第33話 『おっふろだ、おっふろ⁉』

 夕方になって、なんとか薪割りを終わらせたスペスが、外のかまどで夕食の支度を始めていると、二人が帰ってきた。


「もう……だめ~」

 小屋に入ったアルマは、入口近くの毛皮へ、すべり込むように転がった。


「まぁ、よくやったほうだな……」とメイランが笑う。

「――メシの支度はアタシと小僧でやるから、少し休んでな」


「ふぁい……ありがとうござい……まぁすぅ」

 突っ伏したアルマはそれだけ言うと、そのまま、すぅすぅと寝息を立てはじめる。


 ふっと表情を崩したメイランが、そっとアルマに掛布をした。

 そのままアルマは、夢も見ないほどぐっすり眠ったが、食事ができるころになると、

「……いい匂い」と起きてきた。


「なんだか、すごくお腹がすいちゃって――」

 そう言ったアルマは、スペスがおどろくほどの量を食べていた。


「それだけ魔力マナを使ったってことで、当たり前だな」

 メイランはそう言って、バターをふかした芋にのせると、口へ放りこむ。

「――うん、これはいい芋だな。なかなかに美味い」


「それで、きょうの成果はどうだった?」

 スペスが、ソーセージを噛みながら訊いた。


「そりゃもう、バッチリよ!」

 アルマはパンを食べながら親指を立ててみせる。

「聞いて! わたしね、ちゃんと木剣が振れるようになったんだから!」


「へっ? 丸一日やって、それだけ?」

「あーっ、スペスってば、まるでわかってない!」

 頬を膨らませながら、アルマはもう一つパンをとる。

「あとであの剣を持たせてあげる。そしたらわたしの言ってることがわかるんだから!」


「いや、それはいいよ」とスペスは手を振った。

「アルマがそう言うのなら、ボクは信じるから」

「そう? それならいいけど……」と、アルマはまたパンをかじった。


「さてと……」

 もったいを付けるようにお茶をすすってから、メイランが言った。

「今日はメシが終わったら、風呂にいくぞ!」


「ええっ! お風呂っ!」

 アルマが目を輝かせると、スペスが訊いた。

「なに? お風呂って?」

「あー、スペスは知らないか……、村には無いものね」とアルマは言う。


「お風呂っていうのはねぇ、人が入れるくらいの大きな入れ物に、温かいお湯をたっぷりと入れて、その中に入って温まるものなの!」

 身振り手振りまでつけて、熱心にアルマは説明する。


「ふーん、お湯にねぇ……この芋みたいに茹であがんないの?」


「バカねぇ、そんなに熱くしないわよ……。

 ちょうどいい温度にしてあって、すっごく気持ちがいいのよ。

 街にいくとね、誰でも入れるおっきなお風呂があるの! わたしが街に行ったときには必ず寄るのよ。

 スペスも機会があったら一緒に行きましょ、しあわせになれること間違いなしなんだから!」

 そう言って、アルマは嬉しそうに両手を広げる。


「へー、そんなすごいものが本当に――あるの……? この山の中に?

