いつかきっと、その牙で愛して 〜普通のJKはクラスメイトの美人吸血鬼を餌付けしたい〜
亜星(あきら)
プロローグ
第1話 とある冬の日の風景
「
あたしの背中の方から躊躇いがちにかけられた声。振り返らなくても誰だかわかる、クラスメイトのあやめだ。夕日に沈む部室にあたしを訪ねてくる人なんて、あの子に決まっている。あたしは振り返って彼女を出迎えた。
「いいタイミングだったかも。
これから
あたしが部室からいなくなる前にと思って急いできたんじゃないだろうか。クラスでは物静かで落ち着いた印象の彼女が、今はすこし息を弾ませていた。それでも大きな音を立てないように、丁寧な手付きでで引き戸を戻して部室に入ってくるあたり、あの子の真面目な性格がよく出てると思う。
「今、帰り支度しちゃうからそのへんで少し座って待っててよ」
ぱっとしない見た目のあたしと違って、あやめは凛とした雰囲気の美人だった。すこし古風でみんなからは不評なセーラーカラーの制服をきっちり着こなしている。背中まで伸ばした黒髪と丁寧に切りそろえられた前髪で楚々とした雰囲気があるけど、キリッとした切れ長の瞳がそんな印象を否定する。そんな子だった。
(あやめ、なんか落ち着かないみたいね。
ああ、だからあんなに急いでここに来たのか)
あやめはあたしに勧められたパイプ椅子に姿勢良く腰を下ろしてる。だけど、なんだかそわそわと落ち着かない様子。彼女が何をそんなに急いでいたかに心当たりはある。だけど、あえて気が付かないふりをして、あたしは帰り支度に専念していた。
「あのね透子、いつものあれ、今日お願いして大丈夫かしら」
あたしの放置プレイに我慢できなかったのか、遠慮がちにあたしの顔色を伺ってくるあやめ。常にきっちりはっきりの彼女が「いつものあれ」だなんて、やけに曖昧な言葉。でもあたしたちの間ではそれで充分だった。あやめがあたしにお願いしてくることなんて一つしかない。
あたしは四つ目綴じの和装本を資料棚にしまって、あやめに向き直った。思わせぶりに絆創膏が貼られた指先を唇に当てて首をかしげる。
「んー? あやめ、ちょっと今回、ペース早くない?」
「そ、そんなことない、と思う」
バツが悪そうに顔を背けるあやめ。あたしはあやめにお願いされて度々あることをしている。それは彼女にとって大事なことなんだけど、頻度が高いのもすこし問題があった。スマホのスケジュールアプリを起動して前回の日付を確認する。
「うん、やっぱりちょっと早いよ。
まだ我慢したほうがいいんじゃない?」
「うぅ、そうなんだけど。今日は特に朱がきつくて……」
あやめはそう言って、西日の差す窓から視線をそむけた。部室に差し込んでくる夕日の色、たしかに今日はやけに濃いかも。窓に目を向けて夕日の色を見たあたしは納得してしまった。
「そっか、今日はあの日の夕方とそっくりな色なんだね」
こくりと頷くうつむき加減のあやめの表情は、長い黒髪に隠されて伺い知れない。だけど、セーラー襟から覗くうなじがほんのりと紅く染まっていた。あ、なるほど。今日はお腹すいてるんじゃないのね。
「じゃあさ、今日の御社さまのお世話一緒にやってよ。
そしたら今日やってあげてもいいよ」
「いやよ、ここの部員でもない私が手伝う理由がないわ」
あたしのお願いをすっぱりと断るあやめ。この時間に外に出るのを嫌がるのは知っているから別に驚かない。でも、あたしはあの子にうんと言わせる言葉を用意していた。自然と頬が上がって意地の悪い顔になってるのが自分でもわかる。
「いいのかなー?
今から二人でやれば、ちょうどあの時間に間に合うと思うよ?
あたし今日は、あの時みたいに屋上でしてあげたいんだけど」
「透子、ふたりでやろう。私、先に行ってるから早く来てね!」
ほら、こうかはばつぐんだ。
パイプ椅子を跳ね飛ばす勢いで立ち上がって、パタパタと部室を出ていくあやめ。
「あたし、掃除道具もってくから遅れるよー」
あやめには聞こえていないだろうけど、いちおう声を書けておく。山の端に太陽が差し掛かって濃い赤に世界をどんどん染めていく。
「本当に、あの日とそっくりの空の色……」
あの日冬の屋上で、初めてあやめと出会ったときの事を思い出す。セーラー服の襟元から差し入れて首筋に手を当てる。とくとくと自分の鼓動が指先で感じられる。あの時のあたしは受け入れることを拒んでしまったけど、今はどうだろう。
「いつかきっと、あたしを食べにに来てよね」
ここにはいないあの子に、あたしはこっそり語りかけた。
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