第二十八話 シルフ視点 加筆修正あり
最初に明藍に向けた気持ちは興味だった。
「シルフ。風野家に生まれる神子ちゃんだけど、少し変わった魂を持っているの」
「変わった、ですか?」
「そう。ここではない、違う世界からやってきた女の子だけど彼女の世界には私達の世界を題材にした物語でする遊びが流通しているのですって」
「…つまり、転生者で彼女にはこの世界の知識があると?」
「ええ。守護精霊に憑けばあなたも彼女の記憶を覗き観られるからわかると思うから詳しくは言わないけど、でもすごく興味深い子よ。お話もできるみたいだから、落ち着いた頃に会いに行ってあげてね」
転生者。数百年に一度の頻度で異界から流れ着く魂がそう呼ばれている。でもこれまで流れ着いた転生者の中にこの世界を事前に知る者は一人もいなかった。色々いるんだね、転生者にも。
興味と言っても本当にふーんって感じの薄い興味だった。そのせいでむしろ、アイオロス様からお話を聴いてこの反応、本当に僕って人間に期待していないなって再認識してしまうほどに明藍に向けた気持ちは薄かった。全然期待していなかったけど彼女の記憶を覗くことは意外にも面白かった。
明藍の前世の女性が生きていた文化は僕達の世界とよく似ていて、文明は僕達の世界よりもずっと発展している。馬車ではなく、車と呼ばれる石油という燃料で走る鉄の物体。うわ、何その煙。環境に悪そう…。電気の技術だってずっと発達している。でも環境に悪そうなもの多いなぁ。人間達も制限がたくさんついていてすごく生き辛そう。あ、でもそれはこっちの世界も変わらないか。本当に人間ってどこに行っても変わらない。そんな世界を明藍の前世の女性は生きていた。
彼女が日々何とかしたい!と考えている『天下再生』についての記憶も覗いた。ゲームという遊びの中で彼女が出会っていた僕は今と変わっていなかった。だからゲームの中の風野明藍の選択を尊重したこともああ、そうだろうな、僕ならそうするって納得した。ゲームの中では風野明藍の死をきっかけに混沌とする時代に突入する、か。成程、今僕が憑いている明藍はこの未来を回避したくて足掻こうとしているわけか。
でもこの子が救いたい人間って多すぎるよね。家族、自分と同じ神子、四大名家の当主、皇帝とその家族に仕える家臣達、そして前世の彼女が最も心を砕いていた義姉妹。
一番救いたい者達を救う前に救わなければいけない命がたくさんあって、そもそもの始まりになるのが自分の死、か。
…やること多いね、本当に。こんなに人をいっぱい救いたがるなんて、彼女は小さい時からそうだったのかな?それとも自分が誰かに助けられた経験があってその人みたいになりたかった?
これまで見てきた人間達の生き方からいくつかの例を挙げながら僕は彼女の記憶の底を覗いた。そこにあった記憶は僕の想像とは全然違うものだった。
幼い頃、血の繋がった家族から自分を構成する経験を積むことを拒絶され続け、傷ついた彼女は夢を見ること、興味の欠片に手を伸ばすことを止めた。夢を見たい、興味を持ちたい。その気持ちを持ち続けたら傷つけられ、否定され、拒絶される。そんな気持ちはもう味わいたくない。怖い、嫌だ、苦しい。嘆き蹲って泣き続ける自分を心の中に押し込めて少女から大人になった。やりたいことを見つけられないまま大人になり、自分の本当の気持ちがわからなかった彼女は未来をイメージすることなく死んだ。そして風野明藍に転生した。
記憶の海から戻ってきた僕は記憶の中の彼女と今の風野明藍が結びつかなくて若干混乱した。だって、理解ができないんだ。
彼女は前世で実の両親に、家族にたくさん傷つけられてきた。傷を傷と思わないくらい、深く傷つけられてきた。一番身近な人間に付けられた傷は思っている以上に、自分が自覚しているよりもずっと深くなる傾向が人間達にはある。だから彼女はその傷を見ないように心の奥深くに閉じ込めて何もなかったように振る舞って、でも心の奥深くに閉じ込めた大事な感情が人生に与える影響が多大だったから自分の未来さえ思い描けない。理不尽を恨み、親を憎み、世界を否定してもおかしくないのに、彼女はそうしない。
それどころか、家族の温かさに触れ、世界を知るたびに彼女は言う。守りたい。この美しい世界を、皆を。守りたい、と。――理解ができない。人間は惰弱で脆弱な生き物だ。どんなに綺麗毎を並べていても、結局選ぶのは自分。自分が一番かわいくて大切なのが、人間だ。人間の本質なんだ。
それなのに、どうして彼女は他者のために動けるの?どうして、誰かを救おうと思えるの?君は誰にも助けてもらえなかった。誰も君が辛い時に手を差し伸べなかった。誰も君の心に気づかなかった。それなのに、どうして君は君を傷つけた人間のために動ける?どうして自分のすべてを懸けようとしている?
