

 僕でも吐き気を覚える光景だ。レーナがショックを受けずに済むはずがない。


「ぁ……あっ……」


 最早、声も出せない状態のレーナ。少しでもこの残酷な光景から遠ざけようとした僕の試みは、呆気なく失敗した。

 見た目に似合わず、トニーの動きは機敏で正確、そして殺傷能力抜群だった。


「う、うわあああ! く、来るな、来るなあああああああ!」


 自動小銃を乱射する、警備員の片割れ。しかしその弾丸は、呆気なく跳ね返される。そんな彼の前で、トニーはさっとしゃがみ込み、一人目(だった肉塊)の腕から自動小銃をもぎ取った。


「たっ、頼む、命だけは――」


 それが、警備員の最期の言葉だった。

 無駄撃ちを避けたトニーは、自動小銃を器用に振り回し、警備員の側頭部を殴打した。

 彼の首から上は、一瞬で木端微塵になった。


「ご無事ですか、お三方?」


 ゆっくりと、血塗れの姿で振り返るトニー。その姿は、飾りっ気のなさも相まって、凄まじい不気味さを演出していた。

 

 はっと正気に戻った僕は、吐き気を堪えながら頷いてみせた。振り返ると、フィンもレーナも無事ではあった。少なくとも、身体的には。心理的にはどうなのか、僕には判断できなかったけれど。


「皆様、取り敢えずサブコントロール室へ向かいましょう。情報を集める必要があります」

「場所は分かるのか、トニー?」

「はい。インプット致しました。ここに来る途中で」


 どうやら、望むと望まないとに関わらず、僕たちは戦うことを避けては通れないようだ。

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