インターミッション1

1.世界端末

 その夜、床についた俺を待っていたのはあの白い空間だった。


「またこの夢か。と言うことは……」


「やぁ、お疲れ真宮寺勇人君。ま、かけたまえ」


 アドミンと名乗る幼女がこの前と同じように椅子に腰掛けていた。前回と同じくティーカップを持った状態でだ。そのティーカップはいったい何なのだろうか。ちょっと気になる。


「本当にまた会ったな。で、ここに来たと言うことは俺は地球の滅びの要因を取り除けたって思っていいのか?」


「あぁ、本当によくやってくれた。君のおかげで現代Ⅰ型世界の滅びは回避された。ありがとう真宮寺勇人君」


「と言うことは、やっぱりあの檮杌とうこつが滅びの要因だったってことか。でも、あいつ大して強くなかったぞ? あんなんに世界は滅びさせられそうになってたって言うのか?」


「それは君だから言える台詞だよ真宮寺勇人君。あの四凶が本気で暴れたらと止められる手段はおそらくあの世界にはない。あれは曲がりなりにも神の一柱。神同士では倒すことはできず、人間によって倒されるしかない。だが、人間で奴に有効打を与えられる手段というのは本当に限られる。だから、君は本当によくやってくれたのだよ」


「そんなもんかねぇ」


「それに、問題はやつの強さではないんだよ。問題なのは彼の者が君を利用しようとしたこと、それに尽きる」


「俺を利用? そう言えば青龍も檮杌とうこつの狙いは俺だって言ってたな。おそらくあれか? 俺が泉に接続できる能力者だからとかその辺だろ」


 檮杌とうこつを仲間にした時も、魔力源が自分のものになるとか言ってたしな。


「君の性質はそのように解されてるようだけどね。実際はそんなもんじゃあない。もっと危険なものだ」


 アドミンはそこで言葉を切ると、ティーカップをテーブルに置き、真剣な面持ちでこちらを見る。


「君も私に聞きたがっていただろう? ギフトとは違う、君自身の性質。青龍が君から魔力を吸い尽しても死ななかった君の性質。それは君を異世界へ送ることに密接に関わっている」


「それって、俺が世界の特効薬だとか言ってた奴か?」


「いや、それとは直接関係がない。だが、その君の性質のせいで、私は君を異世界に送らなくてはならなかった……。いや、違うな。君しか送ることが出来ないんだ」


「どう言うことだ……?」


「君の性質は……、いや、君の正体は「世界端末」。世界群を自在に操るアイテム。生きたアーティファクトだ」


「は?」


 アーティファクト。直訳すると工芸品だっけ? 生きたアーティファクトってどう言うことだ?

 俺は人間だろう。ちょっとそこのところよくわからないんだが。


「つまり、俺は人間じゃなかったってことか?」


「いや、君は紛れもなく人間だ。人間の夫婦から生まれた正真正銘の人間だ。だが、同時に生きたアイテムであり、アーティファクトである」


「もうちょっと詳しく」


「そもそも世界端末とは、我ら上位世界の存在が下位世界の事象を操作するためのアイテムであり、生きてなどいないし、ましてや人間型など取っていない。私自身、この世界群の管理をするに当たって世界端末を支給される予定だった。だが、そこで言われたのは『すでにその世界群に世界端末は存在しており、2つ目の世界端末を支給することはできない』と言う答えだった。

なので、私は限られた権限の中、世界端末をなんとかして探した。そうして見つけたのが君だ。今だから言うが、この前見せた夢、あの時初めて君を補足したんだ」


 そこまで一息で言うと、アドミンは再びティーカップを持ちくいっとあおる。


「だが、なぜ純粋な人間である君が世界端末となったのか。それは未だに謎のままだ。分かったことといえば、君の肉体と魂がセットになって世界端末として働いていると言うことか」


「どう言うことだ?」


「例えるなら、君の肉体は車で、君の魂は車のキーなんだ。君の肉体だけでも車としての機能に瑕疵はないが、魂というキーがなければ動くことはない。そう言う関係だ。つまり、君を殺して肉体だけを世界端末として使うってことは私には出来ないと言うことだ。少しは安心したかい?」


「それって殺されないだけで、ここで馬車馬のように働かされるってことじゃないのか? 俺からすればどっちも変わらないんだが?」


 世界端末に関してはおぼろげにしか分からないが、分かったことは世界の管理に必要な道具らしいと言うことだ。

 とすると、こいつが世界の管理者を自称している以上、世界端末を使わないでいることはできない。

 あれ、でもちょっと待てよ? とするとなんでこいつは俺を異世界に送るんだ? こいつとしては世界端末の俺を使って異世界を滅びから救った方が早くて確実なんじゃないか?


