第3話 『もしかして、そういうの⁉』
「いや、キミのことじゃなくてさ、さっきから声が聞こえるじゃない」
「えっ……⁉」
と驚いて、アルマは左右を見まわす。
――が、あたりには何もいなかった。
もちろん、声など聞こえない。
「やだ……おどかさないでよ。誰もいないじゃない……」
不満そうに口を尖らせると、今度はスペスが驚いた顔をする。
「えっ、アルマには聞こえないの……⁉ そうなんだ……」
「ちょっと……大丈夫? やっぱりどこか打ってるんじゃ――」
アルマは心配してそう言ったが、
スペスは、聞いてないかのように空中に向かって、
『……そうなの? うん、わかった』などと話している。
「ごめんアルマ……ハルマスの声はボクにしか聞こえないらしい。なんか変なこと言っちゃったみたいで、驚かせたね」
スペスのその言葉に、アルマは急に何かを察した。
「やだ……もしかしてそういうの? わたしも経験あるけど、それはそろそろ卒業しないと、あとで黒歴史になるわよ……」
「うん? そう……なんだ」とスペスは良くわかっていない反応をする。
「でも、その本は本当に読んでみたかったなぁ……」
スペスがまた思いだしたように言った。
「字が読めないんじゃ、仕方ないわよ」
とアルマは言うが、スペスはどうにも納得がいかないようで、
「でもなぁ……」と悔しそうにしている。
その姿を見てクスリと笑ったアルマは、
「そんなに読みたいなら、わたしの村へいらっしゃいよ」と言った。
「――わたしの家に子ども向けの本があるから貸してあげるわ。勇者様の物語だってそんなに難しくないんだから、それが読めればすぐに読めるわよ」
「行っていいの?」
「どうせ行く当てなんて、ないんでしょ?」
そう訊ねると、スペスは大きくうなずいた。
「ありがとう! これから、どうしようかと思ってたところなんだよ」
と、嬉しそうにアルマの手を握る。
「ひゃっ! あ……で、でもわたしがスペスに読んであげればそれでいいのかしら……ね?」
「いや! どうせなら自分で読みたい!」
「え、ええ……そうね、そうね」
同意をしつつ、アルマはそっと手をほどいた。
「……そ、そんなわけでね、
アルマが話を戻すと、スペスが急に真顔になった。
「そんな淋しいところで、アルマは――一体何をしていたの?」
それはこっちのセリフなんだけど? とアルマは思う。
今まで
ここへ来る道は、あるにはあるが、知らなければ道とも分からないような踏みあとだ。
そんな場所にどうしてスペスがいたのか? アルマには大きな疑問だった。
だが、たとえそれを訊いたとしても、きっと「覚えてない」と言われるのだろう。
スペスも嘘をついている訳ではなさそうだったが、何かがおかしな事は確かだった。アルマは、何も言わずにじっとスペスを見る。
青みがかったその髪は〝鳥の巣〟みたいにボサボサだった。
目は眠そうに半分閉じられていたが、最初からずっとこんな感じなので、生まれつきかもしれない。
紺の長い上着と、同じ色のズボンには、何に使うのか、ポケットがいっぱい付いていた。
あまり見ないデザインの服だったが、生地は良さそうで
肩からかけているカバンも良さそうな皮を使っているので、もしかして裕福な暮らしの生まれかもしれない。
そんな事を考えていると――
「ずっと見つめられたら、照れちゃうよ」
と、照れた様子もなくスペスが笑った。
しかたなく詮索をあきらめて、アルマは口を開く。
「わたしはね、ここへ薬草を採りに来てるのよ」
と、石の並ぶ遺跡を指さす。
「ほら、
言っていてアルマは、自分の暮らしの貧しさを隠せないのが気恥ずかしかったが、スペスは気にした様子もなくうなずいた。
「それは興味深いねぇ…………どれどれ」
と即座に立ち上がり、石のほうへと歩いていく。
さっきの《酔い醒まし》がよく効いたのだろう、顔色はすっかり良くなっていた
アルマは安心したように微笑んで、立ち上がる。
天気はあいかわらず良く晴れていて、気温もあがっていた。
じっとりとまとわりつく汗を拭こうと、カゴから手ぬぐいを探していると、うしろからスペスのはしゃいだ声が聞こえる。
「ねぇねぇ! すごく赤い色をした草があるよ! これは見るからに珍しいよね!」
アルマは手拭いを取り出すと、カゴを背負いながら答えた。
「あ、その赤いのは気をつけてね。触るくらいなら平気なんだけど、まちがって顔につけると大変なことになるから」
「えっ……?」
という声に、急いでアルマが振り返ると、スペスは額の汗を手でぬぐっていた。
手に〝赤い草〟を持ちながら……。
ふたりが、固まったように見つめあう。
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それを、顔につける、だと……?
それでは次回、
第4話 『な・に・か・し・ら⁉』
で、お会いしましょう!
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