第十章「レナイッタ王国」
1.レナちゃんの依頼
「それで、貴様はそのような惨めな姿を晒して我の元へ戻ったのか?」
大魔王デラ=ツエーはユータに破れて戻って来た、配下の魔王コリャ=ツエーを前にして言った。コリャ=ツエーは未だ全身に負った大怪我が癒えず、痛々しい姿で大魔王の前に跪いている。
「も、申し訳ございません!! しかし、あの勇者の強さは本物で、デラ=ツエー様にも……」
「……我にも匹敵すると言うのか?」
デラ=ツエーの低い声が辺りに響く。
それは本心からであり、ユータを軽んじる雰囲気を感じたコリャ=ツエーが諫言となればと思い出た言葉であったが、言葉を発してから詰まらぬことを言ったと思い直した。
「そ、そのようなことは、決して……」
コリャ=ツエーの全身から玉のような脂汗が流れる。
「もうよい。下がれ!」
「は、ははっ!!!」
コリャ=ツエーは深く頭を下げて、配下の者に体を支えられながら退出した。デラ=ツエーが言う。
「その勇者、ユータとか言ったな。コリャ=ツエーをあそこまで震え上がらせるとは只者ではあるまい」
「はっ……」
デラ=ツエーの横にある暗闇から返事が聞こえる。
「勇者ユータか、弱点は分かっているか?」
「御意。女が、ひとりおります。その者のことになると冷静さを欠くとのこと」
デラ=ツエーが笑いながら言う。
「笑止笑止。女とは、くくくっ……、首尾よく致せ」
「ははっ」
暗闇から気配が消えた。
「……と言う訳だ、レナ。近いうちにそちらに行く。皆さんへの手土産は何が良い?」
レナは【もしもしでんわ】を持ちながら震えていた。
「お、お土産なんて要らないよ、お父さん。それより本当に来るの?」
レナは顔に汗を浮かべながら言う。
「当然だろ。勇者学園に入れてからずっと会えなかったし、卒園後も頑張っているお前を見たいのは親としては当然だろう。それにそろそろお前も年頃だ。良い相手のひとりやふたりもいるのか? お前の姉さんはな……」
レナは始まってしまった父親の長話に表情を暗くする。これが始まると当分の間説教のような話から逃げられない。レナが言う。
「い、いるわよ!! 将来を約束した相手ぐらい、い、いるわよっ!!」
思わず出てしまった言葉にレナ自身一瞬固まる。すぐに父親が言う。
「そうか! それは嬉しいことだ。お前のようなジャジャ馬を貰ってくれる人がいるんだな? そうかそうか、是非、今度会わせてくれ」
(うっ、そ、それは……)
レナは今更ながらとんでもないことを言ってしまったと悔やむ。
「わ、分かったわ。でも私ちょっと忙しいから、次の依頼が終わってからね」
「ああ、問題ない。楽しみにしてるぞ」
そう言うと父親は電話を切った。
(ど、どうしよう!!!!!)
レナは緊急事態に顔を真っ青にした。
「ユ、ユータ君……」
レナは勇者本部の食堂で、昼食を食べているユータを前に満面の笑みで語り掛けた。
「な、なんだよ、一体……」
ただならぬ雰囲気と言うか殺気にも似た気迫を感じユータが構える。レナが顔を引きつりながらユータに言う。
「え、ええっとね、実は、うちの父がこっちに来るんだけどね……」
「父? ああ、いんじゃないか。学園とか勇者本部とか案内してやれば。いい観光になるんじゃね」
ユータはあまり興味がなさそうに適当に答える。
「う、うん、そうだね。で、でね、実はね……」
ユータはレナから発せられるまるで体を縛るような殺気に飲み込まれる。
(な、なんだ、一体? どうしたんだ……?)
「あ、あのね。お父さんが、その……、わ、私の、ねえ、なんだ、だから……」
「……おい、何を言っているのかさっぱり分からんぞ?」
ユータの言葉に大きく息を吐いてからレナが言う。
「わ、私と将来を約束した人を見たいんだって!!」
「将来を約束? どういう意味だ?」
不思議そうな顔をするユータにレナが顔を赤くして言う。
「だ、だから、ユータ。私の『恋人』になってよ!! お父さんの前だけでいいから!!」
「は?」
唖然とするユータ。レナは真っ赤な顔をして下を向いている。
「はああああああ!?」
ようやくその意味に気付いたユータが驚きの声を上げる。
「ちょ、ちょっとそんなに大きな声出さないでよ……」
恥ずかしさのあまり周りをきょろきょろと見るレナ。ユータが言う。
「お、俺がお前の恋人になるのか? なんで?」
レナが溜息をついて言う。
「だから、お父さんが私に恋人がいるかって聞くから『いる』って答えちゃったの。だからあなたにお願いしているんじゃん」
「『いない』って言えば良かったんじゃん」
「そ、そうなんだけど。仕方ないでしょ、いるって言っちゃたんだもん」
レナの声のトーンが下がる。ユータが言う。
「で、何で俺なんだ?」
「そ、それは……」
レナの顔がさらに赤くなる。
そこへ通りかかる大勇者ハーゲン。まぶしい太陽の光を浴びその見事な頭が輝いている。レナが小さな声でユータに言う。
「だ、だってあんなのしかいないし……」
ユータはハーゲンを見て頷く。
「まあ、確かにそうだな。分かった、引き受けてやろう。このユータ様が恋人の代役、受けてやろう」
そう言って何度も頷くユータ。レナが少し怒った顔をして言う。
「な、何よ、偉そうに……」
ユータが腕組みをして言う。
「あー、いいのかな、レナちゃん? この優しいユータさんがせっかく助けてやろうって言ってるのに? あー、気が変わっちゃいそうだな、俺」
「う、ううっ……」
何も言い返せないレナ。ユータが調子に乗って続ける。
「そもそも、レナみたいな狂暴でお転婆でじゃじゃ馬な女に誰が代役ですら恋人なんてやってくれ……、ひぃ!?」
「ゆ゛う゛た゛ああああああ!!!!」
バン!!
「痛ってええええ!!!」
レナの強烈な右ストレートがユータに入る。
「ちょ、ちょっと待て!! 俺はお前を助けて……」
「うるさいっ!!! 黙って聞いていれば調子に乗りやがって!!!」
「ひええ~!!!」
バン、バキ、ドンドン!!!
ユータは殴られながら思った。
今回は冒頭から殴られるし、そもそもなぜ助けてやっているのにこんなに殴られなければならないのかと……
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