10.土蜘蛛

「ちっ!」


 この世界に来たときといい、今といい蜘蛛の化け物にばっかり出会うな、ちくしょうめ。

 とりあえず、この世界に来たときと同様に、糸攻撃を警戒するために距離を取る。

 前回は前兆行動があったが今度もあるとは限らない。糸に絡みつかれることだけは避けなければ。


「でりゃああ! 死ね、妖怪!」


 が、俺のそんな考えはどこ吹く風。利光の方が何も考えずに蜘蛛に突っ込む。あ、バカ。不用意に突っ込んだら──、


 スカッ


 利光の振り下ろした刀は、蜘蛛のいた場所を通過し虚しく空を切った。蜘蛛はすでにその場を移動し、あの前足をカチカチする動作をする。


「おい、避けろ!」


 俺がそう言うが一手遅かった。蜘蛛に振り下ろしたのは渾身の一撃だったのか、後退するのに一歩遅れた利光はまともに糸を喰らい、完全に拘束された。


「なっ! く、くそっ!」


 利光は拘束を解こうともがくが、そう簡単に解ける拘束ではないようだ。


「貴様はそこで見ていろ、後でゆっくり料理してやる」


 蜘蛛の妖怪はそう言うと、俺の方に向き直る。

 お、利光は後回しにしてくれるのか、そりゃ楽でいい。俺にとってはあまり救いたくない人間の利光だが、前回のノーマンさんのように守らねばならない人だったら大変だからな。俺に集中してくれると言うなら楽でいい。


「しかし、真宮寺勇人よ。よもや生きていたとはな。確実に始末したはずなのだがな」


「あん? なんのことだ?」


「長い時間をかけ、そこが安全な場所だと演出し、油断したところを襲ったはずなのだがな。油断していると言うのは演技だったと言うことだな」


「……」


 この物言い。おそらくこの世界の真宮寺勇人のことを言っているのだろう。すると本物というのはおそらくもう生きていまい。この蜘蛛の妖怪に襲われお亡くなりになったということだ。


「なるほど、お前が真宮寺勇人を殺したというのは理解した。ならば、俺真宮寺勇人がその仇を取らせてもらうとしようかな」


「何を訳のわからないことを──」


「『ライトニング』」


 相手が何か言い切る前に、陰剣を持った手と反対側で魔法を発動させる。こっちに来たばかりの時に出会った蜘蛛を屠った一撃だがどうなるか。


「ぐっ! 今のは効いたぞ」

 

 死なない、か。まぁ、あの喋れなかった蜘蛛と目の前の喋ってる蜘蛛じゃ妖怪としての格が違うだろうから当然といえば当然か。


「ば、馬鹿な! 護符もなしに術を使うだと!? 勇人、貴様一体……!?」


 横で利光がなんか言ってるが、うるさいから邪魔しないでほしい。

 さて、次はどうするか。と考えてると、


「『セイントスピア』」


「『ギアス』 この戦闘から逃げるな」


 後ろから、青龍と白虎の魔法が飛んでくる。青龍の魔法はわかる。さっき使った攻撃魔法だな。だが、白虎。お前のそれって強制魔法だよな? 何々するなって命令する魔法。なんで、そんなのを戦闘中に使うのか。というか、白虎が戦闘に参加するの初めてだけど、後衛系なのか? 青龍も魔法は使うからそれだけじゃ判断はつかないが。


「ちぃっ! 式神風情が……! ええい、この場は引いてやる、だが次に会う時は、がああああああ!!」


 なんか台詞の途中で苦しみだしたが、これはあれか。白虎がかけたギアスが発動したのか。さっきは疑問を呈したがナイスだ白虎。


「ふん、やっぱり逃げ出そうとしたか。無駄だよ。逃げようとするとこの世のものとは思えないほどの苦痛を与えるようにしたからね。さぁ、大人しく殺されろ、土蜘蛛。貴様に情報は持ち帰らせない、この場で疾く死ね」


 この妖怪土蜘蛛なのか。でも、土蜘蛛ってよく聞く妖怪だけど、どんな妖怪かは知らないんだよな。女郎蜘蛛なら少しは分かるんだが。


「ぐっ……。きっ、きっさまぁーーー!」


 激昂した土蜘蛛が白虎に襲いかかる。思いっきり跳躍し、白虎に対して鋭い前脚を振り下ろす。


「ふっ!」


 それに対して白虎は鋭い掌底を土蜘蛛の胴体に放ち、土蜘蛛を吹き飛ばす。しっかりと腰が入ってて素晴らしい一撃だった。そして、俺の頭の中でカチリと何かが入る音がする。まただ、これは一体なんなんだ?


「ぐはっ……!」


「なっちゃいない。なっちゃいないぞ、土蜘蛛! そんな体たらくで私たちの命を取れると思ったか!」

 

「くそ、に、逃げ……、がああああああ!」


 逃げようとして、再び苦痛にうめく土蜘蛛。非戦闘魔法を戦闘に使うとか何考えてるんだと思ったが中々どうして便利なもんだな。とはいえ、これはこっちが圧倒的な実力があるからこそできる芸当だが。窮鼠猫を噛む、油断だけはしてはいけない。


「なんだ、何事だ!?」


「曲者か!? 出逢え出逢え!」


 庭のこの騒ぎを聞きつけたのか、本邸の人間が起き始めてくる。うーん、さっさとケリをつけないと不味そうだ。


(さぁ、いよいよ私たち陰陽剣の初お披露目よ、勇人。妖怪退治は私たち陰陽剣の本分。存分に試しなさい。ねぇ、陰剣


(さぁ、私の力を見せる時よ。妖怪を殺すのよ、勇人。ねぇ、陽剣


 あ、こいつらのこと忘れてたわ。そうか、今はこいつらで試し斬りするチャンスか。こいつらとの戦いの時もそうだが、俺は一撃だけなら達人レベルの一撃を放てるんだ。スキを伺って、一撃。一撃を決めればいける。

 俺は覚悟を決めると、陰剣を構え、土蜘蛛に肉薄する。

 一撃、ここだ!


