003 魔術道具の弱点

ウォーレン暦8年 陽春の月28日 早朝




 まだ日が昇るか昇らないかくらいの頃に起きた私は、ベッドからおりたところで柔らかいものを思いっきり踏んづけて転びそうになった。


「おわっ!?」


「ふぎゅゥ!?」


 ……あ、なんか既視感のある状況。


 寝ぼけた頭がすっきりして、ベッドの足元に寝ていたアレンさんの腕かどこかを踏んでしまったらしいことに気付く。


 私は慌てて姿勢を直して、びっくりして起き上がったアレンさんに頭を下げた。


「うっかり踏んじゃってごめんなさい!」


「あァ……お宿をお借りしている身なので大丈夫ですゥ、はい。それにしても朝がお早いのでェ?」


 もさもさ頭を眠そうに傾けたアレンさんに、私は苦笑で応じるしかない。


「……広報配達の副業があって」


「あァ、ギルドから毎朝出るアレですネェ? お仕事熱心なことでェ……」


「あはは……。日が昇りきった頃には帰ってくるので、そしたら一緒にギルドの食堂行きましょう」


「ご丁寧にありがとうございますゥ」


 ぺこりと頭を下げたアレンさんは、また体を横にするとすこんと眠りに落ちたようだった。床でも寝られるあたり、すごいと思う。


 私はもそもそといつものブラウスとロングスカートに着替えて、長い金髪をひとつにくくって部屋を出た。


 私が今住んでいるのは家賃にギルド割のきく集合住宅で、寮母さんのいない寮、というのが近いかもしれない。


 寮があるような学校というと王都とかにある高等学校で、私はそんなところには行ったことがないから、実際のところどうなのかはわからないけど。


 敷地を出て、ギルドの建物に向かう。いつもの場所に出してある広報を手に取って、私は家々を回り始めた。


 アレンさんにはお仕事熱心、なんて言われたけど、私が広報配達の副業をしているのはべつに勤勉だからとかじゃなくて、懐事情の問題だ。


 アレンさんに会うまで魔法が使えなかった私は、些細なことにも魔法を使うこの世の中でははみ出しもので、ろくな仕事につけない。


 だからお金を稼ぐにはあれこれ私でもできそうなことをやるしかないのだ。といっても、できることも限られてるけど。


「アレンさんから魔術道具をもらったら、ちゃんとした仕事ができるのかな……」


 そんなことを考えながらいつものように広報を配って回ったら、あっという間に時間が過ぎていった。




 ところが、朝食の席で、私は残念な事実を知ることになる。


「えっ、魔術道具で使える魔法はひとつにつきひとつだけ?」


 ギルドの食堂の長机の端で私と向かい合って座っているアレンさんはパンをちぎって口に入れ、噛んで飲み込んでから頷いた。


「そうですゥ。その代わり、専用であるぶん、発動に使う魔力が詠唱魔法よりも少なくてすむのですネェ」


 私もスープをスプーンで口に運びながら話を聞く。なんだか、さっきよりおいしくない。


「じゃあ私が今回宿代でもらう魔術道具はひとつだから……」


「ひとつの魔法だけ使えるようになりますネェ?」


「ひとつだけかぁ……」


 正直、私の魔力の量が多いのはわかっていることだから、消費魔力が少ないというのは全然魅力的じゃない。


 むしろひとつの魔法しか使えないというデメリットのほうが大きい気がした。だってそれこそ、魔法なんて数えきれないくらいたくさん種類があるのに。


 まァ、とアレンさんがサラダをつついた。


「エスターサン用の特注品を差し上げますのでェ、うまく使ってくださいィ。あ、ご希望とかありますかァ?」


 私は思わずうーん、とうなった。


 そもそも魔術道具の存在を昨日知ったばかりなのに、どんなのがほしいとかわかるわけがない。でもお任せにするのも運まかせになりそうで嫌だし……。


 アレンさんが私の目の前で手をひらひら振った。私ははっとして目を瞬かせる。


「そんなに悩まなくてもいいんですよォ。たとえば実用魔法と攻撃魔法ではどちらがよろしいですかァ?」


「……じゃあ、攻撃魔法を」


「ほうほう。わかりましたァ」


 そのあともいくつか質問をうけて、朝食は終わりになった。このあとアレンさんは広場とか適当な場所でその特注品を作ってくれるらしい。


 私はといえば、月に一度の稼げる仕事が、ちょうど今日だ。




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