第36話 不穏な気配、そして襲撃

「結局、こうなるんだよね」


 森を切りひらくように作られた道でヴォルゼフォリンを歩かせながら、ランベルトが呟く。

 いつも通りというべきか、マリアンネとフレイアが同行していた。


「毎日一緒に動いてる気がするよ。今日は一人で座れるから、まだいいけどさ」

「何だ何だ、ランベルト? ようやく私を独占できて嬉しいのか?」

「ん……うん」


 ヴォルゼフォリンの言い方に照れるも、ランベルトはどうにかうやむやにせずに感情を伝えきる。


「マリアンネとフレイアさんを一緒に乗せるの、悪い気はしなかったんだけどさ。やっぱりヴォルゼフォリンには、一人で乗るのが一番心が落ち着くかなって」

「ほほう、嬉しいことを言ってくれるじゃあないかランベルト」

「そうかな?」

「そうだとも」


 いつものように、しかし少々距離が縮まったような二人。

 そんな二人のやり取りは、周囲から丸聞こえであった。


「うーん……やっぱり嫉妬心が湧き上がってしまいますわ」

「同感です。ですが、逆に安心します。いつも通り、ということですから」

「それはそうですね……会長」


 ディーン・メルヴィス学園組――マリアンネとフレイアにとっては、見慣れたものである。

 しかし現役軍人であるディートヘルムたちにとっては、想像の埒外らちがいのやり取りであった。


「うーむ……アントリーバーが人語を話すとはな。それにその、何だ? あの緊張感の無さは」

「まるでデート気分ですよね、隊長」

「いっそすがすがしいな……」


 そんなシュティーア隊の反応をよそに、ヴォルゼフォリンとランベルトは二人きりの時間を楽しんでいた。

 だが、平穏な時間は突如として打ち切られる。


「むっ……全機止まれ!」


 指示を出したのはヴォルゼフォリンだ。

 他の機体は反射で停止するも、すぐに疑問の声が上がる。


「どうした、ヴォルゼフォリンとやら?」

「正体不明機が向かってきている。下手に動かない方がいい」

「正体不明機って……何も捉えてないぞ?」


 シュティーア隊の隊員たちが、次々といぶかしむ。

 無理もない。彼らの搭乗するメルエスタルには、自分たち以外の動体どうたいを何も捕捉出来ていないのだから。

 そしてそれは、マリアンネとフレイアのそれぞれの愛機も同様だった。


「何も見えませんわよ?」

「私のディナミアも、異常は感じ取っていないようですが」


 誰もがヴォルゼフォリンの言葉を信じていない。

 たった一人を、除いては。


「いや、ヴォルゼフォリンの言う通りだよ。森に隠れながら近づいてきてるみたい。戦う準備をしとかないとね」


 その一人とは、誰あろうランベルトのことだ。

 ヴォルゼフォリンが伝える警告を、ランベルトは信じている。


「どうして、そう断言できるんだ?」


 疑問の声を上げたのは、ディートヘルムだ。


「簡単です。ヴォルゼフォリンはどんなアントリーバーよりも、からです」


 ランベルトの回答は、単純にして明快。

 ヴォルゼフォリンは既存のアントリーバーを遥かに凌駕りょうがする性能を誇る――それには動体の認識範囲や解像度といった、索敵能力も当然含まれている。

 鷲や鷹が優れた視力を持つように、ヴォルゼフォリンにも遠くから正確に敵味方を判断する機能が搭載されているのだ。


「ランベルト、武器はこちらで構えておくぞ」


 と、ヴォルゼフォリンがランベルトの指示よりも先に武器を構える。

 右手に光剣、左手に銃の組み合わせだ。


「銃の照準も私がしよう。不明機とは、なるべく距離を取っておけよ」

「わかった」


 ランベルトの返事を聞くや否や、ヴォルゼフォリンは照準を合わせ続ける。利き腕の概念が無い――敢えて書くならば“両利き”――のヴォルゼフォリンにとっては、多少速い程度の的に照準を合わせ続けるなど苦もないことであった。


「さて、悠長ではあろうがな。ディートヘルムといったか」

「何だ?」

「警告をしろ。ほぼ敵性てきせいなのは間違いないが、一応は軍人だ。義務だろう?」

「……よく分かっているじゃあないか」


 嘆息と共に、ディートヘルムが拡声器を向ける。


「接近している所属不明機に告げる。ただちに所属と氏名、それに行動の意図を明らかにせよ。繰り返す。ただちに所属と氏名、行動の意図を明らかにせよ。返答無き場合、こちらは先制攻撃を敢行する」


