閃銀の英雄機 ヴォルゼフォリン~ロボに乗れないから貴族の家から追放されちゃったけど小さい頃から憧れていた最強の機体に招かれて乗りました。え、当主の座を継いでくれ? 嫌ですよ、つまらないから~

有原ハリアー

追放と出会い

第1話 操縦試験、大失敗

「ランベルト。私と契約しろ」


 少年が見上げれば、純銀の機体がひざまずいていた。


 家の書庫で見たことがある機体だ。人、それを“英雄機えいゆうき”と呼ぶ。万夫不当ばんぷふとうの力を誇り、あらゆる兵器をも下す。

 何千年前もの太古の機体ではあるが、現用の兵器でさえも赤子のようにあしらえる力を秘めた機体は、しかしまだ動かない。


「ぼ……僕が、あなたと?」

「ああ。お前が契約するんだ。お前以外に契約できる魔力量の持ち主は、他に誰もいない」

「わ、わかりました。けど、何をすれば……」

「私に『契約しろ』と命令すればいい。それだけで契約は遂行される。やるんだ」


 純銀の英雄機は、ランベルトという幼い少年にそう告げた。


(僕が、小さい頃からずっと、ずっと憧れてた英雄機と……!)

「どうした? このに及んで、怖気おじけづいたか?」

「ち、違う!」


 彼の幼い頃からの憧れだった、英雄機。それが目の前にいることは、あまつさえ「契約しろ」と伝えてくることは、まだランベルトには信じられない。


(本当に、本当に契約できるんだ……!)


 ランベルトは長年の夢が叶う瞬間を目の前にして、自らを奮い立たせる。


「契約しろ! 英雄機――――」


     ***


「ランベルト様。お目覚めください」

「うん……?」


 豪華な寝室で、ランベルトの目が覚めた。すぐ近くには、女性の従者がいる。


「ああ、英雄機がすぐ目の前にいたのに……」

左様さようでしたか。ところで本日は、大旦那おおだんな様より“操縦試験がある”と仰せつかっております」

「そうだったね。それじゃ、今すぐ支度しないとな」


 ランベルトは慌てて、寝間着から着替える。


「運動用の服装でいい、とも仰せつかっております」

「そうだね」

「大旦那様や奥様、そして弟様はお目覚めになっております。お急ぎになられるのがよろしいかと」

「わかってるよ」


 上等な生地だが、ややカジュアルな服装を着終えたランベルト。

 従者にせっつかれるようにして、大広間へ向かう。


 そこには、彼の父と弟が待っていた。


「起きたか、ランベルト」

「おはようございます、お父様。……コンラートも」


 ランベルトはコンラートに、嫌そうに挨拶をする。大柄な体躯を持つコンラートは、わずか145cmセンチというランベルトと対称的であり、一見すればコンラートこそが兄に見えてもおかしくはなかった。


「何が『おはよう』だグズ! まったく、なんでてめぇみたいのが俺の兄貴に……」

「やめなさい、コンラート」

「しかし! お父様、こいつは……」

「やめるんだ」

「も……申し訳、ございません」


 ランベルトの父と、弟であるコンラートが、厳しい表情をして立っている。その近くには、ランベルトとコンラートの母もいた。


「頑張ってね、ランベルト。コンラートも」

「はい、お母様」

「必ずやご期待に応えてみせます! このクズと同列にされるのは嫌ですが……」

「コンラート?」

「いえ、なんでもありません」


 二人が母に返事をすると、父は「ついてこい」と言って案内をする。

 歩きながら、父は話をした。


「いいか。私たちアルブレヒト家は、古来より優れた将軍を輩出してきた一家だ。この試験にて、それが指し示される。私たちの甲冑かっちゅうでありつるぎでもある人型兵器“アントリーバー”を乗りこなすこと、それが将軍に求められる資質だ」


 アントリーバー。ランベルトたちが暮らしている世界において、標準的な人型の機動兵器だ。起源は何千年も昔に遡ると噂されているが、ランベルトたちはまだ詳細な内容を知らなかった。


「ランベルト」

「はい!」


 突如として名指しされたランベルトは、背筋を正す。コンラートが露骨な舌打ちをしたが、ランベルトは無視した。


「お前は何度も、アントリーバーを転倒させている。だが、それは14歳……つまり成人である誕生日の今日までに直す、その約束だったな?」

「はい、お父様!」


 今までに数えきれないほど、やった失敗。それはランベルト自身がよくわかっていることだ。

 英雄機に憧れつつも、彼は彼なりに鍛錬していた。しかし、直前である昨日でさえも、相変わらずアントリーバーを盛大にずっこけさせていた。


「その約束が果たされれば、英雄機に関する研究を支援する。だが、果たせなくば……わかるな?」

「はい、もちろんです!」


 ランベルトは幼さの残る顔を、必死に引き締める。


「コンラート、お前には期待している。お前の才覚は、目を見張るものがある」

「ありがとうございます、お父様。そのご期待に応えることで、証明してみせます。グズ……いえ兄よりも優れた操縦ができる、そう自負しております」


 一方のコンラートは、父もランベルトも、いやアルブレヒト家に関する者の誰もが認めるアントリーバーへの適正を見せていた。父は双子である二人には等しく育てようとしてきたが、より見込みのあるコンラートに期待を寄せているのである。

