4.信じるもの
「そこを
若きハーゲンは両手を広げてその魔物の前に立っていた。
「とどめを刺す。退くんだ、ハーゲン」
ハーゲンの体は両手を広げたまま震えている。そして後ろでさらに震える魔物を見て言った。
「師匠、分かってます。分かってます。でもこの魔物は反省しております。それに……」
ハーゲンは師の顔をしっかりと見て言った。
「魔物とは言え、子の前で親を殺すことなど……私にはできません……」
ハーゲンの目にはうっすらと涙が滲んでいる。師が言う。
「甘い! 甘いぞ、ハーゲン。この者が行った悪行、お前も十分知っておるだろうが!」
「う、ううっ」
目線を下に落とすハーゲン。
「もし今、この魔物がお前の背中を刺したら、逃がした
無言になるハーゲン。
「一時の感情に惑わされるではない、ハーゲン!
なおも動かぬハーゲンに師はその巨刀を振り下ろした。
「はああああーーーーーーーーーー!!!!」
目を閉じるハーゲン。
しかしその刃はハーゲンの目の前で止まった。
「し、師匠……」
まだ体の震えが止まらないハーゲン。師が言う。
「平和を求めるのが勇者。依頼に応えるのもまた勇者。ただ我々は勇者である前に人間。もしお前が心より信じたものがあるのならば、それを……最後まで貫け」
力が抜け、その場に座り込むハーゲン。師は剣を収めながら言った。
「またこいつが悪いことしたらお前が来て対処しろよ」
師はハーゲンに背を向けて立ち去った。
「は、はい。師匠……」
「……【勇技】ユータ斬!!!」
ハーゲンはユータから打ち込まれる剣を見ながら思った。
(良い太刀筋だ。これが若い力、若い思い。あなたもこんな思いだったんでしょうか、わが師よ)
「ふんっ!! ……えっ? ええっ!!!!!」
ドーーーーーーン!!!!
「ぐわあああああ!!!!!」
ユータの剣を真正面から受け止めたハーゲンは、その剣圧によって後方の壁まで吹き飛ばされた。ハーゲンが驚愕の顔をする。
(な、なんと言う剣、なんと言う強烈な太刀……)
「ぐはっ!!」
ハーゲンは壁にもたれたまま吐血した。手で胸を押さえる。肋骨が数本折れているようだ。ハーゲンは全身の痛みに耐えつつ、剣を杖代わりに立ち上がろうとした。
バキン!!!
「えっ!!」
ハーゲンが剣に体重をかけようとすると、ちょうどその中間付近で剣が半分に折れてしまった。青くなるハーゲン。
(せ、聖剣ケハエルが折れただと!? 異世界最強の武器が、ただの木の剣に負けたのか!?)
ハーゲンはよろよろと立ち上がる。するとユータが叫んだ。
「ハーゲン!!!」
「ひっ!」
名前を呼ばれて一瞬びっくりするハーゲン。ユータが続ける。
「こいつを、こいつを斬らないでくれ」
ハーゲンの体は自然と震えた。
ユータのその一言一言に体が震える。改めて感じるこれまでに経験したことのない威圧感。ただの新人だと思っていたが、ユータとは一体何者なのだろうか。ハーゲンの頭は混乱し始めていた。
ハーゲンは折れた剣を収め、軽く頷くとユータに背を向け言った。
「こ、これより王城へ戻って治療、いや違った、
そう言って立ち去ろうとするハーゲン。ユータが言う。
「こ、こいつは、いいのか?」
ふらふらと転移魔法を唱えながらハーゲンが答える。
「お前の好きにしろ。どうなろうが後の責任は俺が持つ」
そう言うとハーゲンは消え去った。
ユータの顔に安堵の表情が浮かぶ。
「やっぱり大勇者。それなりに強かったし、振る舞いも大人だぜ」
ユータは一度大きく息を吐くと、ダークエルフのレーゼの元へ歩いた。
「降参しろ」
ユータはレーゼに言った。下を向いて肩を震わせて泣くレーゼ。
ユータは周りにいる赤ちゃんを見渡した。皆ベビーベッドに寝かされ綺麗な服を着せられている。戦闘があったので何名かは泣いているが、その多くはすやすやと眠っている。また近くに来て分かったのだが、赤ちゃんからは石鹸のとてもいい香りがした。
ユータが言う。
「お前の子供好きは良く分かった。子供ができなくて辛い思いをしていることも良く分かった。ただ、どんなにいい加減な親だろうと、子供は宝。それを奪われることは身を引き裂かれるより辛いこと。だから赤ちゃんは返してもらう」
泣き続けるレーゼ。ユータが続ける。
「……俺は生まれた時に母親を亡くし、父親もな、俺が幼い頃に殺された」
少しユータを見るレーゼ。
「だから、母親の愛情ってのを俺は知らねえけど、知らねえんだけどお前みたいな母親……」
レーゼがしっかりとユータを見つめる。
「……嫌いじゃねえぜ、俺は」
「う、ううっ、うわーーーー!!」
レーゼは大声で泣くとユータを思いきり抱きしめた。
「お、おい! よせ、こら!!」
それでも離さず強く抱きしめるレーゼ。レーゼの身体から邪気が抜けていく。そして美しかったエルフへと再びその姿を変えた。
「……や、やめろ、って……」
言葉では嫌がって見たものの、それを本気で拒否する事はできなかった。レーゼの泣く声が館に響く。
その後、赤ちゃん達はハーゲンが連れてきた警察隊によって無事救助された。
もちろん赤ちゃん誰一人として怪我などはしておらず簡単な検査の後、親元に返された。レーゼ達夫婦も警察隊によって捕らえられ、後日国王立ち合いの下処分が下されることとなった。
そしてその日がやって来た。
王の間には国王を始めその配下が並び、包帯を巻いたハーゲンにユータ、そして中央にはレーゼ夫婦が立たされている。国王が口を開いた。
「それでは重犯罪人レーゼと他一名に処分を下す」
一同に緊張が走る。
「では勇者ユータよ。よろしく頼む」
ユータはハーゲンに小声で尋ねる。
(本当にいいのか、俺が全部決めて?)
