第42話(僕はレイジ外伝)十七年前のサラ・ルイーズ

 デルガ歴二四二二年、二月。レイジ・ターゼットは魔導体術まどうたいじゅつ学生トーナメントで優勝した。


 ◇ ◇ ◇


 その十七年前。

 

 これは、一人の少女が、初めて魔導体術まどうたいじゅつ学世界大会トーナメントの舞台に上がった時の話である。


 試合会場はグラントール王立競技場、第三スタジアム。超満員だ。魔導体術まどうたいじゅつ学世界大会は、国民的行事中の国民的行事。

 この大会を見逃す、グラントール国民はいない。


 その第一試合──。


「おいっ、相手はまだかあっ!」


 試合用リングの上には、身長190センチ、体重92キロの大男が立ち、叫んでいた。

 髪の毛はボサボサだが、まさに筋肉のかたまりのような男。魔導体術着まどうたいじゅつぎを着ているが、まるで魔獣熊のように見える。

 彼は巨漢の一族──ドワーフ族のパルセオ・ドルター。三十七歳。


「はやく闘わせろ! 血がうずいてしょうがねえや! ガハハ!」


 ドルターが叫んだその時、一人の少女が、リング上に上がった。


 ざわついていた観客が静まり返った。


 それはとても美しい少女だった。年齢は十八歳くらいか?


 まるでスポットライトが、彼女だけに当たっているようだった。なぜそう見えたのか、誰にも分からない。


 光──。彼女はまさしく光り輝いていた。髪の毛を後ろで縛っている。彼女の体のサイズは──身長165センチ、体重57キロ……。エメラルド・グリーン色の体術グローブを、手にはめている。(体術グローブとは、指の部分が出ている格闘用のグローブである)

 美女と野獣が、リング上で相対している。


「何だオメェは」


 ドルターは声を上げた。


「客か? どこをどう間違えたら、リング上に上がってこれるんだ? ケーキでも食ってろ。売店で売ってるぞ」

「ドルターさん、私があなたの相手です」


 少女は自信たっぷりに言った。


「はあ? バカ言ってんじゃねえよ。おめえ女だろうが」


 十七年前の魔導体術まどうたいじゅつ世界大会は、出場者四十八名中四十七名が男性だった。世界大会は女性も出場できる。しかし、女性で世界大会に出場できたのは、過去八例しかない。

 彼女たちは全て、一回戦負けだ。


「私が──あなたをKOします」

「ハッハッハ!」


 きっぱり言ったサラに向かって、ドルターはバカみたいに笑った。


「おもしれー冗談を言う女だな。誰なんだ、お前は」

「サラ・ルイーズ」


 彼女は、後にレイジ・ターゼットが通うエースリート学院の学院長になる、サラ・ルイーズである。

 年齢はその時、十八歳。

 去年、魔導体術まどうたいじゅつ学生トーナメントを優勝した。史上初の女性優勝者であった。ただし、決勝は相手の男子が怪我で棄権きけんしたため、あまり話題にならなかった。


「いい加減にしろや! はやくリングから降りろ!」


 ドルターは怒鳴るが、サラは涼しい顔だ。


「そういうわけにはいかないわ。あなたと試合をします」

「おい……このトーナメントは、顔を殴るんだぞ」

「殴らせないわ。かすりもしない……あなたのパンチなんか」

「なにぃ……」


 そうこうしているうちに、試合開始のゴングが鳴ってしまった。

 ざわめく試合会場。


「おい……どうなるんだ」

「女だろ、あの子。でもちょっとかわいいよな」

「本当に試合する気なのか?」


 観客たちは騒然となっていた。ドルターは戸惑っていたが、やがて苦笑しはじめた。


「しょうがねえ。おい、女。ちょっとだけ本気出してやるからよ、早く帰れよ」


 そう言って──。


「おーらよっ」


 ドルターがパンチを軽く放つ。左ジャブだ。


 パシッ


 しかし、サラはドルターの拳を、いとも簡単につかみ取ってしまった。


「う、ううっ?」

「何これ? パンチ?」


 サラは笑った。ドルターは舌打ちしつつ、今度は左ストレートを放つ。しかしサラは、ドルターのパンチの手首を掴んだ!

 

 スパンッ


 いつの間にか、サラの裏拳が、ドルターの顔に叩き込まれていた。サラはドルターの手首を掴みつつ、自分の方に引き寄せ、彼の顔に放ったのだ。すさまじく素早い裏拳だった。

 ドルターの鼻から血が垂れる。


「何、お前……」


 ドルターが声を上げた時、サラの手刀が首に、左拳がアゴに入っていた。ドルターはひるんだ。


「くっ」


 ドルターが悔し紛れに、一歩前に進み出た。するとサラは身を後退させ、その後、素早く踏み入った。


 ガシイッ


 サラの右ストレートが、ドルターのこめかみに入っていた。まるで突き抜けるような、パンチの一撃だった。


 ドルターは、声にならぬ声をあげ、片膝をついた。

 ドルターのダウンだ!


