その他脚本の書き方

『「感情」から書く脚本術 心を奪って釘づけにする物語の書き方』イントロダクション 感情をお届けする商売

『「感情」から書く脚本術 心を奪って釘づけにする物語の書き方』

 カール・イグレシアス=著



 イントロダクション 感情をお届けする商売


 映画の脚本を読むときに読者が感じる感情には3種類ある。つまらない、面白い、そして「ウオオッ!」だ。脚本家の仕事はこの「ウオオッ!」という反応を、可能な限り多くのページで発生させることだ。この「ウオオッ!」を読者に届けたいと望む脚本家の役に立ちたくて、この本を書いた。巧みに話を語りたければ、重要なことは1つしかない。読者を感情的に巻き込むことだけだ。それをすでに十分理解しているあなたにも、本書はうってつけだ。


 何万円も費やして脚本指南の本を読み、セミナーに参加したのに、結局お約束どおりのつまらない脚本しか書けなかったということに気づいたという皆さん。下読みさんからのお祈りメール。いいネタを探しているから是非読ませてと言ったのに、居留守を使って逃げる制作会社の重役。これは、そんな報われない思いに心折れている脚本家たちのための本だ。指南書を読み、セミナーに参加して、脚本執筆のルールや原則を一生懸命マスターしても、実はそこから先が長いのだ。もっとも脚本術の教祖たちに悪意があるわけではない。指南書もセミナーも、読者が引きこまれるような脚本を書かなければならないと教える点では一致している。それでも、巷に溢れる脚本の質に劇的な向上は見られない。確かに、一見向上したように見えないわけではない。新参の脚本家たちは言う。「見てくださいよ、いい感じの構成でしょう。プロットの分岐点はあるべきところにあるし、主人公はちゃんと英雄の旅路をたどっているし、最後にはちゃんと成長して終わるんですよ」。惜しい! あと一歩で大当たりなのに。そのような構成にまつわる基礎が重要なのは、言うまでもない。構成について素晴らしい洞察を与えてくれる書物もたくさんある。しかし、その先に行きたいと思うなら、ここで、この本を置いてはいけない。


 また脚本の書き方? 


「絶対売れる脚本の書き方のハウ・ツゥ本なんか、今さら必要?」と思った人もいるだろう。脚本家兼シナリオ講師のロバート・マッキーも、ハリウッド映画を料理に例えてこう言っている。「どうせハリウッド映画の残飯を温め直すだけなら、料理の本が1冊増えても無駄じゃないか」。ごもっともだ。本屋の書棚に、そしてネット上にどれだけ脚本の本が溢れていることか。最近アマゾンで調べたところによると、なん1200を超す検索結果が見つかった。驚愕すべき点数だ。過去30年の間、脚本家の卵たちは実に恵まれていた。書籍、雑誌、セミナー、ウェブサイト、映画学校修士課程、脚本コンサルタント、さらには脚本執筆の達人にいたるまで、あらゆる媒体で脚本執筆の原理原則が説き尽くされてきた。「××という事件を××の順番で××ページと〇〇ページに書けば、君の書いた素晴らしい脚本は売れたも同然」なはずだった。なのに、実際には何も変わっていない。今日市場に出回っているほとんどの脚本は、お約束どおりで、機械的で、何の驚きもない。要するに、つまらないのだ。なぜだろう。


 つまり脚本というのは、セオリーやプロットのレシピをなぞれば書けるわけではないということだ。もちろん基本は大切だ。しかし、基本から最高の1本までの道のりは遠いのだ。私が書いたもう1冊の本『脚本を書くための101の習慣』の中で、オスカー脚本家のアキヴァ・ゴールズマン(『シンデレラマン』『アイ,ロボット』『ビューティフル・マインド』)が言っている。「脚本を書くというのはファッションと似ています。服の構造はみんな同じです。シャツには袖が2本あり、ボタンがある。でも構造は同じでもどのシャツも違う。学校や指南書は、シャツには袖が2本あってボタンがついていることを教えてくれますが、その知識だけでデザイナー・シャツを作ってみろと言っているようなものなんですよ」。残念ながらページ数の関係で『脚本を書くための101の習慣』に採用できなかったハワード・トッドマンは、このように教えてくれた。学校や指南書が教えてくれるルールや原則は「スタジオの企画開発担当重役が脚本を台なしにする道具に成り下がっています。重役たちはキャラクターの成長とか、きっかけとなる出来事とか、プロットの分岐点といったものを悪用して、ひとりの才能溢れる脚本家にしか書けないような脚本を、誰にでも書けるような駄作に変えてしまうわけです」。


