第12話 『アルマがいてくれたから⁉』

 村を出たときに晴れていた空は、登るにつれて雲が増え、

 丘の上についた時には日が差さなくなっていた。


 さっきまで見えていた双子の山も、今は雲をかぶって隠れている。

 今日の天気なら雨は降らないだろうとアルマは見ているが、どちらにしても、天気はだんだんと悪くなっていくようだった。


 丘を登りきったふたりは、まず最初にスペスが吐いていた場所を調べたが、特に手がかりになるようなものはなかった。

 次に、まんなかにある遺跡へむかう。


 すでに作った者がいなくなった遺跡は、

 前に来たときのまま、ただ静かに風に吹かれていた。


 遺跡の石のうえにカゴをおろし、アルマは採取の準備をはじめる。

「じゃあ、わたしは、お天気がもってるうちに薬草を集めてくるね。もしなにか見つけたら教えるから、しばらくやったら、お昼にしましょ」

「わかった――ボクは別に気になることがあるから、遺跡を調べてみるよ」

 そう言ってふたりはわかれ、それぞれの作業を始めた。



 昼ごろになると――雲はさらにふえ、空は、一面の灰色になっていた。

 いったん休憩にしたふたりは、遺跡の石に腰をかけて、持ってきたお弁当を食べはじめる。


 アルマはそれまでに、遺跡中を目を皿のようにして見まわったが、スペスの身元がわかるものどころか、足跡も、焚き火のあとも、ゴミすらもろくになかった。


 いくら探してみても、ここに人がいた形跡を見つけられなかった。

 しばらくの間、ここにはアルマ以外、だれも来ていない。

 まるで、すべての物がそう言っているかのようだった。


 せっかく、何かを見つけようとここまで来たのに、今のところめぼしい成果は何もなかった……。



「それで――どう?」

 訊くまでもないだろうと思いながら、おずおずとアルマは訊ねる。

「うん」と満足そうにスペスがうなずいた。


「この揚げ物、美味しいね。アルマが作ったの?」

「違うでしょ……」と、アルマは大きくため息をつく。


「……スペスの事で何かわかったことがあった? って、訊いたのよ」

「ああ、そっちか……」


「そっち以外に、どっちがあるのよ」

 ムッとして、思わず口をとがらせる。


「えーとさ、ハルマスと調べたてたらわかったんだけど……この遺跡は、まだ生きているみたいなんだ」


「遺跡?」

 眉をひそめたアルマは、じろりとスペスを見た。


「生きてるって言っても、生き物ってことじゃないよ。まだ機能してる、って意味なんだけど――」


「ふーん……」

 とアルマはぞんざいに返したが、スペスは楽しそうに話をつづける。

「その機能っていうのがさあ、ボクの見たところだと――」


「あのさあ!」

 話をさえぎって、アルマは言った。


「スペスは記憶を取りもどしたくないの⁉︎ じぶんが誰か知りたくないの⁉

 なんでさっきから関係ない話ばっかりするのよ!

 今もどこかで、スペスのことを心配してる人がいるかもしれないんだよっ!」


 あふれてくる感情を押さえこもうとしたが無理だった。

 顔があつくなり、言葉を吐き出すたびに鼓動が早くなるのが自分でもわかった。


「いきなり、なに⁉」と、スペスが驚いて言った。

「そりゃあもちろん、記憶が戻ればいいと思ってるよ。そんなの当たり前だよ」


「だったら!」

 両手をぎゅっと握りしめたアルマは、顔を伏せながら叫んだ。

「もっと真剣にやろうよっ! 私だけずっと悩んでて、バカみたいじゃないっ!」


「真剣にって――やってるよっ!」

 スペスが、いきおいよく立ちあがる。

「やってないっ!」

 アルマも立ちあがり、言い返した。


 真っすぐにスペスを見つめるその両目には、こぼれ落ちそうなほどの涙が浮かぶ。

 スペスの顔に、さっと後悔の色が差し――気まずそうに目を伏せた。


 そんなスペスを見て、アルマも後悔で胸が張り裂けそうになった


「ごめんなさい!」と、アルマは言った。

「つらいのは、スペスの方なのにっ……。わたし、わたしねっ、こんな喧嘩がしたかったわけじゃないの……ただっ!」

 まぶたをギュッと閉じると、目に溜まった涙は、当たり前に落ちて流れた。


 それ以上言葉をつづけられず、アルマは息を詰まらせる。

 スペスが困ったような顔をして、そっとアルマの頬に触れた。

「そんなことないよ――」


 涙を止められないアルマに、スペスは微笑む。

「ボクは――つらくなんかない」

 そう言ってやさしく頬をなでた。


「アルマがいてくれたから、ボクはつらい事なんて一度もなかったよ」

 触れた手で、アルマの涙をぬぐ


 泣きながらスペスを見つめたアルマは、ぶつかるように、ぼすっと顔を押しつけた。

「ごめんね……」

 そうつぶやくと、また涙がでてきて、スペスの服をぎゅっと掴んだ。

「ごめん……ね」

 繰り返すと、余計に止まらなくなって、さらに顔を押しつけた。


 スペスは、何も言わずに抱きしめてくれて、

 胸に顔をうずめたアルマは、そのまましばらく泣いた。



 しばらくして、アルマはそっとスペスから離れる。涙はとっくに止まっていた。

「ごはん……食べよっか?」

 目をあわせずにそう言うと、『うん』とスペスが言ったので、近くの石にすとんと腰をおろす。

 取りだしたサンドイッチの端っこをぼんやりとかじったが、味はよくわからなかった。


「あのさ――」隣に座ったスペスが言った。

「ちょっとボクの説明が足りなかったみたいなんだ。だから、もう一度聞いてくれるかな?」


 アルマは素直にうなずいた。さっきまでのおかしな気持ちは、涙と一緒に流れて、いなくなっていた。


「ボクはさ、のかもしれない」


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次回、

第13話 『キノコみたいに生えてこないのよ⁉』

で、お会いしましょう!

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