 ハッとなったアルマが、メイランを見る。


「ああ、あるぜ――それも、とびきりの奴がな!」

 アルマの不安を、自信たっぷりに笑うメイランが吹き飛ばした。

「やったぁ!」と声をあげて、アルマはまた一つパンを取る。

「――そうとわかれば急いで食べなきゃね!」


「まだ食べるの⁉︎ ボクはもうお腹いっぱいだよ……。先に片付けしてるから、アルマはゆっくり食べててよ」

 スペスが立ち上がり、食器をまとめ始める。

「そう? スペスってば少食ねぇ……」


「代わりにボクは、あっちの固くなったパンをもらうからさ」

「あれ、カビが生えてたから食べない方がいいわよ」

「食べないよ、ちょっと使いたいんだ」

「使う? まあ、食べないなら別にいいけど……」

 そう言うとアルマは目を移し、楽しみにしていた果物をえらびだした。


* * * * * * *


「おっふろだ、おっふろだ、おっふろだねぇ♪」


 三人は、ご機嫌なアルマを先頭に、夜の森を歩いていた。

 下着のように短い服を着たメイランが灯りを持ち、スペスはシャツと下着だけ、寝てしまったアルマは練習着のままだったが、パジャマをはおり、髪はほどいてきた。


 暗い森をしばらく歩いて着いたのは、アルマの村でも水源にしていた小さな川だった。


「この川沿いに、上流へいけ」

 メイランが灯りのついた棒を振って指示する。

 アルマは言われた通りに川を曲がり、草の踏み分け跡をたどって川上へのぼって行った。


「アルマー」

 声をかけられてふり返ると、スペスが立ち止まり、空を見あげていた。

「あの青いヤツなんだけど、このまえ見た時と形がちがうんだ……。別のやつなのかな?」


 スペスの見あげる山の上には、半分よりすこし膨らんだ、青い月が昇りはじめていた。

「ああ、あれは同じものよ」とアルマも立ち止まる。


「青の小月こづきは、毎日かたちが変わるの。だんだんと丸くなったり、逆に細くなったり、ね。でも、それは光ってるところが変わってるだけで、毎日べつの月に入れ替わってるわけじゃないのよ」


「へぇ……ややこしいんだね。赤いのは、いつも変わらないのに?」

「そうね――」と、アルマはうなずく。「赤の大月おおつきはいつも変わらないのよね」

「赤いほうは……まだ出てきてないな」スペスは空を見まわして言った。


「赤の月はね」と、アルマも空を見あげる。

「いつも太陽と反対にあるのよ。だから、太陽が沈んですぐの頃は、まだ山の陰に隠れているの」

「そうなんだ」


「夜に時間を知るのに便利なのよ。赤い月が昇って沈んだら、もうすぐ朝ってことなの。青の月は毎日位置が変わるから、そういうのには向いてないわね」


「赤いほうが、便利なんだ」

「あら、青いほうも便利なのよ」

 アルマが異を唱える。

「どうして? 位置も、形も、毎日変わるんでしょ?」


「青の月はね、丸から細くなって、また元の丸に戻るまでに必ず三十日かかるのよ。

 だから、どのくらい日にちがたったのかを知るのに使えるの。

 青の満月が二回きたから六十日たった、そろそろ麦を収穫しよう、みたいにね。これは毎日変わるからこそなのよ」

「うーん、それは興味深い」


 うなずくスペスを、メイランが呆れたように見た。

「そんなことも知らないなんて、アタシより莫迦だな……もじゃもじゃは」

「あっ……ちがうんですよ!」

 アルマはあわてて、スペスに記憶がないことを説明した。


「そいつは難儀なことだな……。バカにしてわるかったよ、もじゃもじゃ」

 メイランがその高い頭をさげる。

「いいよ、気にしてないから」とスペスは言った。


「それよりも、もじゃもじゃじゃなくて、スペスって呼んで欲しいんだけど?」

「言いにくいから、もじゃもじゃでいいだろ?」


「どう考えても、もじゃもじゃの方が言いにくいでしょ?」

「そうか? 見解の相違だな」

 メイランが顔色を変えずにそう言うので、スペスは肩をすくめてまた歩きだした。



「ついたぞ、あれだ」

 メイランが照らした先に、大きな石で川の流れを分けた〝池〟があった。

 見れば、近くの木を曲げて、屋根まで作ってある。


「……あのぉ、メイランさん?」

 アルマが、不安をいっぱいにした顔で訊いた。

「まさか……、川の水に浸かって〝水風呂〟、とか言わないですよね?」


「よく、見てみろよ」池を指さして、メイランがニヤリと笑う。

「……湯気が出てるだろ。あそこが湯船だ」


――――――――――――――――――――――――


★☆★☆★☆ お知らせ ☆★☆★☆★


面白いと思って頂けましたら、ぜひ★評価をお願い致します。

★ひとつでも頂ければ嬉しいです!

また毎日更新していきますので、フォローもしていただけると嬉しいです。


★はこちらの作品ページから送れます。↓

https://kakuyomu.jp/works/16816410413898798116

ポチっと押すだけなので、ぜひっ!


☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆


次は、サービスのお風呂回です!

ついにあのアルマが脱ぐ!(ただし、文字!)


それでは次回、

第34話 『お風呂は、いいもの⁉』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る