 この際、この本を書いた2つの理由を白状しておこう。巷に溢れる脚本指南書のどこにも書いてない重要な情報を、何とか道を拓こうとあがいている脚本家の卵たちに授けたいというのが第一の理由。誰もが必死に探し求めているのに、見つからない情報。何冊指南書を読もうと、何度セミナーに通おうと、新しい情報がない。これは、脚本ワークショップやセミナーでよく聞かれる不満なのだ。


 2つ目は、ちょっと利己的な理由。脚本の講師として、さらにコンサルタントとして、私もそれなりに忙しい。これ以上酷い脚本につき合わされるのはご免なのだ。業界のプロが使う技を公開すれば、初心者でも満足のいく脚本が書けるようになる。いや、なって欲しい。それが私の企みなのだ。いきなり売れるほどの品質に届かなくても、少なくとも読んで分析することが苦にならない程度にレベルアップするに違いない。


 脚本の基礎を学ぶ時間はそろそろ終わりにしよう。今から脚本執筆術で本当に大事なことに焦点を当てよう。本当に大事なこと、それは脚本を読む人に感情的な体験を提供するということなのだ。読んだ人の心がいろいろと感じたから、それを良く書けた脚本と呼ぶのだ。同じ理由で3時間の長大作があっという間に終わってしまったように感じることもあれば、反対に90分の映画が90時間に感じられることもある。心理学者が映画のことを「感情マシン」と呼ぶのは、まさにそのためなのだ。感情的体験がすべて。その体験を求めて、私たちは映画を観に行く。テレビを観るのも、ゲームをやるのも、小説を読むのも、観劇するのも、スポーツ観戦に行くのも同じ理由だ。それなのに、この感情的反応というものは、なぜか見落とされてしまう。


 私が脚本の下読みを始めて間もない頃は、昔と違ってこんなに脚本執筆のノウハウが気軽に手に入る現代は何て良い時代なんだと思っていた。ほとんどの脚本はCAAや、ICMや、ウィリアム・モリスといった大手タレント・エージェンシーから送られてくるので、どれも水準以上に違いないと思ったのだが、甘かった。最初の数年で何百本という脚本を読み、推薦したのはたったの5本。見送った脚本のほとんどが、ちゃんと書かれていたということに留意して欲しい。誤字脱字はなく、書式も完璧。構成もきれいでちゃんとそれぞれの幕が「正しいページ」で始まっている。なのに、どれも似たり寄ったりなのだ。コンピュータが同じアルゴリズムを使って、チャート式で書いたかのように通り一遍なのだ。エージェントがついた脚本ですら凡庸だったということに衝撃を受けたが、なにより役にも立たない指南書やらセミナーに浪費させられた初心者たちを思うと怒りを覚えた。何をもって本当に良く書けた脚本というのか理解している脚本家の卵は、今もってあまりに少ない。ドラマというのはロジックの産物ではない。心だ。感情だ。あなたの脚本に命を与えるのは、感情なのだ。


 感情についての一考察


 ドラマは感情だという考え方を真面目に受け取って脚本というものを捉え直してみよう。脚本というのは、左端を銅のピンで留めただけの、110ページ[英語の脚本の場合約110分と換算される]の映画の設計図などではない。深い満足を与える強烈な体験を約束するのが脚本なのだ。素晴らしい物語とその語りの話術を渇望する読者の気持ちを理解できさえすれば、脚本の売り込みは格段に楽になる。では、のめりこませる脚本と飽きられる脚本の違いは何か。ページから踊り出しで読者を満足させるような脚本と、即ゴミ箱直行の脚本の違いは何なのか。読者の心と絆を結ぶには何をするべきなのか。読者の心と結ぶ絆。その方法論こそが、成功を約束する唯一の戦略なのだ。


