011 風車を回せ!
ウォーレン歴8年 緑風の月3日 朝
アレンさんと一緒に礼拝と朝食に行って、私たちは一旦自室に引き上げた。この後の依頼の持ち物を準備するためだ。
といっても私は普段身につけている貴重品くらいしか持っていくものがない。アレンさんは魔術道具があるからちょっと時間がかかるかも。
先に集合住宅の前で待っていると、お待たせしましたァ、とアレンさんの声。
振り返ると、行商のときに使っていた背中いっぱいの木箱を背負ったアレンさんがこっちに来るところだった。
「……その格好で行くんですか?」
「中身は行商のときよりとっても軽いですヨォ。ご心配なくゥ」
「はあ……」
魔術道具を持ち運ぶのに便利ってことなんだろうけど、ちょっと仰々しい気もしなくもない。
まあなにはともあれ、私たちはあの風車小屋に向かって町を出発した。やっぱり単調な道に飽きてきたかな、という頃に風車小屋に到着する。
小屋の戸を叩くと、おじさんが待ちかねたように顔を出した。
「よう、わざわざありがとな」
「いえいえ」
「それでは早速ゥ……といきたいところなのデスがァ、一度試運転をさせていただいても?」
アレンさんは木箱を下ろしてなにやらごそごそする。昨日かなりの値切りをして買った飾り扇が出てきた。
今はもうただの飾り扇じゃなくて、魔術道具に改造してあるはずだ。
「試運転?」
おじさんが首を傾げると、アレンさんは見た目にはどこが変わったのかわからない扇を広げながら頷いた。
「実際に風車を回せる風速が出せるかの確認ですネェ。やはり実際にやってみないとわからないこともありますからァ」
「そういうもんか?」
「えェ」
というわけで、風車小屋とおじさんの家の間にある草原で、私が扇を持ってなにもない方向に風を吹かせることになった。
「大きく一度、あおいでみてくださいィ」
「わかりました」
アレンさんの指示に私は頷いて、ふたりが見守るなか扇を持ち直す。
なんかちょっと緊張する。
私はひとつ深呼吸すると、広げた扇を高く持ち上げて、思いっきり振り下ろした。
ゴウッ、と鼓膜を揺らす音がして、草原の草を大きく倒しながら強風が駆け抜けていく。おじさんが、おお、と声を上げたのが聞こえた。
「いかがでショウ?」
「これならよさそうだ!」
「よかったー……」
それでは、と近付いてきたアレンさんが昨日ちょっとうまくいかなかったあの耳栓を渡してくる。今度は音量が大丈夫になっている、はず。
「これをつけてタイミングを3、2、1、で合わせて回しまショウ」
「はい!」
アレンさんとおじさんが風車小屋のほうへ歩いていく。私は奥さんに屋根の上り方を案内してもらう計画だ。
これから私、自分で魔法を使って仕事をするんだ……。うきうきして自然と足が速まった。
扇を持ってちょっと苦労して屋根に上ったところで、アレンさんの声が耳栓から聞こえてくる。
『エスターサン、準備はいいですかァ?』
「はーい」
『音量も大丈夫ですネェ』
「ふふ」
私が笑うとアレンさんも少し笑ったようだった。でもその次には、それでは、と少し緊張感のある声が聞こえてくる。
『いきますヨォ。3、2、1……!』
私はさっきと同じように思いっきり扇をあおいで風を起こす。
耳栓からは、アレンさんが力を込めているような声と、風の音が聞こえてきた。
でも、なぜか風車は回らない。
『おかしいですネェ……?』
「もう一回やってみます?」
もう一回やってみても、なぜかやっぱり風車が回らない。そんなに固い歯車なんだろうか。
『一度作戦を練り直しまショウ。コチラまで来れますかァ? 窓を開けますのでその場所に来ていただきたいのですがァ』
アレンさんの声がしたあと、遠目に風車の下にある窓が開いたのが見えた。耳栓からぎぃ、と窓の開く音。
……あれ?
窓が開いたのと、耳栓から聞こえた音のタイミングが違う。
つまりもしかしてこの「遠隔耳栓」、ちょっと遅れて音が鳴るんじゃない?
「アレンさん!」
『はいィ!?』
「もう一回やってみましょう、ちょっと思いつきました!」
『わ、わかりましたァ……?』
アレンさんがちょっと戸惑ったような返事をしたあと、それではいきますよォ、と数を数え始める。
『3』
『2』
私は思いっきり扇を振り下ろす。強い風が走っていく。
『1……!』
ぎぃ、と音が耳栓からも風車のほうからも聞こえた。ぎぎぎ、と音を立てて、ゆっくり風車が回りだす。
『エ、エスターサン、もうひと押し風を!』
「はい!」
もう一度扇をあおいで風を起こすと、今度は滑らかに風車が回った。今度はそよ風もしっかり受けとめて、止まる気配はない。
「回ったー!」
『やりましたネェ……!』
耳栓の向こうでおじさんがありがとよ、と言っている声も聞こえてくる。嬉しくて、私は急いで屋根から下りた。
その後、おじさんの家でお茶をごちそうになりながら私の思いつきを話すと、アレンさんが肩を落とした。
「時差があるとは……私もまだまだですネェ」
「結局成功したんだからいいじゃないですか」
「そうだぞあんちゃん。本当に助かったよ」
おじさんが嬉しそうに笑った。奥さんもにこにこしながらお茶を注いでくれる。
「ところでアレンさん」
「はいィ?」
「腕力は結局、魔術道具とかで強化したんですか?」
私の素朴な疑問に、アレンさんとおじさんが顔を見合わせる。なにやらニヤニヤと笑いあった。
「それはァ……秘密、デス」
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