 まるで光の速さのパンチ──。


 ドヨドヨドヨッという観客のどよめきが起きる。


「み、見えたか?」

「い、いや」

「はええ……。あの女、一体、何者だ?」

「おい! マジでドルターのダウンだぞっ!」


『ダウン! 1……2……3……』


 審判は、ドルターが片膝をついているのを確認した。すぐに、魔導拡声器でカウントを始めた。

 観客は驚いた。


「やめろ……カウントをやめろ……」


 ドルターは片膝をつきながら声を上げる。


『4……5……』


「やめろって言っているだろうがああああっ!」


 ドルターは立ち上がり、走り込んで、サラに向かってパンチを放った。

 しかし、サラはそれをものともせず、逆に前進する。サラはドルターのパンチをかわしつつ、左ボディーブロー。完全に急所をとらえていた。


「ぐうええええっ!」


 ドルターは腹を押さえ、今度は両膝をリングについた。


「何それ、攻撃?」


 サラはドルターを見下ろして言った。


「貴様ああっ」


 ドルターは立ち上がり、両手で掴みかかった。まるで獰猛どうもうな野獣のようだ。サラが襲われる!


 パーン


 サラの上段回し蹴りが、ドルターの顔に叩き込まれていた。


 信じられない速さだった。通常の打撃音ではない。まるで風船が割れるような音だった。それに加えて──。サラは肘を一発、ドルターのアゴに。加えて左フックをこめかみに叩き込んでいた。


 その連撃も見えないくらい素早かった。そして正確だった。


 ドルターは人形のように、リング上に仰向けに倒れ込んだ。


「い、いかん!」


 すぐに治癒魔導士がリングに上がってきた。彼は仰向けに寝転がっているドルターを確認。


「ダメだね、これは」


 リング外に向かって、手でバツの字を作る。


『しょ……勝者、サラ・ルイーズ! 五分二十三秒、ドクターストップ!』


 ドオオオオオオッ……。


「マジかよ、おい!」

「ドルターに勝っちまったぞ、あの子」

「ファ、ファンになろうっと!」

「ヤベー、強ぇ! サラ・ルイーズ!」


 ドルターは仰向けになりながら、泣いていた。すると、サラはドルターに向かって、一礼をした。


「ドルターさん、私はあなたを尊敬します」


 ドルターは驚いたように、仰向けになりながらサラを見た。サラは続けた。


「女の私に、本気で闘ってきてくれました。本当にありがとう。あなたは勇気のある人です」

「お前……」


 ドルターはゆっくり身を起こした。鼻から血を垂らしている。


「……弟子にしてくれ……」

「え?」


 サラは目を丸くして、一歩後ずさった。ドルターは立ち上がろうとしている。体はフラフラだ。


「た、頼む、サラさん! 弟子にしてくれっ! こんな強い女に初めて会った。弟子にしてくれえええっ!」

「きゃーっ! そ、それはちょっと……」


 サラはリング外に逃げ出した。


 ◇ ◇ ◇


「あの十七年前の世界大会の時は、私もずいぶんヤンチャだったわね」

「まあな。お前にはずいぶん、恥をかかされた」


 ドルターはルイーズ学院長に言った。


 十七年後。

 エースリート学院の体育館では、学生トーナメントの優勝者、レイジ・ターゼットへの祝勝会が行われていた。

 来賓者らいひんしゃが次々に壇上に立ち、祝辞を述べている。

 その隣に立っているレイジ・ターゼットは、顔を赤らめて居心地悪そうだ。


 教師席には大柄な中年男が座っていた。今年五十三歳になる、パルセオ・ドルター。エースリート学院の教頭である。十七年前、サラ・ルイーズと激闘(?)を繰り広げた。

 その隣には、サラ・ルイーズが座っている。もちろん、この学院長だ。今年で三十代後半。


「あのまま、お前は優勝してしまった」


 ドルターは、昔をなつかしむようにサラに言った。


「世界大会だぞ? その後、三年間も、お前が優勝。とんでもない女だなあ、お前は」

「ふふっ。次にそれをやってのけそうな、生徒が出てきたじゃない」


 サラ・ルイーズはレイジを見た。


『では皆さん、いつもの、よろしくお願いしますよ! レイジ・ターゼット君、学生トーナメント、優勝おめでとう!』


 生徒指導長の中年教師、マダール・ピムが壇上に立ち、魔導拡声器に向かって声を上げた。


『万歳三唱! バンザーイ、バンザーイ、バンザーイ!』


 体育館に集まった生徒たち、約千人は大盛り上がりで、万歳三唱を行っている。相変わらず、エースリート学院の生徒たちはノリが良い。

 ピム先生の横で恥ずかしそうにして突っ立っているのは、レイジだった。


 ルイーズ学院長はその姿を見てクスクス笑った。


「この学院も、彼に救われたってわけね。でも、レイジは来年の学生トーナメントに向けて、鍛え直さないといけないわ。特に精神面」

「おお、怖え」


 パルセオ・ドルターは肩をすくめた。


「お前に鍛えられたら、若い頃の俺でも逃げ出すよ。ルイーズ、お前との試合の後、お前の弟子にならなくて良かったぞ」


 ルイーズ学院長は、苦笑いした。


(おしまい)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

僕はレイジ。魔導体術(魔法+武術)の学院に通う、16歳。学院長の息子にいじめられ、学院から追放。その後なぜか、最強無双の道が開けた! 学院長の息子よ、今の僕は、君を一撃で倒せるけど、試合する? 武志 @take10902

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