 スパッ、となんの手応えもなく土蜘蛛を両断した。かわされた!? そう思ったが、ちゃんと見ると陰剣は最後まで振り下ろされ、土蜘蛛は綺麗に両断さていた。おいこれ、生物特効とかそういうレベルじゃないだろ。手応えを全く感じないってどういう仕組みしてるんだ。


「ば、ばかな。陰陽剣だと! 継承者が現れたというのか……!? あな口惜しや、この情報を持ち帰れすら出来ないとは! だが、ここで私が死んだことは他の仲間たちには確実に伝わる! その時が貴様らの最後だ! クハハハハ!」


 なんて、ありがちな捨て台詞を残して土蜘蛛は物言わぬ死体となった。笑い方がクハハって明らかに作った笑いだよなぁと思う。


「勇人さま、お見事な一撃でした」


「おやおや、剣術はダメだって聞いたけどなかなかどうして、いい一撃を放つじゃないか」


「一撃、だけなのですよ。それ以外はてんでダメなのです」


「ふーん」


「お、おい。貴様! 戦いが終わったならこれを解けよ! 勝負はまだ途中だったんだからな!」


 青龍と白虎が会話しているときに、空気の読めない利光の言葉が飛んでくる。お前、その状態でまだ勝負しようとか言ってるの? ちょっとその空気の読めなさは驚嘆に値するわ。

 えーと、陰剣が生物特効だから……。俺は陰剣を納刀すると陽剣を抜刀する。流石に生物特攻の陰剣だと勢い余って殺しかねないしな。


「な、何をする気だ!? まさか、動けない俺を殺そうと……!」


「アホ。殺すなら陰剣しまわずにそれでやってるっての。わざわざ非生物特効の陽剣に切り替えたんだから殺すわけないだろ。じっとしてろよ」


 本音を言うとこんなやつ助けたくはないが、助けないなら助けないで色々と問題がありそうなやつだからな。俺は慎重に利光を縛っている蜘蛛糸を陽剣で切り裂く。


(初使用が、こんな雑用みたいな使われ方なんて屈辱だわ……。ねぇ、陰剣


(貴方の用途を考えるとそれもやむなしでしょうに。ねぇ、陽剣


「ほら、解けたぞ」


 陰陽剣の愚痴はさらりと無視し、陽剣で蜘蛛糸を完全に切り裂き、利光を解放する。

 すると、次の瞬間。利光は落ちていた自分の刀を手に取ると俺に向かって斬撃を繰り出してきた。


「!」


 いきなりの不意打ちで、思わず持っていた陽剣でガードする。本当は日本刀で防御するのはあまりよくないのだが、このときはそんなことを考えていられる余裕がなかった。


 スカッ


 次の瞬間、キンッという金属音が──、しなかった。陽剣に接触した利光の刀はバターのように真っ二つに切り裂かれ、俺にも陽剣にも痛打を入れることは出来なかった。非生物特効ってこういうことかよ! ゾンビとか魔法生物とかに効く効果とばかり。


「んなぁ!?」


 途中から真っ二つに折れた自分の刀を凝視する利光。その様子はスキだらけだが、俺はわざわざ攻撃する気が起きなかった。


「言っておくが、先に攻撃してきたのはお前だぞ。その刀が業物だろうと俺の責任じゃない」


 一応責任逃れの台詞は言っておく。まぁ、こいつの性格からしてそんなの聞き入れそうにないのだが。


「何事です」


 利光が刀を凝視しながら固まっていると、藤御前がやってきた。襦袢というのだろうか、昼間見たのとは違う格好をしていた。


「こ、こいつが俺の刀を……!」


「一応言っておくけど、先に攻撃というか闇討ちしてきたのは利光の方な。寝ている俺に襲撃をかけて殺そうとしてきた。俺はまだ反撃すらしてないぞ」


 青龍たちを召喚したが、それはノーカンということで。青龍たちも召喚しただけで利光には一撃たりとも攻撃してないからな。


「土蜘蛛……。屋敷内にまで入り込んでいたというのですか」


 が、藤御前は俺たちの諍いに興味はないのか、俺が倒した土蜘蛛の方に視線が行っていた。


「次郎三郎。沙汰は追って下します。今日はもう下がりなさい。三郎、あなたには話があります、後で私の部屋に来なさい」


「藤御前様! お待ちを! お待ちください!」


 利光が追いすがるが、藤御前はそれを無視しさっさと下がっていった。

 俺はそれをボーッと眺めていたが、ふと藤御前に呼ばれていることに気づいた。あ、三郎って俺のことじゃん。あんまり行きたくないが呼ばれた以上行かないとダメだよな。

 俺は陽剣を納刀すると、起きてきた下女に藤御前の部屋の場所を聞くとそこへ向かった。

 なお、項垂れている利光は俺も無視することにした。

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