彼らは前世の家族とは違うと割り切っているから?いいや、君は割り切れていない。割り切れているなら、君は家族をもっと頼っている。ひとりでなんとかしようとしていない。
…。ゲームが好きで思い入れのあるキャラクターだったから、現実とは別に考えている…わけでもないね。世界を生きる人間の中に自分も入っていると理解しているから、ここは現実だとわかっている。
――それなら、本当にこれだけなのか?生きていてほしい。笑っていてほしい。悲しませたくない。ただそれだけのために、君は努力するのか。そのために君は、人生を懸けるというのか。自分のためではなく、誰かのために。
想像だけど彼女の記憶を覗いて、そして風野明藍として生きる彼女の日々を見守りながら出した結論だ。間違いないだろう。でもこの結論に愕然とせざるをえなかった。
優しさを受け取ればその分…それ以上の何かを返していきたいと考える。背負うはずのなかった人間達の生を背負い、すくおうとしている。自分のことよりも他者だけを優先し続ける人間がいるなんて信じられない。でも僕の目の前にいるのだから、信じざるをえない。でもそんな彼女の意思の強さや努力を続ける姿勢は認められても、どうしても認められないものがあった。
明藍の自分自身への関心の薄さ、そして自分の未来への執着のなさだ。
明藍が自分ではない他者のための幸せを願って動いていると同じくらいに明藍自身を受け入れている者達――家族は明藍の幸せを願っている。それは明藍も痛いくらいに理解している。だから、彼らの未来を望む。でもその未来の中に自分の姿がない。彼女の知る未来はあくまで断片的だ。未来と未来の間を埋める日々の存在――日常は断片的な未来のためにできることを、努力を重ねるだけで成り立っているわけじゃない。人々との関り、社会との関り――自分が世界の一部だという感覚が彼女には欠如している。漠然と存在しているとだけしか理解できていないなら、それは未来を見ているとは言わない。
それに何より、明藍が思い描いている未来はこうなってほしいな、という願いの一つであってそれそのものが未来ではない。未来は幾つもの願いによって形成される塊であって、彼女がよく口にしている“皆の笑顔が溢れている明るい未来”はあくまで未来の一つに過ぎない。でも明藍の中ではそれは果てになってしまっている。無数に未来はあるのに、彼女が一つの未来だけを自分のゴールとして、夢として目指す先にしてしまえば叶えたその先がなくなる。
なにより、夢は自分のもの。明藍が思い描く夢は誰かの未来の姿であって、自分の姿じゃない。そして彼女の描く未来に彼女はいない。描いた未来に自分の姿がないのに、どうやって他者の未来を守るというの?君自身の未来を、一番見なくてはいけない君が見ないままでいれば、君の願いは何一つ叶わない。でも、君はそのことに気づかない。――いや、気づけない。だって君は自分自身への興味も他のことへの興味も…自分の本当の気持ちを理解する気持ちそのものを心の奥深くに閉じ込めてしまっているから。
彼女のこれからを考えるなら、今のうちに心の奥に閉じ込めている感情と向き合わせるべきだ。そうして自分の本当の気持ちを自覚させた上で行動を決めればきっと、見える景色が変わる。でも心の奥に閉じ込めている感情を意識できていない明藍にはその感情を表に出すことはできない。意識するのは同じような経験を今生にした時だろうが、それがいつになるのかはわからない。いつ来るかわからない“いつか”を待っているわけにはいかない。
じゃあ、どうするのか。――方法はある。明藍の守護精霊である僕なら、契約を利用して彼女の心に直接干渉できる。心がどんな状態で封鎖されていようが僕が本気を出せば明藍の力を上回ることは造作もない。僕なら、彼女の助けになれる。でも僕にできるのは彼女の心の傷を引きずり出すところまで。その後は彼女自身が自分の傷と向き合わなくてはいけない。そして僕が思っている方とは別の方に明藍の気持ちが傾いた場合、事態の対処に僕は当たることができない。僕の力はあくまで干渉。それ以上の影響を与えられるのはアイオロス様だけ。だからいざという時はアイオロス様のお力を借りるしかない。
