1 STAGE
「
両耳を抑えながら、色黒の少年は重い前髪の下から訴えた。目線の先、芧と呼ばれた男は、涼やかな顔でコンビニスイーツを口に運んでいる。一瞬、少年へと目を向ければフフと笑ってまたスイーツに戻っていった。
「芧ぃい! おれより120円の杏仁豆腐かよぉ!」
「楽しそうだね、
ひと口ひと口をじっくり噛み締め、芧は再度笑う。そんな彼を色黒──鳴は恨めしげに見つめ、そうしてからハッと後ろを振り返った。
「なーるーちゃーんー?」
「ヒイッ!」
派手髪の少年が鳴の眼前に迫る。両手に携えるのは、コテとワックス。スタイリング剤だ。
「これからステージに立つってのに、その鬱陶しい前髪のままで許されるわけないよね? ほら、神妙にお縄につきやがれ」
小柄な少年の腕に押さえつけられ、鳴はじたばたと涙目を浮かべる。10cmも身長は高いはずだというのに、丸まった背中のせいで頼りない。わんわんと喚く彼らを横目に、芧は次のコンビニスイーツへと手を伸ばしていた。
「やだあ!
「ならねーよ!」
少年、陽向は鳴を無理矢理に座らせれば、その頭を小突いた。めそめそと顔をしわくちゃにした顔が鏡に映し出される。
「仮にもボクたちのリーダーなんだからね?リーダーがダサいと、ボクまでダサいって思われるでしょ」
「けっきょく自分のため……横暴やぁ……」
わんわんと泣き真似を続ける彼を無視して、陽向はその髪を掴みあげる。
「はい、前髪上げて、顔上げる!鳴ちゃんの唯一の長所をなんで隠すかなあ」
「唯一て…… 唯一てぇ……!」
「ホントのことでしょ!このヘタレ!」
手際よく前髪が上を向いていく。露になった瞳を潤ませ、眉毛はキュッと八の字に折れた。
「せめて、せめて片方は残して……!」
「片方ってなに。んー、まあ、それもかっこいーかなぁー」
ふんふんと奏でる鼻歌に、コンビニスイーツを平らげた芧が寄ってくる。
「鳴、なかなかサマになってるよ」
「ひええ、神サマ芧サマ、どうかお慈悲をぉ」
「みーくんに触んないで。ヘタレ菌が移る」
「痛い!ていうか熱い!ていうか酷い!」
コテで跳ねを作り、瞬時にスプレーを当て。みるみるうちに出来上がるイケメンの姿に、鳴はまた悲鳴を上げた。
「ほい、完成。鳴ちゃん素材はいいんだからさあ、ボクたちと並ぶんだからもっと胸張ってよ、ね!」
バシンと背中を一発。またも上がる声に芧が笑っていれば、扉が大きく開かれた。
「はわ!なーちゃん、イメチェン?そっちのほうがクラすきー!」
「クラぁ、どこ行ってたの、おれたちの唯一の良心」
「おい」
クラことクラウス。ここにいる誰よりも長身だが、どこか雰囲気がふわふわしている。
「んーとね、ハヤラスさんスタンバーイっていわれたの!」
「やば、出番じゃん」
「ほら掛け声は?リーダー」
芧に促され、一同の視線が鳴に集う。後ろにいなくなった前髪をいじりながら、鳴はまた泣きそうになるのを堪え、エフンと咳払いをした。
「よ、よし!アイドル
「締まらねー」
けらけらと笑い、順に部屋を飛び出していく。けたたましくも肩を並べ、光が差すその中へと。
HAYABUSA RANKERS、通称ハヤラス。アイドルとしての彼らの物語が今始まる。
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