 始める前に、まず視点をずらしてみよう。観客のことを考えながら書くのではなく、脚本を読む人のことを考えて書かなければならない。映画館であなたが観ているのは、総勢約200人に上る職人の共同作業の結果なのだ。音楽や編集が、カメラが、演出が、セットのデザインが、あなたの感情を刺激する。一方脚本を読むというのは孤独な作業だ。読者の感情を左右するものは、あなたがページ上に綴った言葉しかない。読者の感情を揺さぶることができるのは、あなたしかいない。もし望んだ反応が引き出せなかったら、物語に引き込む代わりに飽きられてしまったら、試合終了、それで終わりなのだ。そう聞いた後でも、脚本なんて簡単に書けるとお思いだろうか。110ページを、正しい書式で書かれた柱、ト書き、台詞で埋めるだけなら確かに誰でも簡単にできる。でも、読者の興味を失わずに心を動かし続けるのは、至難の業だ。


 最初の10ページがすべてだと言われるが、その考えは捨てよう。1ページ目からいきなり大事なのだ。そして次のページも、また次のページも大事なのだ。いや、実際にはキャラクター同士の最初のやり取りから蔑ろにしてはいけない。いや、最初の文節から、最初の単語から蔑ろにしてはいけないのだ。他の下読みさんに聞いた話だが、中には無作為に1ページだけ選んで読んでみるスタジオの重役もいると言う。ランダムに選ばれたその1ページで物語に引き込まれなければ、もしページを捲って先を読みたいと思えなかったら、その脚本はパスということになる。『カサブランカ』、『チャイナタウン』、『羊たちの沈黙』等、古典的名作の脚本で試してみると良い。適当にページを開いて読んでみよう。物語のどの辺なのか見当もつかなくても、台詞に、登場人物に、そしてその場面の葛藤に引き込まれて、ページを捲りたくなるはずだ。それが素晴らしい脚本というものだ。


 自分が書いた脚本が銀幕に映し出される夢をいったん脇に押しやって、読者との間に信頼を築くことに注力しよう。あなたの脚本を手にした人は、その脚本を信頼してくれる。これはプロの手で書かれた脚本なのだから、きっと満足感を与えてくれるだろうと信じてくれる。もしあなたの技量不足でそのような満足が与えられなかったら、おそらくあなたは信用を失うことになる。


 水準以下の初稿を送りつけるのはやめよう。そんな脚本を手にどんなに待っていても、あなたが腕を磨くために1億円の小切手を切ってくれる人は現れない。あなたが全ページで感情のツボを突けるまで書き直し終わるのを待ってくれるプロデューサーは現れない。読者を感情的に揺さぶることになっている脚本の規則や、テンプレートや、コツや、テクニックがある。そのような表面的なものに頼るのは、もうやめよう。


 そう言われてもにわかには信じられないだろうか。ハリウッドでは、感情がすべてなのだという確たる証拠があれば、納得してもらえるだろうか。感情的な体験はストーリーを語るということの本質であり、しかもそれがハリウッドという商売そのものなのだ。


 感情を売るビジネス、それがハリウッド


 ハリウッドは商売だ。誰でも知っていることだが、では何を売っているのか考えてみよう。それは人間の感情だ。感情的体験を映画やテレビという形で綺麗に包装して販売、年商1兆円を稼ぎ出しているのがハリウッドの正体なのだ。前にも書いたとおり、映画もテレビも「感情マシン」なのだ。


 サスペンスの神様であり、観客の心を操る名手だったアルフレッド・ヒッチコックは、『北北西に進路を取れ』の撮影中に脚本家のアーネスト・レーマンにこう言った。「今作ってるこれは、実は映画なんかじゃない。私たちは教会にあるようなオルガンを作ってるのですよ。この和音を弾くと観客が笑う。そっちの和音を弾けば観客は息を飲む。この鍵盤を押せば皆がくすくす笑う。そして、いつか映画なんか作る意味がなくなるんです。観客を劇場に座らせ、電極につないでいろいろな感情を弾いて体験させてやればいいというわけですよ」。