(ああ、好きにしろ。国王には話してある)
ユータは小さく頷くとレーゼ達の前に歩いて行くと大きな声で言った。
「赤ちゃん達をさらうと言う大罪を犯したレーゼ達夫妻に処罰を言い渡す」
レーゼ達は下を向いたまま無言で聞く。
「お前達には【戦争で親を失った孤児の面倒を生涯かけて見る罰】を与える。尚、孤児院建設には国王が責任をもってあたること。以上」
国王は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに大きく頷いた。
ユータはレーゼの前に来て小さな声で言う。
「これから子供達を、みんなをたくさん愛してやってくれ。よろしく頼む」
「……はい。ありがとう……ございます……」
レーゼ達は涙を流しながらユータに言った。
「さて、じゃあ帰ろうか、ハーゲン」
ユータがハーゲンの元に来て言うと、ハーゲンは少しばつが悪そうに答えた。
「いや、そのなんだ。お前先に帰ってろ。俺はちょっとまだ用事があるんでな」
ユータは少し首を傾げたが、言われた通りひとり帰ることにした。
「あ、お帰り! ユータ君」
数日後、久し振りに勇者派遣本部に行くとリリアが元気そうに声を掛けてきた。
「おう、帰ったぞ。ええっと、依頼の件だが魔王はいなかったが無事解決したぞ」
リリアは笑顔で言う。
「うん、知ってるよ。ハーゲンさんが報告に来た」
「ああ、そうなんだ。で、報酬は?」
ちょっと不思議な顔をしてリリアが言う。
「あれ? 報酬は全部ハーゲンさんに渡してあるよ」
「は!? 俺一銭も貰ってないぞ!!」
リリアが笑顔で言う。
「知らないわ、そんなこと」
「マジか~」
落ち込むユータに聞き慣れた低い声が聞こえた。
「やあ、諸君! 元気か?」
リリアが答える。
「あ、ハーゲンさん。お疲れ様です」
ユータが言う。
「おい、報酬を貰ったってどういうことだ? 俺の分は?」
ユータを見たハーゲンは少しビクッとしてから、小声で言った。
「お前、
「は!? お前あれからどんだけ飲み食いしたんだよ!!!」
がはははと笑うハーゲン。不意にユータの道具袋の中の【もしもしでんわ】が鳴った。
「全く誰だよ、はい、ユータ……」
電話はチャン王国国王からであった。
「あ、もしもしユータ様ですか。先日はありがとうございました。お金がない我々に代わって報酬で孤児院まで建ててくれまして。ハーゲン様には口止めされていましたが、それでは我々の気が収まらずお電話だけでもと……云々」
ユータは電話を切るとハーゲンを見た。
(ちっ、そう言うことかよ。ハゲめ)
「え? どうしたの? また揉めてるの?」
最近必ずやって来るレナが会話に加わって来た。リリアが答える。
「ううん、何でもないよレナちゃん。ユータ君が無事赤ちゃんを取り戻してくれたから」
「へえ~、そうなんだ。ふ~ん」
レナはユータを見る。そして言った。
「あんた大勇者ハーゲンさんと一緒に行って、何か特別なこととか教えて貰ったの?」
ユータは少し考えてから答えた。
「そうだな……、オカマバーで……」
リリアたちの顔色が変わる。
「は? オカマバー!? ハーゲンさん、まさか……」
ハーゲンとユータの顔が少し青くなる。
「いや、違うんだ。リリア。ユータが大きくなったらオカマバーにでも連れて行ってやろうかなと思い……」
ユータも合わせる。
「そ、そうだよ。お、俺がオカマバーなど行く訳ないだろ。ははははっ」
空笑いするユータ。リリアが言う。
「まあいいわ。それよりも私も早く婿とって赤ちゃんが欲しいわ」
レナも同調する。
「そうねえ、私も勇者なんてやってるけど、いずれは子供も欲しいよね~」
突然始まった女子会話を聞いていたユータが言う。
「そうか、じゃあ俺が(チャン王国で国王に作らせた孤児院があるので、もし結婚相手が見つからなくて赤ちゃんができず困ったら孤児の斡旋とか)協力してやるぞ」
「はあ?」
声色を変えてユータを睨む二人。空気を読めないハーゲンも続く。
「良かったら、俺も(中略)協力してやるぞ」
バン! バーーン!!!
「痛ってーーーーー!!!!!」
「痛っでーーーーー!!!!! な、なんで俺も……?」
「ふざけるな! このマセガキに、エロダコがああーーーー!!!」
「エ、エロ……ダ……」
バン、バン、バーーン!!
「痛いよ、痛いよ、俺が悪かったよ!!!」
ユータとハーゲンは殴られながら思った。
やはり赤ちゃんは丁重に、そして慎重に扱わないとダメだということを。
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