「その通り。本来ならばそうするのが普通だ」


 俺は何も口にしていないのに、アドミンが内心に返事してきてギョッとしてしまう。こいつ俺の心が読めるのか?


「ここは君の夢の中だからね。君の内心はダダ漏れさ。私に読心の力があるわけじゃない」


 なんてこった。全部読まれてたのか。こりゃ、ここで虚勢張ったりしてもバレるだけだな。


「問題はそこだ。君が思ったように私が君を使って異世界の管理をする。それが普通で一番確実だ。だが、それが出来ない理由がある。今の私には君と言う世界端末を操作する権限がないのさ。君を使おうと思っても私には君を十全に使うことができない。それが理由だ」


「権限がない?」


「PCで例えるなら、管理者権限を持ってないと言うべきか。私はユーザーとしての権限でしか君を使うことができないのさ」


 そう言われてもPCにはそんなに詳しくないからよく分からない。


「……世界端末の完全な操作にはIDカードが必要と思いたまえ。私はそのIDカードを持っていない。ゆえに操作できないと言うことさ」


 なるほど、そう言うことならよくわかる。

 だが、それなら無理に俺を使わなくても俺を魂ごと完膚なきまでに粉々にして、上司らしき奴に新しい世界端末を貰えばいいんじゃないか、と言う疑問も湧く。


「それが出来れば苦労はしない。私たち管理者は下位世界に対して無制限とも言える権限を有している。だが、それは世界端末を通してなのだ。それがなければ何も出来ないに等しい。

つまるところ、下位世界の存在である君に対して消去と言う干渉をするためには世界端末を使う必要がある。君を消すには君自身を使って君を消すと言う矛盾した行動を取らなければならない。さらに言うなら、ユーザー権限の私では君を操作したところで、下位世界の生命を消すと言うコマンドは使えない。

そして、世界端末には自壊コマンドなんてものはないし、そもそもからして下位世界に対する事象の操作をするアイテムだ。私に君を十全に動かす権限があったとしても、上位世界の存在である世界端末をどうこうすることは最初から出来ないのさ」


 聞けば聞くほど詰んでるんだな。


「そう、詰んでいる。こうやって君と接触することすら本来は出来ないことだ。下位世界への干渉は世界端末が必要だからね。見るだけなら問題ないんだが、まぁそれは今は置こう。ともかく、君に干渉できたのは君は下位世界の存在であると同時に上位世界の世界端末でもあるからだ。その、上位世界の存在であると言う事実を利用して私は君に干渉することが出来たってわけさ。

異世界に送ると言う干渉ができるのも、同じ理由だ。詰まるところ、私は君に頼る以外方法がないのだよ」


「なるほど。大体の事情は把握した。じゃあ、俺を通して青龍が魔力を得ていたってのは、俺と言う世界端末を青龍が無意識に操作して、下位世界の管理の一環として魔力を得ていたって解釈でいいのか?」


「そうだ。一応捕捉しておくと、その魔力吸収に関しては一応制限があると言うのを付け加えておくよ。もっとも、彼女が使うような量なら実質無制限っていってもいいけど。あれは平行世界の魔力を吸い出しているのさ。

君から魔力を吸おうとすると自然とそうなる。世界端末がそのように認識するからだ。ゲスト権限であっても問題なく使える機能の一つだ。私が使ってもほぼ意味のない機能だがね」


「ってことは、その機能を使えば俺も無制限に魔法が打ち放題に──」


「ならないよ。君はあくまで魔力を吸い出す機構にすぎない。例えるなら、彼女らは蛇口をひねって水を飲むが、君はその蛇口だ。蛇口は水道を開け閉めするものであって、水を消費することはできない。と言えばわかるかな?」


「……わかりやすい例えをありがとう」


 おのれ、チート再びを思った俺の喜びを返せ。


「じゃあ、君の疑問も解決したところで本題に入ろうか」

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