 自分たちが作った感情商品を、ハリウッドがどのように宣伝するのか見るが良い。予告編や新聞広告を見ればわかる。今度予告編を目にする機会があったら、ちょっと感情的な反応は抑えて分析モードで見てみよう。いろいろな場面から抜き出された素早いカットが見せるイメージが、それぞれの瞬間に特定の感情のツボを刺激する。最後まで見ると、すっかり入場料に見合った素晴らしい感情体験が約束されているという気分になっているはずだ。


 最近の[アメリカの]新聞の映画広告に目をやってみよう。大体の広告には感想コメントが書いてある。著名な評論家の一言や、誰でも知っている媒体から出たコメントがある一方で、聞いたこともない人のコメントもたくさんある。セールス担当者は、なぜ聞いたこともないような人のコメントを載せるのか。しかも時として、市井の誰かが書いたフリをして自分のコメントを載せてしまうのには何の意味があるのだろう。それは、土曜の夜にどの映画を観ようかと迷っている人のほとんどが、そのようなコメントを読んで映画を決めるからだ。セールス担当者たちの仕事の成否は、映画評論家が書いたこのようなコメントにかかっているのだ。注意深く読んでみると、気づくことがある。「最後まで心臓を掴んで離さない」、「面白すぎてアガる」、「リアル」、「激しい」、「予測不能」、「目を疑う」、「心に響く」、「強烈な映像体験」、「心臓バクバク」、「思わず影響される」、「激しく誘惑」、「目が離せない」、「乗ったら最後、降りられない」、「腹にズシンと堪える」、「とてつもない満足感」。


 映画の宣伝で「巧みに構成され筋立ても秀逸、しかも台詞も新鮮だ」なんて書いてあるのは、見たこともないだろう。普通は、感情的なコメントが書いてある。つまり、その映画を観ることで得られる感情的体験を約束しているのだ。売られているのは感情だ。それこそが観客が望んでいるものなのだから。


 あなたの脚本を読んでくれる人に、そのような感情的体験を約束できるだろうか。昨今のハリウッド映画の平均的な製作費は80億円ほどだが、もしあなたが書いた脚本が感情的に揺さぶるものを持っていないとしたら、どうしてスタジオが80億円も投資する理由があるだろう。もし感情を掻き立てる技巧をマスターする気合いがないのなら、もし読む人の心に強烈に訴えかける術を身に着けるまで書いて書きまくるほどコミットできないなら、脚本を書いて売り込んでも時間と金の無駄なのだ。


 これで納得していただけただろうか。ハリウッドは感情的体験を売り買いする。だからハリウッドで脚本家として成功したければ、感情的体験を与える脚本を書けなければならない。今まで出版された指南書を読めば、そして脚本セミナーに参加すれば、基礎はがっちり固められる。基礎を固めたら、今度は感情的体験を創造するための道具を覚え、使い方を身に着ける番だ。ドラマを紡ぎ出すにはテクニックが、そして技術が必要なのだ。


 感情を掻き立てる技巧


 脚本家を目指すなら、技巧を磨け。聞き飽きた言葉だが、では技巧を磨くというのは具体的には何をすればいいのだろう。脚本の技巧というのは、ページ上で何をどう書くと、どういう結果がついてくるか理解しているということだ。それは、言葉を操って読者の心に特定の感情やイメージを浮かび上がらせ、注意をそらすことなく、心を動かす体験を与えて満足させてやるという技術なのだ。要するに、言葉で読者の心と物語を繋げるということ。それが脚本技巧の正体だ。マッキーが言ったように「良い物語を話術巧みに語る」、それがすべてなのだ。話術巧みに語るというのは、感情を掻き立てるということなのだ。


 脚本の名手は、まるで手品師の手の動きのように、巧みに言葉を操って観客の心に意図した感情を起こさせてしまう。物語に登場するすべてのキャラクターを完璧に把握しており、どのダイミングで何を感じ、何を望み、何を恐れるか、自分のことのように知っているのだ。名手は偶然に頼らない。最初のページから最後の110ページ目まで、読者の心の動きをすべて意図的に誘導していく。それが技巧というものだ。本書に掲載した数々の技は、どれも成功を収めた名手たちがマスターしてきたものだ。その技巧を使って名手たちが素晴らしい脚本を書き、その脚本から名作が生み出された。


