第32話 ソフィアも魅せた、伝説の投げ技

 準決勝第二試合は、ソフィア・ミフィーネとディーボ・アルフェウスの試合だった。


 ソフィアのセコンドには、約束通りアリサがついたが、僕も心配だから手伝うことにした。


「ねえ、お客さんの雰囲気、変じゃない?」


 アリサが試合場の周囲を見回して言った。観客は満員だ。


「ああ……」


 僕はうなずいた。


 恐らく観客席は、ほとんどがバルフェス学院の生徒で埋まっているだろう。ディーボもソフィアも、バルフェス学院の生徒だからだ。それにしては静かだ。観客のバルフェスの生徒たちは、何だか困惑しているような、戸惑っているような、異様な雰囲気が試合場を包んでいる。


 バルフェス学院の生徒たちは皆、心の中ではディーボをどう思っているのか? それは分からない。


 すでにソフィアもディーボもリング上に上がっている。どちらも宮廷直属バルフェス学院のエリート。間違いなく強い。


 ただ疑問がある。

 ディーボはなぜか、試合開始直後は弱い。物凄く弱く見えるのだ。相手の技を一方的に受けてしまう。

 ベクター戦、ボーラス戦も、試合序盤は魔導体術家まどうたいじゅつかの初心者レベルの弱さだ。しかし結局、ディーボはなぜか勝っているのだ。なぜだ?


 まさか、この試合も……?


「ソフィア、今日は君をなるべく傷つけずに、倒そう」


 ディーボはクスクス笑い、さらにニヤッと笑った。


「君は大事な――仲間だからね」


 ソフィアは柔軟体操で体を動かしながら、まったくディーボの顔を見ない。


 学生の男女の試合なので、顔から上は攻撃しないルールだ。魔導体術まどうたいじゅつでは、男女の試合はさほど珍しくない。



 すぐに試合のゴングが鳴らされた。


 二人ともすり足で、そろそろと近づいていく。攻撃しない。攻撃しないのではなく、できないのだ。二人とも、すきがないからだ。

 ソフィアの全身は、青白い光をまとっている。

「魔力」だ! ソフィアは魔力を全身に張りめぐらしている。ソフィアは本気で、ディーボに勝とうとしている。


 動いたのはソフィアの方だった。


「はああっ!」


 気合と共に右前蹴り。ディーボはそれをさばく。ソフィアが左ボディーストレート。ディーボはひじでそれを受け――。ソフィアの手首を掴んだ。

 ソフィアはあわてて手を引っ込める。ソフィアは、ディーボの投げを警戒している。すぐに、ディーボが左ボディーブロー。


「掴んだ!」


 アリサが叫んだ。

 

 ソフィアがディーボの腕を掴んでいた。

 ソフィアがくるりと正面を向き、ディーボの左脇に腕を入れ――。そのまま、物凄い勢いで投げた!

 ソフィアの得意技、『一本背負い』だ!


 ダーン


 すごい音がした。ディーボは勢いよく背中から落ちた。


 ソフィアの投げは、とんでもなく素早い! ディーボは頭こそ打たなかったが、背中を強く打ったので、顔をしかめながらソフィアを見上げる。

 ソフィアは何もしない。ディーボが立ち上がるのを待っているだけだ。


 だが――。


 ディーボが少し笑ったような気がした。まさか……あんな投げをくらっておいて、笑っている余裕などありはしないだろう。


 ディーボは立ち上がり、今度は右脇腹へのパンチを放ってきた。するとソフィアは、うまいことディーボの左手首と右首筋を掴んでいた。ゆっくり彼女が片膝をつくと――。

 ディーボはすでに投げられていた。


 うおおおっ……。すごい! ディーボは、1メートルはすっ飛んだか。


「真空投げ……!」


 アリサが声を上げた。


「えっ、そんな投げ技があるのか?」


 僕は驚いてアリサに聞くと、アリサはうなずいた。


山嵐やまあらしと同じくらいに、今は使い手がほとんどいない、伝説の投げ技だよ。ソフィア……強い!」


 ディーボはヨロヨロと立ち上がる。息も絶え絶えだ。ソフィアは勝機とにらんだか、前蹴りを繰り出した。足には青白い光が輝いている。


 その時、ディーボの目がギラリと光ったような気がした。

 その前蹴りの足先を掴んで、ひねった! するとソフィアは一回転し、リングに叩きつけられたのだ!


 な、何ていう力なんだ? これは技じゃない。力だけでソフィアは投げられてしまった! ソフィアはリング上に倒れ込んでいる。


『ダ、ダウン! 1……2……!』


 審判団はソフィアをダウンとみなした! 


 ソフィアはフラフラと立ち上がろうとする。

 一方のディーボは薄ら笑いだ。まるで、今までソフィアに投げられていたことが……「なかったか」のように!


(ま、まただ……!)


 僕は試合前に感じた予感を思い出していた。ディーボは試合序盤は弱い。しかし、試合時間を経ると異様に強くなってしまう! なぜだ?