 二回の警告に対し、返答は無い。

 そう思われた直後――光弾がヴォルゼフォリン目掛け、飛来した。


「なっ!?」


 ヴォルゼフォリンに命中するも、魔法の通じない機体には無意味だ。

 しかし、攻撃の意思は既に示された。


「正当防衛、成立だな。ランベルト!」

「うん!」


 ヴォルゼフォリンの合図で、ランベルトは思念を送り込む。

 一瞬遅れ、ヴォルゼフォリンが引き金を引いた。


 結果は――言うまでもなく、命中だ。

 爆散する直前、敵機がビームの光に照らされてシルエットがわずかに浮かぶ。


「あれ……こないだ見たスプリグじゃないか!?」

「そうだな、ランベルト。他の機体も同じスプリグのようだ。ところであれは外見や行動を見たところ、正面戦闘向けの機体ではなさそうだがな」

「だね。けど、油断はできない。けっこう来てるし、森に紛れて見つけづらい」

「いい判断だ」


 ランベルトの的確な状況判断に、ヴォルゼフォリンは賞賛の言葉をもらす。


「さて、距離も縮まってきた。ランベルト、先日フレイアとの訓練で使ったこの“雷霆らいていの杖”、今が使いどきだ。もう照準は合わせんぞ」

「わ、わかった!」


 ランベルトが照準を合わせるのもそこそこに、味方が撃墜されたのを見たスプリグたちは一気に距離を詰めてくる。隠密行動を放棄し、攻撃態勢に移っていた。


「当たれっ!」


 先んじて、ランベルトがヴォルゼフォリンに引き金を引かせる。

 しかし今までの武器ほど扱いが熟達じゅくたつしていないことが災いし、スプリグのすぐ左脇をビームが通り抜けてしまった。


「焦るな。焦ったら外すぞ」


 ランベルトに助言するヴォルゼフォリン。

 しかし内心では、別の思考を巡らせていた。


(どうも、私を狙っているようだ。破壊か鹵獲ろかくのいずれかは、まだ掴めんが……おっと)


 ランベルトの思念を受け取ったヴォルゼフォリンは、銃の照準を合わせ直す。


「ランベルト、お前には冷静さというものをもう少し鍛えてもらう必要があるな。撃たせるタイミングがまだ早いぞ」


 グンと、30度ほど腕を動かしたヴォルゼフォリンはすぐさま引き金を引く。放たれたビームはスプリグの目の前を虚しく通り過ぎた。


「フッ」


 だが、ヴォルゼフォリンに焦る様子はない。

 スプリグが左側に動いた、その瞬間――二発目を撃った。


 今度は避けきれず、まともに被弾する。スプリグのものはそこまで厚いものではないとはいえ、アントリーバーの装甲程度ならば苦も無く貫通するビームをまともに受けた以上は、爆発四散する以外の道はなかった。


「やはり、お前にはまだ早い武器だったかもしれんな。ランベルト、これはお前の、冷静さへの課題だ」

「うぅ……」


 しょげるランベルトに代わり、ヴォルゼフォリンが自身を動かす権利を掌握し直す。


「全機、私を囲むように円形に布陣しろ。攻撃は追い払う程度でいい、私が仕留める」

「信じるとしようか。シュティーア隊全機、防御態勢!」

「ヴォルゼフォリンが言うのであれば、従いましょうか」

「ええ。重量機にふさわしい守り、務めてみせます」


 ヴォルゼフォリンの指示通り、ヴォルゼフォリン以外の全機が円のかたちを作り上げる。

 全方位に対応した防御に加え、ヴォルゼフォリンの的確な位置判断能力や高い射撃精度により、スプリグたちは迷彩能力を丸裸にされていたのだ。


 奇襲を前提とした行動は、相手に先に露見してしまえば崩壊する。

 それを証明するかのように、スプリグたちはシュティーア隊のメルエスタルやローレライ、そしてディナミアの防御を突破出来ずにもたつき――1台ずつ、確実にビームに貫かれていった。


「今ので最後だな」




 誰も犠牲を出さずに得た勝利に、しかしヴォルゼフォリンはいまだ引っかかるものを感じ取っていたのであった。

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閃銀の英雄機 ヴォルゼフォリン~ロボに乗れないから貴族の家から追放されちゃったけど小さい頃から憧れていた最強の機体に招かれて乗りました。え、当主の座を継いでくれ? 嫌ですよ、つまらないから~ 有原ハリアー @BlackKnight

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