終点へかえる
晴れ時々雨
🌑
雪が積もったので通勤時間に余裕を見るため、早めのバスに乗る。
このバスは30分遅れで運行しています、とアナウンスがある。
思ったより随分空いている。幾らか空席があるが、吊り革に掴まる。
バスはいつもの通りを慎重に走行する。
─今、触りましたよね
しばらく行くと後方から声がし、背後で女子高生が私を見据えている。隣町の高校の制服姿だからそう判断したのだが、顔に厚紙に印刷されたような16、7歳くらいの少女の面をつけている。
─運転手さん停めて
男の声が上がる。そちらを見るとやはり20代くらいのカジュアルな風体の男の顔面に、その位の雰囲気の面をつけた人間が立っていた。
車内は妙に静寂していたが、無言の圧力が私を押し包んだ。
スーツ姿の、高年の面の男が私の隣に立って言う。
─降りましょうか
それ以外の乗客も気づくと皆一様に面をつけており、今喋った者の他は誰一人言葉を発さず、エンジンの切られた車内は、それぞれ身につけた面が動作によりかさつく音がするばかりだった。
乗客全員に促されて降車すると彼らは私を取り囲み、近づかずに迫った。
「私じゃありません」
ようやく弁解の声をあげた。
運転手を含め、皆が皆面をこちらに向ける。
停留所でもなんでもない道路の途中に停車したバスを、本来私の乗るはずだったであろう次のバスが、細いマフラーから黒煙を噴き上げながら過ぎ去っていく。
─あそこ行きだな
誰かがぽつりと言う。
皆の面が幽かに揺れる。
言葉もなく乗り込む車内に、私と仮面たちは空席を埋めて着席し、発車したバスは路線を外れていく。
ビジネスバッグに手を忍ばせ、書類束の間に挟まった一枚の厚紙に触れる。
景色が流れ、この街にあんな神山があったかどうか知らないが、バスは黒く光る巨大な鳥居をくぐり、私はもうずっと前からそこへ行くことが決まっていたような気がした。
終点へかえる 晴れ時々雨 @rio11ruiagent
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