「まさか……これって、ディーボの……」


 アリサが言った。


「『ユニークスキル』!」

「な、なんだよ、それ? 普通のスキルじゃないのか?」

「とても珍しいスキルなのよ。スキルは、そもそも『神様にいただいた、特別な能力』と言われている。その中でも、その人にしか備わっていない、とても強いスキルをユニークスキルというらしいわ」

「ど、どんなスキルなんだ、それって」

「わ、わからないよ。そんなの。『スキル鑑定人』でもない限り――」


 そもそも僕は、ディーボが「スキル」を持っている、ということすら知らない。それどころか、それより強い、『ユニークスキル』なんてものを持っているって……?


『4……5……6……』


 ダウンカウントは続いている。ソフィアはようやく、膝に手をかけて立ち上がろうとし始めた。

 すると――。


「おや、レイジ君たちは、ようやく気付いたのかい?」


 ディーボはリング上から、僕らに話しかけてきた。もう、ソフィアが立ち上がるさまを、ゆったり眺める余裕がある。よく見ると、ディーボの体の周りには、何と、薄い闇色やみいろの「気」が立ち上っている。な、なんなんだ、あの奇妙な色の「気」は? 

 ディーボは口を開いた。


「まさか君たち――。ディーボ・アルフェウスは、序盤が弱すぎる――。そんなことを、本気で思っていたんじゃないだろうね?」


(ううっ……!)


 なんなんだ? 違うのか? まさか、ディーボの序盤は全て……。


『8……9……』


 ソフィアはダウンカウントが9の時に、ようやく立ち上がった。


「でやああああーっ」


 ソフィアは前進した。


 ああっ! これはディーボの得意としているパンチ――、「直突ちょくづき」! ソフィアもできたのか? しかし!

 

 ディーボはそれを待っていたようだ。ディーボはパンチを避け、彼女の右肩に自分も直突ちょくづきを叩きつけた。

 ソフィアの肩へ、カウンター攻撃! 

 ディーボの正確無比なパンチが決まった!


「うああっ!」


 ソフィアは声を上げ、右肩を押さえた。真っ青な顔で、膝をつく。肩を負傷したらしい。

 あの技は、僕がボーラス戦で放った、肩への急所蹴りと同じだ。ディーボのヤツ、それをパンチでやってしまうとは。


 これは――。ディーボの攻撃が見事だった、としか言いようがない。危険な攻撃ではなく、まっとうな打撃で正確に人体の急所をついたわけだ。


「さっきまでの勢いはどうした? 肩を負傷したな」


 ディーボが言う。ソフィアは悔しそうに、右肩を押さえ、苦痛に顔をゆがめながら、また立ち上がった。


 ああ、ダメだ。ソフィアの肩が動かない。アリサがタオルを持った。タオルをリングに投げ入れると、ソフィアの敗北が決まってしまう。しかし、アリサは躊躇ちゅうちょしている。

 治癒魔導士たちがリング上に入ってこようとしたが、ソフィアが、「待ってください」と声を上げた。


「勝敗は、私自身が決めます」


 ソフィアは左拳で、ディーボの胸を叩いた。しかし、それが効くわけがない。今度は蹴りを繰り出す。ゆっくりだ。ディーボはそれをかわす。

 もう、肩が痛くて仕方ないのだろう。


 アリサは唇をかみしめながら、放り込むはずのタオルをギュッと握った。


 ソフィアは決意したように、肩を押さえながら、ディーボに告げた。


「参りました……」


 それを聞き届けた治癒魔導士は、審判団の方を振り返って指示している。すると――。


『勝者! ディーボ・アルフェウス! 五分二十二秒、ギブアップ勝ち!」


 ソフィアは悔しそうだが微笑んで、リング下に降り立った。アリサはソフィアを守るようにして、治癒魔導士のところに連れていった。

 

 僕はディーボをにらみつけた。

 ディーボは僕をリング上から見下ろして、笑っている。


「レイジ君、もう一度聞く。僕――ディーボ・アルフェウスは、序盤が弱いと思っていたんじゃないのかい?」

「お、思っていた。でも、どうやらそれは違うみたいだ」


 僕は思い切って言った。ディーボの秘密……! ディーボの持つユニークスキルは、いったい何なんだ? いや、そもそも彼は、スキルやユニークスキルなんてものを持っているのか?


「演技だったんだな……! 序盤を弱く見せる理由があったんだ!」

「演技……ねえ。ちょっと違うかな」


 ディーボはクスクス笑った。


「ま、序盤はわざと『相手の技を受けていた』ってことさ。ベクター戦も、ボーラス戦も、この試合もね」


 わざと? ど、どういうことなんだ?

 

 ――それにしても、この試合内容に関しては、ディーボの逆転勝ちだ。文句は言えなかった。


「――い、いい試合だった」


 僕はぎごちなく言った。


「いい試合? どこかだ?」


 ディーボは鼻で笑った。


「ソフィアは我がバルフェス学院の反逆者だよ。彼女にはさっさと消え去ってもらいたかったからね。僕が勝って良かったよ」


 こいつ! ソフィアに敬意を払わないなんて……!

 するとディーボは口を開いた。


「さて、次の試合――レイジ君、君はどうなるかな?」


 とうとう、僕とディーボは、決勝で試合をすることになった。

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