そして何より大事なことは明藍を助けてしまえば彼女個人に力を貸したことになるということ。それは右翼として中立であるべき自分が己の立場を放り出すことに他ならない。感情を司ってはいるが、その感情を如何に律して使命にあたるかが求められていることをよく理解している僕が立場を放り出すわけにはいかない。だから明藍の手助けはしてはいけない。
だけどどうしても、明藍が気にかかって彼女を助ける選択肢を捨てられない。彼女のこれまでを見て、感じ取った感情や想いが二の足を踏む僕の背中を押す。でも自分の立場を想うとその一歩を僕は踏み出せない。
こうした葛藤を抱えているせいでこの数ヶ月間は同じ空間にいても姿は消して彼女の前に姿を見せず、人間の世界を観通せる水鏡を通して彼女の様子を観るに留めていた。
丈成との特訓後、今日も明藍は自室で絵本を読みながら文字の勉強に励んでいた。ペンや鉛筆を握れず、記憶を留められない不安を押し殺して彼女は今の自分にできることに全力を注ぐ。
「シルフ」
そんな彼女の様子を眺めていたその時、朝焼けのような清らかで澄んだ空気が流れていることに気づいたのと声を掛けられたのはほぼ同時だった。反射的に視線を向けるといつの間にか隣にはアイオロス様がいらっしゃった。
「!アイオロス様。申し訳ありません。お声を掛けられるまであなた様の存在に気づかないなんて…」
「いいのよ。それだけ集中していたということでしょう?」
慌てて頭を下げた僕を美しい笑顔で制し、アイオロス様も水鏡を覗き込む。そして懸命に努力を重ねる明藍の様子に微笑を浮かべた。
「本当にこの子は頑張っているわね」
「そうですね。彼女の努力は目を瞠るものがあります。この年齢でここまで努力をしていた神子を僕は初めて見ました」
「私も、彼女と同等くらいの頑張り屋さんは記憶を遡らなければわからないほど昔のことになると思うわ。
こんなにも頑張っているのだもの。彼女の努力は必ず報われる。夢は叶うわね――とあなたに言っても、あなたは首を振らないでしょうね。いいえ、振りたくないと言う方が正しいのかしら」
柔らかく穏やかながらも芯の通ったアイオロス様の言葉に僕は言葉を返せなかった。明藍に出会うまでの人間達の愚かさや弱さ、脆さに辟易していた自分なら間違いなく、アイオロス様の言葉に一も二もなく頷いて辛辣な批評をしていただろう。でも彼女にはその気持ちを向けられない、向けたくない。
アイオロス様のおかげで見ないようにしていた気持ちを認識してその感情の大きさにアイオロス様の御前だけど思わず溜息を吐いてしまった。そして髪をかき上げ、もう一度息を吐いて僕の失態を咎めることもせず水鏡に視線を落とされているアイオロス様のお名前を呼んだ。水鏡から顔を上げ、僕に視線を移したアイオロス様は何もかもを観通した瞳で僕を見ていた。僕は膝をつき、アイオロス様を見上げた。
「アイオロス様。お願いがあります。風野明藍の力に直接干渉する許可を。彼女が神子として健全な心を持っているのかを見極めるために。そしてもう一つ。僕の干渉によって風野明藍に与えた影響が最悪の事態を招かないよう、あなた様のお力をお借りしたい」
「後悔はしないわね?」
「はい」
「あなたの想い、確と受け取りました。その願い、聴き届けましょう」
「感謝いたします」
深く頭を下げ、僕は水鏡を通って明藍の元を久しぶりに訪れた。そして会話を重ねながら彼女の心の傷を厳重に覆っているものが彼女の内に眠っている風の力だということに気づいた僕は明藍を動揺させ、ガードを緩ませてから契約を利用して彼女の心に干渉し、心の傷を引きずり出した。そして神殿に戻ってきた僕はジンの説教を適当に聞き流し水鏡に向かった。
映し出されるのは明藍の夢の中。閉じ込めていた自分の気持ちの大きさに、救えない恐怖に押し潰されそうになって小さな体を丸めて肩を震わせて泣いている明藍にアイオロス様が擬態した彼女の未来の姿である成長した風野明藍が寄り添っている。
この構図だけを見ればアイオロス様が明藍を憐れんでいるように見えるが、実際は違う。アイオロス様は明藍を試している。僕の干渉の影響を受けたせいで揺らいだ明藍の未来が未来の風野明藍に支障が出ないようにアイオロス様の力で影響を与え直そうとしている。
