1 炎天下
大量に渡された団扇の山を見て、
「こ、これを…… 配るの……?」
冷や汗を団扇で払いながら、事の発端である二人組に目をやった。
「そ。本当だったら販売にしたいんだけどね、ボクたちはまだ《ハヤラス》としては知名度も低いし」
「実際に自分たちの手で配れば、顔と名前を同時に覚えてもらえる。ファンの顔も間近で見られるからね、一石二鳥だよ」
「わー! クラのかお、こんなんなんだ! おもしろーい!」
クラウスは団扇を二枚取り出して両手に構え、遊び始めている。
「遊んでないで、ちゃっちゃと準備する! ほら、鳴ちゃんも! 自分のはちゃんと紙袋にまとめて! 一時間後に自然公園広場抑えてるから!」
「ちゃんと飲み物も持ってね。熱中症になったら、ねっちゅうしよーって言うよ」
「え、みーくんに言われたい」
「言うだけでしないところが良心的」
などと二人に合いの手を入れてから、鳴は周りを見習って紙袋を手に取った。こんなにあっても捌ききれるのだろうか。一抹の不安と、後ろめたさを抱きながら。
「わあー! ひろーい!」
その一角、木々が開けた広場には噴水が設置されていた。暑い、と零しながらも陽向は我先にと噴水の縁に腰を掛ける。
「許可貰ってんのはこの辺ね。炎天下で時間もそんなに掛けたくないけど、配分はリーダーに任せるよお」
「えっ、急……! う、うん、でもわかった。告知ももうしてるし、見てくれた人は時間になったら来るだろうし…… 状況次第でふたりずつ抜けたり、とかでいいかな」
「こう暑いからね、予想よりは減ると思うけど、気を抜かないようにしないとね」
「ふんすい! あそびたい!」
「クラ! めっ!」
いつも通りに自由に駆け回るクラウスをたしなめながら、鳴は時計を確認した。昨日SNSで告知した時間まであと30分。公園内は親子連れはちらほらと臨めるものの、ファンらしき層は見当たらない。それに少しだけ焦燥感が募る。リーダーの自分ではなく、元から人気のあった二人が呼び掛けていれば、今頃既に多くのファンが詰め寄せていたのではないだろうか。
「なーちゃん、あつい?」
「えっ、う、うん、暑いけど」
「ひーちゃんのとなり、すずしそう!」
クラウスに釣られるようにして、視線が噴水へと動く。こんな暑さの中でも陽向は長袖だ。しかも黒。プロ意識美意識共に高々な彼にとって、日差しは大敵なのだ。それでも、暑い暑いと文句を放ちながらも、炎天下に躍り出ている。
「ナル、見て見てBsプロ水だって。パッケージがそれなだけで、少しプレミアがつくよね」
対して芧は涼しげだ。暑さをものともしていないのか、いや、うっすら汗は滲んでいるが、それでも今日持ち出した小道具や備品を見て楽しんでいる。芧を見ていれば、暑さなんて感じないかもしれない。
「なーちゃん! やっぱりここすずしいよ! なーちゃんもおみず、あびよ!」
クラウスはどこでも元気いっぱいだ。いつのまに靴を脱いだのか、噴水に足を差し入れてバシャバシャと水を掻き回している。水滴を受けて陽向が怒る。それを見て芧が笑う。クラウスは気にせずバタ足を続ける。彼らはいつも通りだ、と拳を握った。
「あっ、鳴ちゃんまた前髪落ちてきてる」
「うわ…… 汗で取れちゃったのかな」
「ほらもう、こっち来て」
水滴が舞う噴水のヘリへ。顔に霧が掛かった。
「たしかに、涼しいかも」
パチッ、頭の上で何かが弾けた。陽向に顔を向ければ、イタズラめいた笑み。
「試作のヘアピンだって。うちのロゴが入ってんの」
「え、ちょ、女子向けじゃん!」
「しっかり宣伝してね、ナルコちゃん」
「やめえ!」
外そうとすれば、芧にそれを阻まれる。腕が掴まれた、顔が近い。
「ナル」
「な、なに」
「ねっちゅうしよ?」
「しねーよ! ……ん? あ、熱中症? なってないから!」
必死に訴えれば、芧は笑って眉毛を下げた。
「残念」
「いつからお前はキス魔になったんだ」
「そんなみーくんもカッコイイ」
「陽向くんややこしくなるから黙って」
「なんだと鳴ちゃんコノヤロウ」
いつの間にか四人で噴水の縁にこべりついていた。
「ねえ、ナル」
「なに? ちゅうはしねーからな」
「ふふ。そんな感じで、ナルもいつも通りでいればいいんだよ」
「……なんだよ」
密集しているのに、暑くない。クラウスが弾く水のおかげかな、などと思いながら、鳴はBsプロ水に手を伸ばした。
ファンミーティングまで、あと10分。
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