1 レッスン

 タン、タタン。

 軽快なステップがレッスン室にこだまする。床への摩擦が緩急を織り成して、リズムが曲を紡ぎ。

「はい、そこでターン!」

 二拍、手を打ち、陽向ひなたは眉を釣り上げた。そして直後に大きなため息。

なるちゃん遅い! 神鷹こうたかは早すぎ! みーくんはかっこいいから良し!」

「良くないでしょ! みくり、今ターンしてなかったじゃん!」

「みーくんの良さはダンスじゃないから」

 ああ、これは諦めている顔だ、と鳴は言葉を飲み込んだ。

「ターンはできるよ」

 二人を割って、くるり、タタン。最後に陽向へ指鉄砲まで決めて、芧は片目を閉じてみせた。

「ひゃあ……」

「いや、じゃあやれよ」

 顔を赤らめて体をくねらせる陽向、そして間髪入れず芧へ苦言を呈し、鳴はその場にへたり込む。

「今の、俺のソロパートだから。そろそろーっと回るんだよ」

「そろそ…… んん、ひとまず流れで合わせるもんじゃないの…… 俺が間違ってるの……」

「なーちゃん、よしよし!」

 呻き声を吐き出し、そのまま大の字に寝そべった。

 陽向のスパルタ指導のもと、ひと通りの振りはこなせるようになった。それでも、ステージ上でパフォーマンスを披露するには程遠い。ファンの求めるクオリティを体現するには、まだ詰め込みが必要だろう。

「新曲って、この間デビュー曲出したばっかなのに、頭追いつかないんだけど」

「あのね、愛してもらうためには止まってる時間なんてないの。わかる?」

「陽向くんからの正論、毎度堪えます」

「よろしい。ちょっと休憩したら再開ねー」

 いそいそとカバンから愛らしい色の水筒を取り出し、陽向は全員に手渡していった。陽向特製のスポーツドリンクらしい。いつのまにか習わしになっている。

「っはー、生き返るぅ……」

「なーちゃんオジサンみたい」

「クラよりはオジサンですぅー」

「お? ボクに喧嘩売ってんのか?」

「すみませんでした」

 鏡張りの壁に背を預け、四人は並んで息を吐き出した。

「……今回の曲さ、MesseRメッセを思い出す感じで、すんごい好きなんだよね」

 ふと零れた言葉に、隣の陽向が噎せ込む。

「その名前出すなって言ってんでしょ」

「ナルは本当にメッセが好きだよね」

 今はもう活動していない、つい半年前に解散したアイドルユニット。アイドルは星の数ほどあれど、今ここにいる彼らの大半に根付く共通項だ。

「あんな過去の遺物のどこがいいんだか」

「いや、だって!」

 勢いよく立ち上がり、興奮のまま鳴は拳を掲げる。スポーツドリンクが床に跳ねた。

「歯に衣着せぬ歌詞なのに、下品じゃなくて、ダイレクトに響いてくる。パフォーマンスも等身大で、それなのにすごく輝いてて! ……だから、純粋に疑問なんだけど、なんで陽向くんはそんなにMesseRの話を嫌がるの? 陽向くんだって元MesseRなのに」

 そう、陽向は。そして、隣で気にせず水分補給に打ち込む芧も、元々はMesseRの一員だったのだ。陽向の鬼のような形相に尻込みをして、鳴は握り拳を解けずにいた。

「……なんでもいいでしょ」

「そ、そう言われると気になるし」

「みーくんに聞いてよ」

「ん? 俺?」

「こんな感じだし」

 芧はきょとんと目を丸めている。鳴の反対隣では、休憩に飽きたクラウスがころころとコップを転がしていた。

「あーもう。みーくんが怒らないから、ボクが怒るしかないんじゃん」

「あ…… やっぱり、解散したのっておれが組みたいって言ったから──」

「んなわけないでしょ」

 コップがレッスン室の端まで転がって行く。子犬のように追いかけていくクラウスを尻目に、陽向は再三息を吐き出した。

「詳しくは、言いたくない。けど、鳴ちゃんも、神鷹も、スケルトンに声掛けられたらすぐ教えて」

「スケルトン?」

「絶対に、自分で解決しようだなんて思わないでよ」

 神妙に呟く陽向。珍しく、眉が頼りなく下がっていた。

「あ、クラ、MesseRはよくわかんないけど、スケルトンはわかるよ!」

 コップを回収し、パタパタと駆け寄るクラウスはその場でタタンとタップを弾いた。

「なにものにもなれる、てんさいプランナー! ……」

「……クラ?」

 ふるふると頭を振り、クラウスは水筒にコップを被せる。そうしてくるりくるりとターンをしながら、レッスン室を飛び回った。

「あー、うん。なんか、ヤバいことはわかった」

「そういうことだから、MesseRは禁句ね! ほら、レッスン再開するよ!」

 鳴のコップを無理矢理に奪い、陽向はクラウスを制しに動く。ぷはー、と吐き出す声と共に、鳴の耳元に風が送られた。

「一曲通して、やろっか」

「何故わざわざおれの耳に囁く!」

 へらっと笑ってから陽向の元へ歩んでいく芧の背を見送る。陽向の怒り、スケルトン、クラウスの暗い顔。なんだか背筋が凍る思いがして、鳴はフルフルと頭を振るった。

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