 当のコンラート本人も鍛えていたという自負があったため、自らより技量が劣るランベルトを疎んじていた。


 しかしランベルトには、露骨な期待の差や弟の暴言を気にしたそぶりはない。


(うふふ、うまくいけば英雄機の謎を解き明かせるかも……)


 大事な出来事が控える今でも、こうして英雄機に関する空想にふけっているのである。

 と、父が足を止める。


「着いたぞ。格納庫だ」


 手で指し示される先には、白磁のごとき装甲をまとった機体がひざまずいていた。

 アントリーバーの一つであるその機体の名は、“ティアメル”と呼ばれている。


「さあ、乗れ」


 父が言うと同時に、ランベルトとコンラートは自分のティアメルへと向かう。


「グズ、そっちは俺のだ! てめぇの乱暴な操縦がうつるだろうが、降りろ!」

「おっと、ごめん。こっちだった」


 乗りかけたところをコンラートに止められ、今度こそ自分の機体に搭乗するランベルト。

 クッションが置かれたシートにちょこんと座ると、胸部の装甲が閉じ始めた。一拍遅れて、ティアメルの瞳が緑に輝く。


 そして、12mメートルはある巨躯きょくを立ち上がらせ――なぜかふらついたように、前に進んだ。


「うわっ、とと……」

「まともに立てねえのかよ、このグズ! ギャハハハ!」


 コンラートのティアメルも同様に、起動に成功していた。

 と、必要以上の力を込めて腕を振り、足を踏み出すランベルトのティアメルが、コンラートのティアメルに抱きつく。


「ちょ、てめぇいい加減にしろ!」

「しょうがないじゃん、ふらつくんだよ」

「クソッ、離せこの野郎!」


 ランベルトはコンラートにしがみつきながら、自らのティアメルを前に進める。

 コンラートが振りほどこうとするが、同じ機体とは思えない力でしがみつかれていた。


 外見はランベルトが背丈も顔も幼く、コンラートが筋骨隆々の見事な体躯をしている。はた目には、コンラートが兄に見えるだろう。しかし実際は、先に母の腹から出てきたランベルトが兄となっていた。


「うわっ……と!」

「ちょっと、いい加減にしろこのグズ! 限度ってもんがあるぞ!」

「くっ、ティアメルが言うことを聞かないんだ……!」


 格納庫を出てアントリーバー訓練用の広場に着いたあたりで、コンラートの支えがだんだん追い付かなくなる。ランベルトは焦って操縦桿そうじゅうかんをガチャガチャと動かしだし、それがさらなる大振りな動作に繋がっていた。

 そのたびにコンラートが支えようとするが、まるでそれを振り払うかのように、ランベルトのティアメルは暴れ続ける。


 やがてコンラートのティアメルが耐えかね、手を離してしまったその時。


「うわっ!」

「おい――」


 ランベルトが叫ぶ間もなく。

 ランベルトのティアメルは、盛大に前に転倒した。


「ぐぅっ……!」


 ズシンという音と、派手な土煙を上げるティアメル。だが悲劇は、これにとどまらない。

 転倒の拍子に前へとだしたティアメルの右手が地面をつかみ、機体全体を持ち上げる。倒立前転のごとく、ティアメルが暴走を始めた。


「うわああぁ、誰か止めて!」


 宙を舞い壁を壊し、ティアメルが前進を続ける。かと思えば側転しだし、挙句の果てには後転まで始め、ランベルトのティアメルはどこへ向かうのかわからない動く爆弾と化していた。


「ちょ、こっちくんな!」


 コンラートのティアメルが、助けようと走り出す。

 だが大質量と、さらに速度まで乗っている今のランベルトのティアメルは、アントリーバーという兵器でさえも破壊しかねない凶器と化していた。まだ十分な経験を積んでいないコンラートが、ひるんで立ち尽くす。


「まずい、そっちはお父様が……!」


 コンラートがランベルトのティアメルの行く先を見ると、格納庫と屋敷があった。このままではどちらも、粉砕されるだけだ。そして屋敷の誰かを、巻き込むだろう。


「ぐうっ……うあああぁ!」


 ランベルトは強引に操縦桿を動かし、軌道をそらそうとする。

 直前で左に大きく飛び、格納庫と屋敷は無事だった。


 だが、ランベルトのティアメルが飛んだ先には。


「……えっ?」

「しまっ――」


 コンラートのティアメルが、立っていた。

 砲弾のごとく飛んでくるランベルトのティアメルを、コンラートは避けられなかった。




 そして――ランベルトのティアメルは、コンラートのティアメルの頭部と右腕を押さえつけるようにして地面に倒れ、ようやく暴走を停止したのであった。

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