第13話 レイジ VS ベクター② & ボーラスたちの出稽古①

 僕の右ストレートパンチが、ベクターの耳の後ろに入った。完全に手ごたえがあった。あそこは急所だ。

 僕はサッと、元の防御の体勢に身構える。


 ベクターは……! ギロリと僕のほうをにらんだ。そして!


 膝から崩れ落ちた……!


 カンカンカン!

 

 というゴングの音が鳴った!


『勝者! レイジ・ターゼット! 五分三十秒、KO勝ち!』


 ドオオオオオオッ


 すさまじい観客の生徒たちの興奮の声だ。


「や、やっちまいやがったぁ!」

「我が校のランキング一位を倒しちまったぞ!」

「あの新入生、すげえ、すげえええ」


 レイジ、レイジ、という歓声が鳴り響く。


 アリサはすぐにリング上に上がり、タオルで汗をふいてくれて、グローブを取り外してくれた。


「すごいことだよ、レイジ」

「あ、うん。ベクターは強かったよ」

「ベクターを倒したのが、すごいってのもあるけど」


 アリサは首を横に振りながら、言った。


「ベクターを倒したってことは、エースリート学院のトップになってしまったってことよ! 新入生のあなたが。体格の小さいあなたが。エースリート学院、ランキング一位よ!」

「え? ああ、そうだっけ?」


 すると、ルイーズ学院長もリングに上がってきた。


「ベクター!」


 ルイーズ学院長は、ベクターに言った。ベクターはぼんやり悔しそうに、ルイーズ学院長を見る。


「敗因は、分かっているわね。『かかと落とし』。それが敗因」

「え? でも」


 アリサが首を傾げた。


「かかと落としは、強力な技でしょう?」

「いいえ、超上級者ならば、かかと落としを連撃技に織り込むのは良いでしょう。しかし、まだ技術が未熟な学生の試合では、自らを危険に招く技となってしまう」

「ど、どうして?」

「足を上にかかげる。下に落とす。二つの動作をしなければならない。この二動作の間に、相手の選手は隙を見つけ放題よ」


 ベクターは、拳をリング上に叩きつけた。


「そ、その通りです! 僕には見栄みえやプライドがあり、見た目のよい攻撃を選択しました。その隙に、レイジに急所を打たれました!」


 そしてベクターは僕を見た。


「レイジ!」

「ひ、うわ!」


 僕はびくついた。


「僕はミスをした。だが、レイジ。こんなことで、僕に勝ったと思っているのか……」

「いや、まあ……」

「認められん! 計算上認められん!」


 ベクターは悔しそうに拳を震わせて、また僕を見た。


「しかし……僕の計算を超える人間がいることは分かった」

「ベ、ベクター」

「そうだな、それを認めなくちゃ、強くはなれないな。計算上は」


 なんだか計算に恐ろしくこだわっているけど、気持ちは分かった。そして彼は言った。


「試合前に、無礼なことを言って、済まなかった。この通り、謝罪する。そして君をたたえる」


 ベクターは、リング上に両手をついて頭を下げた。

 土下座かぁああ……。まいったな~。魔導体術まどうたいじゅつの学生って根が真面目な人が多いからなあ。

 するとルイーズ学院長が、パンパン、と手を叩き口を開いた。


「はいはい、静かに! 試合が終われば、君たちはエースリート学院の仲間同士よ。じゃあ、決まったわね」

「サラさん、何が?」


 アリサは聞いた。するとルイーズ学院長は、魔導拡声器まどうかくせいきを用意しながら、叫んだ。


『それでは、一週間後、王立ランダーリア体育館で行われる、ドルゼック学院との公式試合の団体戦メンバーを発表します!』


 ドヨドヨドヨッ


 観客席の生徒たちは顔を見合わせている。げえええっ! ド、ドルゼック学院の公式試合! まさか、まさか僕もその中に……! いや、僕は新入生だから、免除してくれるかも。


『第一メンバー、ケビン・ザーク! 相手は、ジェイニー・トリア!(この試合は男女の対戦試合である。男女の試合の場合、「顔への攻撃」「寝技」は禁止のルールになる)第二メンバー、ベクター・ザイロス! 相手はマーク・エルディン! そして……』


 ルイーズ学院長は僕を見た。


『第三メンバー! 大将の役目を務めるのは、レイジ・ターゼット! 相手は、ドルゼック学院のNO1、ボーラス・ダイラント!」


 ドオオオッ


 観客の生徒たちは歓声を上げた。みんな、喜んでいるけど、僕は失神しそうだった。だって、相手はあのボーラスだよ? 僕をドルゼック学院から追い出した、張本人!

