002 痛い出費
頭が痛い。意識が戻ったと気付く前に思ったのはそれだった。それから自分がさっきまで気絶していたことに思い至る。
「うーん……?」
うなりながら目を開けると、顔の真ん前にもさもさした濃い紫色の前髪――というか人の顔があった。
「うわぁ!?」
「ヒィッ!?」
思わず驚いた声を上げると、相手もびっくりしたような声を上げて顔を引く。いやだってそんなに近くで覗き込まれてたらびっくりするでしょ。
めちゃくちゃ痛い頭を動かして、周囲を見回す。町の冒険者ギルドの医務室だ。お医者さんや看護師さんがなにやら忙しそうに立ち働いている。
それから、私は私を覗き込んでいた人に見覚えがあることに気付いた。
よくわからない「魔術道具」とかいうのを売っていた商人の男の人だ。ヘンテコな石、「火打石」を実演販売してて、それを私に渡してきて……。
「あの火! いったい……ふわぁ?」
ものすごい火柱を思い出してがばりと起き上がったら、ぐわんと視界が揺れてベッドに逆戻り。男の人が慌てたように両手をばたばたさせた。
「まだ寝てないとだめですヨォ……あんなにたくさん魔力をお使いになったんですからァ」
「へ?」
「私が他人の魔力の底を見るなんて珍しいことでェ、とても驚きましたデス、えェ」
「えっと」
「それにしてもお嬢サンはとんでもない量の魔力をお持ちのようですネェ……?」
「ちょ、ちょっと待ってください」
途中からなんだか興奮している男の人の話を、私は横になったまま両手を振ってさえぎった。男の人は不思議そうに首を傾げる。
「私が……魔力を、使った?」
「? えェ、それはもう盛大にィ」
そんなことがありえるのだろうか。だって、
「私、生まれつきの体質で、魔法が使えないんですけど……」
男の人が驚いたのがひしひしと伝わってきた。口がぱくぱくしている。たぶん前髪の向こうの目もまん丸なんだろう。
「たしかに魔力はたくさんあります。でも、どんなにいい発声と発音で詠唱しても、簡単な魔法も発動できたことがないんです」
だからその魔術道具とかいうのも当然使えないと思ってたし、あんな火柱が上がって自分が一番驚いてるけど、あれはいったいどういうことなんだろう?
ふむゥ、とうなって男の人がこてんと首を傾げた。あごに手をやって、静かに口を開く。
「それはァ……たぶん『詠唱魔法が使えない』というだけでショウ?」
ちょっと何を言われたのかわからなかった。男の人は説明を続ける。
「魔術道具というのは簡単にできていましてェ、魔力を声に乗せる詠唱魔法のように体内で魔力をどうこうする必要はないのですネェ」
「えっとー……つまり?」
「事情はよくわかりませんがァ、アナタも魔術道具でなら魔法が使えるということですゥ。実際使えてましたしネェ?」
いやァ嫌がらせかと思いましたが魔法を使い慣れていないならああいうことも起こりますよネェ、とか言っている男の人の言葉は耳を通り過ぎていく。
魔法が、使える。今まで魔法が使えなかった、私にも。
私はさっきより頭痛がよくなっているのを確認してゆっくり起き上がった。男の人の目――があるあたり――をじっと見つめる。
「あの、その魔術道具っていうの、売ってほしいです」
「あァそのことでちょっとご相談があるんですヨォ」
「?」
さっきまでの勢いはどこへやら、男の人は困ったようにもさもさ頭をかき回す。
「実は私、今回の火事騒ぎで露店権を停止されてェ、さらにお宿からも締め出されてしまいましてェ」
私は反対方向の窓を振り返る。もうほぼ夜だ。仮に門がまだ開いていても、今から宿を求めて隣町に行くのは無理だろう。
体の向きを戻した私に、男の人はぱんっと手を合わせて大きく頭を下げた。
「うら若い女性にお願いするのは心苦しいのですがァ、魔術道具をひとつお譲りいたしますので一晩のお宿を恵んでくださいィ……!」
「…………」
火事が起こったのはおそらく私の魔力が暴走かなんかしたせいで、この人はたぶん悪くない。さらに魔術道具をくれるということは私にも魔法が使えるようになるということだ。
一晩泊めるくらい、安いもんだと思う。喋り方はなんか奇妙だけど、寝込みを襲ってきたりするタイプではなさそうだし。
「……いいですよ」
「本当ですかァ!? ありがとうございますゥ……!」
と、そこでお医者さんが私たちの会話を聞いたのか近寄ってきた。
「おや、目を覚ましたねエスターさん」
「あ、はい」
「魔力の使いすぎで気絶して運ばれてきたんだよ。もうだいぶ自然回復しているようだけど、今日はゆっくり休むように」
「……わかりました」
本当に魔力を使ったんだ、私……。そういえば魔力を使いすぎると目が回ったり頭が痛くなったりするって習ったことがある。これがそうなんだ。初めての体験になんか感慨深い。
お医者さんはまた忙しそうに立ち去ってしまう。私は男の人のほうに向き直ってベッドを下りた。
「じゃあ行きましょうか……えっと、」
歩き出そうとしながら早速言葉に詰まった私に、男の人は微笑む。
「アレンと申しますゥ」
「エスターです。その……よろしくお願いします?」
「コチラこそォ」
言葉少なにギルドの建物を出たところで、紫の髪の男の人、もといアレンさんが肩を落とした。
「それにしてもお互い痛い出費になりましたネェ……」
「え?」
アレンさんはあァ、と手をひとつ打った。ぴんと右手の人差し指を立てる。
「今回の火事騒ぎで、私たちはざっと100人くらいの方にご迷惑をおかけしてしまったのでェ」
「100人!?」
「消火活動で魔力を使いすぎて気分を悪くされた方とォ、実際に商品が燃えたりやけどをされた方とォ、半々くらいですネェ。ちょっと前まで医務室は大惨事だったんですヨォ」
「そうだったんだ……」
私の魔力、どうせ暴走するならもう少しおとなしく暴走してほしかった。そんな器用なことができたら今まで苦労してないか。
それでェ、とアレンさんは話を続ける。
「分配はギルドの方がしてくださるんですがァ、概算でひとり100ユールの慰謝料を払う計算でェ、ふたりで割ったぶんをギルド口座から引かれているんですヨォ」
100人に100ユールで1万ユール。の半分で5,000ユール。
……って。
「私の3年分の貯金がぁぁー!?!?」
エスターギルド口座:5,372ユール
→372ユール
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