 脚本家としての2つの仕事


 芸術は、燃えさかる炎と算数だ。

 ――ホルヘ・ルイス・ボルヘス


 あなたの仕事。それは、あなたの脚本を読む人を誘惑することだ。読者は、次に何が起こるか知りたくてページを捲らずにはいられないというほど、物語の世界に引きこまれている。読者の魂が体を離れて、あなたの創造した世界に飛び込んでいくほどに魅了するのだ。紙の上に印刷された字を読んでいることなど、忘れさせるのだ。そうするには、何が読者を最も興奮させるか知らなければいけない。そして何よりも、感情的に巻き込んでしまう方法を見つけ出さなければならない。そうしなければ、ストーリーを話術巧みに語ることはできない。


「良い物語を話術巧みに語る」という言い回しは、2つの意味を含んでいる。つまり、脚本家がやるべきことは2つあるということだ。第一に、想像上の世界とそこに生きる登場人物を創造する(良い物語を作る)。「クリエイティブな想像力を駆使しましょう」、ここまでは、どの脚本の指南書やセミナーでも教えてくれる基礎だ。コンセプトの作り方、キャラクターの創造の仕方、そしてプロットを考案して、構成する方法等だ。第二に、脚本を読む人に与える感情的影響を考え出す(話術巧みに語る)。話下手な小説家や映画作家の作品にうんざりしたことは、誰でも一度はあるはずだ。映画の脚本を何千本も読んでいても同じこと。必ずしも、物語がつまらないからうんざりするとは限らない。語り方が下手なのだ。ボルヘスの言葉にあるように、物語を巧みに語るというのは、その人が持って生まれた才能(炎)と、それを使いこなす技術(算数)の両方を持ってはじめて可能になるのだ。


「当たり前じゃん。腕の良い作家なら、読者の気を引かなきゃダメなことくらい知ってて当然でしょ」と思う読者もいるだろう。確かに、腕の良い書き手なら知っていて当然だ。でも、物語の技巧を勉強する手間を割く人は、残念ながら驚くほど少ないのも現実だ。そのような人たちは、読者のために書いているという自覚すらない。問題があっても適当に誤魔化す。キャラクター類型に頼って逃げる。テンプレを見て空欄を埋めながら書く。すぐに手を抜いてしまう。取ってつけたような脚本。型で抜いたような、お約束に従って書きましたというような脚本が、山のように不採用になっている。いかに多くの人が勉強を怠るかという動かぬ証拠だ。


 脚本を書くのは、ゲームでもやるのと同じで簡単だと考えている人が、数多く存在する。[英語の]脚本執筆ソフトの普及が、この良からぬ態度を助長している。書式通りに110ページを埋めるのは簡単だ。誰でもできる。しかし、110ページ全編を通して読む人の心を動かし、関心が離れないようにするのは、やってみるとなかなかハードルが高い。才能だけでなく、技巧もなければできるものではない。


 脚本の技巧というのは、紙の上で感情を掻き立てることだということがわかったところで、ではどのような感情を掻き立てればいいのか考えてみよう。


 話術巧みに語るための3つの感情


 脚本を読んでいるとき、そして映画を観ているとき、私たちは3種類の感情を体験する。それを英語ではそれぞれの頭文字を取って3Vというが、日本語ならば、「見たい、わかる、感じる」、ということになる。この感情の3つの階層全部で読者の心を奪えれば、理想的なのだ。


「見たい」(Voyeuristic =覗きたい)という感情。これは、新しい情報や知らない世界について知りたいと思ったり、登場人物たちの人間関係が気になるといった、好奇心に関わる感情だ。実際に知りたいと思ったことの内容は、脚本家本人の持っている興味や情熱そのものなので、習えるものではない。しかし、どんなことが人の興味を引くかということは、学習可能だ。興味深々、知りたい、理解したい、親密な会話を盗み聞きしたい。見たい、見ずにはいられないというのは、そのような感情のことを指す。映画の場合、何が起きても所詮は作りごとで本当ではないと観客がわかっているので、この感情はより強化される。覗き見をしても、ばれて捕まることはないという安心感があるからだ。この本当ではないという虚構の感覚は、あなたが書いたシチュエーションが迎える恐ろしい帰結から、読者を守ってくれる透明の壁なのだ。例えば、実際に鮫が泳いでいる海に入りたいと思う人はいないが、『ジョーズ』を観ているときは、鮫に食われる心配をせずに海に入った自分を想像できるということなのだ。