 ど、どうなっちまうんだ……!


 ◇ ◇ ◇


 その頃、ドルゼック学院の英雄メンバー、ボーラス、ジェイニー、マークはグラントール王国南の、ラータイムの街を馬車で移動していた。これからゾーグール学院に出稽古に行くためだ。

 あのミット持ちの獣人族じゅうじんぞく、アルザーはさっさとやめてしまった。


「まあ、あんなヤツがいなくても、俺らは優勝候補の一角だからな」


 ボーラスは腕組みをして、ふんぞり返りながら言った。ジェイミーとマークもうなずく。

 

「そういや、レイジって弱っちいヤツもいましたね」


 マークがそう言うと、ボーラスはクスクス笑った。


「そんな野郎、いたな! あいつ、今頃、公園の草むしりのアルバイトでもしてるんじゃねえのか?」


 三人はゲラゲラ笑った。


 さて、アルザーの代わりに――ではないが、今日は学生魔導体術まどうたいじゅつ研究員の、ドミー・ランディーを連れてきている。キノコのような髪形をしていて、小柄だ。魔導体術まどうたいじゅつの経験はない。魔導体術まどうたいじゅつ魔導科学まどうかがくの角度から研究する、ドルゼック学院の学生だ。彼は、魔導体術まどうたいじゅつの研究課題のために、ボーラスと一緒に同行することになった。

 四人を乗せた馬車は、大通りを抜け、ゾーグール学院の方に向かう。ボーラスたちは、ゾーグール学院に出稽古でげいこに行くのだ。

 ボーラスはドミーに聞いた。


「よお、ゾーグール学院ってのは、どんなヤツがいるんだ?」

「『まちコボルトぞく』ですよ。小鬼の一種ですが、街に住む平和的なコボルトです。普通のコボルトだと、山の中にいて、好戦的ですがね。彼らは筋力がありますが、小柄です。身長はだいたい平均、155センチから160センチ前後ですか。春期大会の団体戦では、三十四位だったかな?」

「ガッハッハ! 三十四位だってよ!」


 ボーラスは笑った。ボーラスたちは春季大会の団体戦成績は、四位だ。天と地との差がある。


「まあ、エースリート学院の公式試合前の練習相手としちゃあ、肩慣らしにピッタリだな!」

「でも、なかなか強いですよ。まちコボルトぞくは根性があるし、打たれ強いことで有名ですからね。えーと、ゾーグールの生徒たちとの合同練習は明日からですね。今日は、歓迎食事会です」

「歓迎食事会か。俺たちは大会四位なんだから、まあ当然の待遇だ」


 ボーラスはまたゲラゲラ笑った。


「かわいそうだけど、俺らの足元にもおよばねえよ! 練習試合で、いっちょ遊んでやるか!」


 ◇ ◇ ◇


 ――十分後、ボーラスたちは、ゾーグール学院に到着。


「ようこそ、ようこそ! ボーラスご一行様!」


 ボーラスたちがゾーグール学院の校門をくぐると、そんな斉唱がこだました。生徒たちが校庭に整列して待っていたのだ。その数、五百名。小柄なまちコボルトぞくたちが、ボーラスたちをあこがれの目で見ている。口には牙が生えているが、皆、きちんと整列している。

 すると、燕尾服えんびふくを着たまちコボルトの中年男性が、ボーラスに握手を求めてきた。


「ようこそ、ボーラスさん、ジェイニーさん、マークさん、ドミーさん。よく来てくださいました。私はゾーグール学院の教頭、バルボーです。さあ、今日は歓迎会です。明日から合同練習をしましょう」

「おお、やってやるよ」


 ボーラスはバルボーの握手に答えた。


「さすが、ドルゼック学院の学院長、デルゲス・ダイラント様の御子息ごしそくでいらっしゃる。余裕ですなあ。ささ、こちらへ。皆さんの宿泊所が、学院内にありますので」


 ボーラスたち三人はまちコボルトぞくの生徒たちから、握手を求められている。やはり、団体戦四位の栄光はすごいものなのだ。新聞にも試合結果が出たくらいだ。


「はっはっは! 最高の気分だぜ」


 ボーラスはまちコボルトぞくたちの花道をかきわけて、校庭を歩いていった。


 明日、自分たちの自信が、グラグラと揺れだす事態が起きることも知らずに……。

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