第2話 僕はサラ・ルイーズとアリサに出会った

 僕はドルゼック学院を追い出された。なぜか退学になったのだ。

 言いかえれば「追放」と言っていい。あんなにボーラスやジェイニー、マークのために頑張ってきたのに。どうしてこんなことになる? 僕が弱いからか……。

 ドルゼック学院は、王立だから無料で入学できたし、試験も筆記試験だけだから入学できたようなものだ。弱い僕を、これから受け入れてくれる学校は、どこにもない。


 僕はうなだれながら街を歩く。空には飛竜の宅配便が飛んでいる。街は数日後のお祭りの影響で、とてもにぎわっていた。しかし、僕の心は沈んでいる。


 家に帰っても両親はいない。父親に十歳まで育てられた。生まれた時には母はいなかった。父親は十歳の時に、失踪しっそうした。どこかにいなくなったのだ。

 今はほったて小屋のような家に、一人で暮らしている。

 そして、生活費のためのアルバイトとして、冒険者のための案内所、「ギルド」で書類の整理をしている。でも、今日は休もう……。




 一度、家に帰って寝てみたが、まだ心は沈んだままだ。

 僕はまた外に出て、公園のベンチでこれからのことを考えようと思った。もう午後四時半か……。夕方だ。

 勉強はどうしよう? いや、将来のことも不安だ。学院を卒業できなくなったんだからな。


「ちょっとあんた、やめなよ!」


 突然、女の子の声がした。


「泣いてるじゃない! もういい加減にして!」


 僕が顔を上げると、女の子二人と、山鬼族やまおにぞくの少年が立って何か騒いでいる。三人とも、十六歳か十七歳くらいだろう。山鬼族の少年は、鬼族の一種だから体がでかいし、筋肉質。肌の色も赤い。やたらと色男だ。もてるんだろうなあ。

 あれ? 女の子二人も、山鬼族の少年も、「エースリート学院」の制服を着ている。超名門の私立魔導体術まどうたいじゅつ学校だぞ。


「おいおい、アリサちゃ~ん。俺は君には用はないのさ」

 

 山鬼の少年は、さっき叫んでいた女の子に向かって言った。


「君の後ろのミーナちゃんに用があるんだ」

「ミーナのほうは、あんたに用はないってさ!」


 アリサって子が山鬼の少年を、にらみつけて怒鳴った。ショートカットでなかなかかわいい子だけど……。あんなでかいヤツにはむかうなんて、なんて勇気がある女の子なんだ? そのアリサって子の後ろには、セミロングヘアの泣いている女の子が立っている。どうやらその子がミーナだろう。


「ふうん、生意気な女だねえっ! どけっ!」


 山鬼の少年が一歩前に踏み出る。


「きゃあっ!」


 山鬼族の少年は、アリサを突き飛ばした。アリサは簡単に吹っ飛ぶ。

 ああっ! あの山鬼のヤツ! ぼ、僕は……。


「ミーナちゃ~ん、俺と付き合ってくれよ。仲良くしようよ、な?」

「い、嫌です。あなたなんかと付き合うの、嫌です!」


 泣いているミーナは言い返した。


「ああ? 俺はエースリート学院のエース、ケビン・ザークだぜ?」

「嫌だ、と言ったんです。ケビンさんは……その、暴力的だから」

「ああ? 魔導体術家まどうたいじゅつかが暴力ふるって何が悪い? この女っ」


 山鬼の少年……ケビンってヤツが、ミーナを掴み上げようとした。


 ガッ


 ……そう。僕は気付いた時には走っていた。無謀にも、ミーナとケビンの間に入ってしまったんだ。


「なんだよ、お前は~。男なんかに用はないんだよな~」


 ケビンってヤツが、僕をにらみつける。ケビンは軽薄けいはくそうなヤツだが、体がでかい。それに、山鬼族は鬼族の一種。真っ赤な顔でにらまれたら、誰だってチビりそうになる。こ、怖い……。