「わかる」(Vicarious =相手の気持ちになる)という感情。私たちは、登場人物と感情的に同化してしまうことができる。そのキャラクターが感じていることを、私たちも感じるのだ。フィクションのキャラクターを通して生きるのだ。すると、それは困難に立ち向かう誰かの物語ではなく、困難に立ち向かう私の物語になる。この心情がわかるという気持ちは、あなたが書いた主要登場人物が体験する感情によって起きる。つまり、あなたがお膳立てをしたシチュエーションに基づいて起きる。人間の本性や人間の条件に対する興味から、相手の気持ちになるという感情が生まれる。登場人物が体験している感情を認識できれば、私たちはそのキャラクターと絆を結ぶことになり、同じ感情を体験することになるのだ。


「理屈抜き」(Visceral =本能で感じる)という感情。映画を観ている以上、頭で考えるより心で感じたいと思うものだ。だから脚本を読んでいる人にも、同じように感じてもらえないと困る。関心、好奇心、期待、緊張、驚き、恐怖、興奮、笑いといった気持ちが、この理屈抜きで感じる感情に含まれる。超大作、VFX映画、アクション映画等、理屈抜きに感じる気持ちを味わうために、私たちはお金を払うのだ。あなたが書いた脚本に、そのように感じる体験が一定量以上入っていれば、読んだ人は「楽しかった」と思うに違いない。


 本書に記した上級技術のほとんどは、読者に理屈抜きに感じさせるための技術になっている。しかし、技術的な解説に移る前に、キャラクターの感情と読者の感情の違いを、しっかり理解しておこう。



 キャラクターの感情対読者の感情


 この2つは、きちんと区別して理解しておいた方が良い。例えば、喜劇の登場人物が困っているとする。しかし観客はそれを見て笑う。あるいは、スリラー映画の登場人物がいたって冷静にしていたとしても、観客は彼が気づいていない脅威を見せられているので、ドキドキしているということもある。感情は大事だということを良く理解していない脚本家は、登場人物の感情に重点を置き過ぎてしまうことが多いので、気をつけなければならない。登場人物を泣かせれば、観客の憐憫を煽れるだろうと思ってしまうわけだ。その登場人物に感情移入していれば、観客も泣くかもしれない。でも、それだけでは足りないのだ。登場人物が激しい感情を剥き出しにしているのに白けてしまうという映画は何本も見ているはずだ。心が震える理由がなければ、客は飽きてしまう。あなたが書いた登場人物が泣くかどうかは、あまり重要ではない。重要なのが脚本を読んだ人が泣くかどうかなのだ。ゴードン・リッシュ曰く、「大事なのは、読んでいるそのページで何が起きているかじゃない。読んだ人の心の中で何が起きたか。

 それが肝なんだ」。


 この本のゴール


 本書は最良の手本を直接参照していく。遠回りはしない。脚本の名手たち、古典的名作から選んだ巧みな語りの技術や、脚本という商売の奥の手を、品を揃えてお見せしよう。その目的はただ1つ、あなたの脚本とそれを読む人との絆を太くすることだ。


 拙著『脚本を書くための101の習慣』は、成功を収めている脚本家たちの行動から成功につながるヒントを得ようという内容だったが、本書は脚本家たちが実際に使うテクニックを具体的に示し、何がどのように脚本を素晴らしくしているのか盗もうという内容だ。『脚本を書くための101の習慣』が語り部について書かれた本なら、これは語り方についての本なのだ。