アイオロス様は明藍が気づかない間に夢の世界にご自身の力を展開させて支配している。“狭間の世界”に近い理から外れた空間で明藍の未来に与えた影響の行く先を決めようとしている。だからあの場で力を発揮できるのはアイオロス様と影響を受ける明藍しかいない。明藍は今、己の未来を決めなくてはいけない。
《怖いなら、逃げていい。抱えきれないなら、切り捨てればいい。あなたにはその権利がある。あなたは神子。あなたが存在することこそが世界の幸福に繋がる。あなたは絶対に死んではならない。あなたを脅かす危険は排除されて当然なの。だってあなたの知る世界ではあなたの死が始まりだったのでしょう?あなたが生きているなら、未来はきっと変わる。だから、心配しなくても大丈夫》
どこまでも甘く、優しい言葉。でもアイオロス様の手を取れば明藍は風野明藍だけど僕の知る明藍じゃなくなる。前世の記憶を持たない神子の風野明藍として生まれ変わる。この2年の間に経験したことは記憶としては残るけど、抱く感情は今の明藍のものとは違う。
でもそうして生まれ変わることで心の傷の苦しみから、他者の未来を背負う生き方から解放される。あの子は自由になれる。
アイオロス様が伸ばした手に明藍が手を伸ばす。その手が重なる直前、明藍の動きが止まった。家族を想い出し、その温かさを、愛情の深さを、ありのままに受け入れてくれる優しさが彼女を押し留める。留まった彼女は記憶と感情の奔流の中で自分の気持ちを固めた。明藍は、アイオロス様の手を取らなかった。向き合って掴んだ気持ちを一生懸命アイオロス様に訴え、アイオロス様がその意志を、感情を、覚悟として受け取って認めた。明藍が試練に打ち勝った瞬間、僕は知らず知らずのうちに安堵の息を吐き出していた。
アイオロス様の力で現実へと帰されていく明藍を見送り、僕も踵を返す。そして玉座の間に赴いて扉を開けようとすると先に中から扉が開いてジンが出てきた。ジンは何かを言いたそうに口を開いたが、結局何も言うことなく姿を消した。
言いたいことは山ほどあるけど、アイオロス様が関与されたことだから言えないって感じかな。まあしょうがないよね。あの子はまだ左翼になって日が浅い上に人間に良い印象を持っていない。それにアイオロス様が手を貸すならまだわかるかもしれないけど、僕は人間に手を貸したことはなかったからね。僕達の行動を理解できないのは当然だ。
ジンの胸中を慮り、気を取り直して玉座の間に足を踏み入れる。玉座に座られていたアイオロス様と目が合うとふわりと微笑えまれ、僕は膝を着いて深く頭を垂れた。
「ただいま、シルフ」
「お帰りなさい、アイオロス様。この度は本当にありがとうございました」
「いいのよ。あなたの想う通りの結末になったかしら?」
「はい。じゅうぶんすぎるほどに」
僕の答えにアイオロス様が玉座から立ち上がり、僕の前に降り立つ。そして僕の手を引いて立ち上がらせ、白くたおやかな指でそのまま僕の手を包み込んだ。柔らかな感情を湛えた瞳と目が合う。
「明藍が私に示した覚悟はとても重い。これから先、あの子にはたくさんの困難が降り掛かる。悩み、苦しみ、もがくあの子の側に家族以外に支える一番近い存在がもう一人、必要になる」
「…僕は右翼です。僕の一番はあなたです。あの子の絶対的な味方になれない僕がこれ以上の干渉をすべきではありません」
「逆よ。絶対的な味方ではないあなただからこそ、できることがある。
あなたは今の人間の世界よりずっとずっと酷い世の中で生きる人間の姿を多く見ていたから、人間の愚かさや脆弱さをよく理解している。人間に興味を持たず、期待もしなかったでもそんなあなたが直向きに頑張る明藍の姿から感じ取ったたくさんの感情をきっかけに変わった。そしてあなたは感情のままに行動せずに自分の使命の範疇であの子のために動いた。絶対的な味方ではないからこそ、見えている景色がある。それはあの子の家族にはない、あなたしか持っていない視点。それが今後、あの子の力になる日は必ずやってくる。なにより、あなたが明藍を想う気持ちが彼女の力になる。あなただってわかっているはず」
「…」