「お、女の子に暴力をふるうのは、やめてくれ……」


 僕はチビりそうになりながら、言った。


「ああ、そういうことか~。英雄気取りってやつか。じゃあ、悪いが、ぶっ殺してやるよ!」


 ケビンが右ストレートパンチを繰り出した。しかし、よけてしまえば、ミーナに当たってしまう。


 ガッ


 よ、よし! 僕は必死で彼のパンチを、腕で受けた。上段受じょうだんうけ、というヤツだ。


「おい……お前……」


 ケビンはすぐさま、右前蹴りを繰り出した。魔力が込められていて、蹴り足が青白く光っている! しかし、僕は今度も、腕の下段受げだんうけで彼の蹴りを、叩き落とした。そう、僕は攻撃は超ド下手だけど、防御はまあまあ得意なのだ。

 ドルゼック学院からは、退学を言い渡されたけどね。


「バカがっ!」


 ドムン!


 ケビンの、僕の腹を狙った右下パンチ、ボディーブローだ!


「うげえええっ!」


 ま、まともに食らってしまった。僕はその場に、膝をついた。ケビンがニヤリと笑って、追撃しようとした時……。


「あなたたち! 何をやっているんですか!」


 と大人の女性の声がした。


「ううっ! やばい!」


 ケビンが驚きの声を上げた。彼は一目散にその場を走り去った。な、何が起こったんだ?


「ねえ、君! 大丈夫?」


 地面に座り込んでいる僕の背中を、誰かがやさしくさすってくれた。振り向くと、さっきの気の強い女の子、アリサがそこにいた。アリサは僕を心配そうに見た。

 本当はカッコよく、山鬼族をやっつけたいところだった。でも、コテンパンに叩きのめされてしまった。恥ずかしい。女の子の前で……。


 一方の僕も、アリサを心配して口を開いた。さっき、突き飛ばされたはずだ。


「そ、そっちも怪我はない?」


 僕は聞いた。


「あの山鬼のヤツに、突き飛ばされていたようだけど」


 するとアリサは、ちょっとプイと顔を背けた。


「突き飛ばされたけど、怪我なんかしてないよ。あたしだって魔導体術家まどうたいじゅつかなんだから。……でも、ありがと」


 アリサは顔を赤らめて言った。

 僕はアリサをぽかんとして見た。ちょっと気が強い子なのかな? 一方、おとなしそうなミーナって子はオロオロしてたけど。


「ほ、本当に助かりました。ありがとうございました」


 ミーナの方は、ていねいにお辞儀をして、お礼を言ってくれた。すると……。


「ミーナ、あなたは早く帰りなさい」


 また大人の女性の声が聞こえた。僕が顔を上げると、僕の目の前には、目の鋭い、大人の女性が立っていた。髪の毛はポニーテール、金髪だ。かなりの美人。三十四、五歳くらいだろうか。

 ミーナは帰ってしまい、公園に残ったのは、僕とアリサ、そして謎の女性だけになった。

 僕は殴られ慣れているけど、あの山鬼のヤツ、女の子を突き飛ばすなんて、ちょっとゆるせない。僕はもう一度、アリサに聞いた。


「本当にどこか怪我をしていないの?」

「う、うん。大丈夫」


 アリサは本当に悔しそうだ。ケビンに簡単に突き飛ばされたのが悔しかったのだろう。でも、体格の小さい女の子なんだから、仕方のないことだ。


「あの山鬼、ケビン・ザークってヤツなの」


 アリサはつぶやくように言った。


「あたしの通っているエースリート学院では、三番目くらいに強い男だよ。でも、ああやって女の子に強引に手を出してる。軽薄けいはくでひきょうなヤツ。あ、申し遅れたけど、あたしはアリサ・ルイーズ。エースリート学院で、魔導体術を習っているの」


 すると、今度は大人の女性が、口を開いた。


「アリサを助けようとしてくれてありがとう。私はこの子の育ての親です。──ところで、アリサを助けようとしてくれた心意気は買うけど、その体格でケビンに立ち向かうなんて無謀だったわね……」


 そうか、この二人は親子じゃないけど、結構、深い関係なのか。でも、この髪の毛が金髪の女性、やっぱりどこかで……あれ? まさか、この人! 間違いない。そうだ、雑誌で見たことがある! いや、それどころか……。

 

 この女性は、グラントール王国国民なら誰でも知っている、超有名人だ!

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