 この本の目的は、これを使えば間違いないという処方箋ではなく、こういうのもありますよと提示して、探求することにある。「これをやれば間違いなし」といった言葉は使っていない。私には書き方を教えることなどできない。そんなことができる人はいないのだ。私は規則を盲信していないが、道具の使い方は信じている。だから、良く書けた脚本の、どこがどう良く書けているかを教えることならできる。腕の良い脚本家が、どうやって読者の関心を引きつけ、最初から最後まで気を散らせることなく、心に響く数々の幅広い感情的体験を散りばめて心を揺さぶるか。その方法なら見せてあげられる。そのようなテクニックを適用して、あなた自身の才能と、腕と、そして想像力を組み合わせて脚本という芸術を創造してもらえたら嬉しい。大事な規則があるとすれば、それは脚本が巧く書けたかどうかということだけだ。巧く書けているということは、読者を感情的に巻き込めたということに他ならない。そしてハリウッドでは、それが唯一無二の規則なのだ。規則や原則、そして公式といったものは、何をすべきかを既定する。一方、技巧やテクニックは巧くやる方法を教えてくれる。この本は、良い話と巧く語るための道具なのだから、どこから読んでも構わない。道具箱に入れて、必要なときに取り出して読めば良いのだ。


 本書は、数多の脚本に関する書籍を押しのけるために書かれたのではなく、むしろ既存の書籍群を補完するものとして書かれた。基礎の次の上級編なのだ。だから、もしあなたがまだ脚本執筆の技巧を勉強していないのなら、まず基本をしっかり叩きこむこと。そして本書を読んで、脚本の勉強を完結させよう。


 ちょっと警告


 本筋に入る前に、1つ警告。もし、あなたが映画の「魔法」を信じたいのなら、今すぐこの本を書棚に戻して、読まないことをお勧めする。本書は、上級テクニックを紹介することによって、銀幕の魔法を解体してしまうのだ。紹介するテクニックは、いずれも巧く語られる物語には頻繁に使われるので、見覚えのあるものも多いだろう。しかし、この本を読んでしまったら、二度と再び、以前と同じように映画を観ることはできなくなる。そして脚本も以前と同じようには読めなくなる。手品を観て素晴らしいと感激した後で種明かしをされるようなものだ。手品の幻影は砕け散り、同じ芸を観ても二度と同じように興奮できなくなってしまうわけだ。この本には、素晴らしい脚本を書く秘訣が明かされている。だから、もし映画の「幻影」が粉砕されては困ると思ったら、ここから先は読んではいけない。


 この本は、脚本執筆の基礎知識は当然読者に理解されているという前提で書かれている。これは脚本執筆に関する技巧をあつかった上級編であり、売れそうな脚本を書くためのハウ・トゥ本と一緒に使うのが効果的だ。本書に紹介されているテクニックを使うと自動的にあなたが偉大な脚本家になるというわけではない。巧くなるには、本書で紹介するテクニックを自分の脚本に適用し、数をこなして腕を磨く必要がある。そうすれば、あなたの腕は必ず上がる。


 原稿上の言葉で読む人の感情を掻き立てる。脚本を書くにあたって、これ以上大事なことはない。ト書きと台詞と柱が並んでいればいいというわけにはいかないのだ。まず何より、あなたの脚本を読んでくれる人があなたの観客なのだという事実を受け入れよう。そして読んでくれる人の心を動かさなければならないということも。英語の感情という言葉は、その起源をたどるとラテン語の「掻き乱す」という単語に行きつく。「驚かせる、気分を害する、心を乱す」ということだ。あなたの役目は、読者の心を掻き乱すことなのだ。退屈な日常から連れ去って、無理やり攪乱する。それこそが脚本を読む人が望むことであり、ハリウッドにとっての商品なのだ。今日からこのように頭を切り替えて欲しい。「映画は感情商売だ。そして脚本家の仕事は読者の感情を掻き立てることなのだ」。あなたの脚本家としての使命を一時も忘れないように、これを極太マーカーで紙に書いて貼っておこう。


 脚本を読んでくれる人の心を攪乱する前に、まずどんな人があなたの脚本を読んでくれるのか知っておいた方が良い。どういう人で、どのような権力を持っているのだろう。何より、その人たちはどんな脚本を探し求めているのだろうか。



(ぜひ本編も併せてお楽しみ下さい)

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