「シルフ。私はあなたをとても信頼している。あなたの選択が私の最良であり意志。今までも、これからも変わらない。だから偶には自分の心に正直になってもいいの。自分の思うまま、好きなように行動しておいで」
右翼としての使命。明藍に向ける感情。アイオロス様からの赦し。
すべてを踏まえた上で僕は一つの答えを出し、アイオロス様に伝えた。アイオロス様は僕の答えにゆっくりと頷き、最後に一言言い残して溶けるように一瞬で姿を消された。誰もいなくなった玉座に静かに頭を下げ、玉座の間を後にした。
そして明藍が丈成と言葉を交わして想いを通じ合わせた翌日、無意識に彼女に呼ばれた僕は彼女と対峙した。心の傷を受け入れ、成長した明藍は数日前とは本当に別人のようだった。
伝わってきた相手の感情を汲み取りながら意見をしっかりと伝えられるように努力をしていた。自分を傷つけない意見だけじゃなく、否定的な意見でも受け止めようとする強さも垣間見えた。自己犠牲ではなく、共存を意識した気持ちの持ちよう。そして変わらない、優しさや真っすぐさ。人間が成長する生き物であることをまざまざと実感させられた。
でもこの明藍の人間性を保ち続けるには味方だけでは、“守る”気持ちだけでは駄目だ。多角的な視点を持ちながら彼女の絶対的な味方ではない。でも彼女に信頼されていてその信頼に応えようとする、第三者がいる。人間の理から外れた、独自の視点の持ち主が――ああ、情けない。こんなに言い訳しないと踏ん切りがつかないなんて。でも、これでやっと、決心が固まった。
「明藍の答えを聴いて最終的な判断を下します。約束しましたからね、次に会った時に答えを聴かせてって。その上で、その時の僕がやりたいようにやります」
「後悔のないようにね」
玉座の間でアイオロス様と最後にかわした会話が、明藍の答えを聴きながら過る。そして固まった自分の気持ちに口角が上がる。初めて人間の前で感情を繕わないまま、自然と浮かんだ笑みを明藍に向けた。僕の表情を見て明藍は一瞬目を見開いたけど、次の瞬間には本当に嬉しそうに笑った。
誰かにこの優しさが、温もりが踏み躙られ、蹂躙されないように傍にいたい。この温もりを、優しさをなにものにも侵害させるわけにはいかない。
守護精霊としてあなたを必ず守る。あなたと共に生きる。その誓いとして、右翼としての信頼をあなたに捧げる。
自分の感情のまま、そして自らの使命に則って僕は明藍に祝福を授けた。矛盾しているみたいに聴こえるかもしれないけど、でもいいんだ。自分の意思が、後悔のない選択が祝福を授けることだっただけ。それだけのこと。
「納得できません。そんな感情論で神子に祝福を授けるなど、私は納得できない」
僕の答えを最後まで受け入れられないと言うようにジンは頭を振り、そのままアイオロス様にだけ挨拶をして立ち去った。アイオロス様は何も言わないまま僕を見つめながら、ふわりと微笑んでくださった。だから僕も感謝を込めて深く頭を下げた。
―おまけ― 二本立てです。
ジンが玉座の間を去った後
アイオロス様。明藍から伝言を預かっています。
あら、何かしら?
今度は私があいに行くから、と。
――確かに受け取りました。ふふ、再会が楽しみだわ。シルフ。あの子をお願いね。
お任せください。
丈成と明藍の兄妹が食堂に到着
明藍!
おかあさん。
身体はどう?どこか痛いところや苦しいところはない?
だいじょうぶ。
ああ、よかった。ごめんなさいね。あなたが目を覚ますまで隣にいたかったのだけれど、どうしてもすぐにお返事を返さないといけないお手紙をいただいて…。本当に目を覚ましてくれてよかった。
ずっと、ついていてくれたの?
ええ。
――おかあさん、ありがとう。
あなたが無事で本当に良かったわ。
うん、ありがとう。おとうさんも、ありがとう。
気にしなくていい。親が子を想うのは当然のことだ。本当に、よく無事でいてくれた。
ありがとう。
ああ。よし、立ち話はこれまでにして。クルトル達が腕を振るって作ってくれた料理を食べながら話をしようか。
そうですね。美味しい食事を食べて元気を取り戻しましょう。
うん。たのしみだね、おにいちゃん。
ああ、そうだね。本当に楽しみだ。
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