第二十六話 加筆修正あり

瞼越しに感じる温かな光に導かれるようにゆっくりと瞼を開いていく。目が覚めたばかりでぼんやりとしていた視界のピントが徐々にあっていき、見慣れた自室の天井を移す。視界のピントは合っているけどまだ頭の中はぼんやりと霞がかったままでそのままぼーっと天井を見上げながら意識が整うのを待つ。そうして意識がはっきりしてきたところでゆっくりとベッドから身を起こす。ベッドサイドのアクセサリーケースに入れていたブレスレットを取り出して手首に着ける。しゃらりと音を立てたブレスレットを見つめながら私はこの数日で起きた出来事を思い返して気持ちを整理していく。


本当に、色々なことがあったなぁ。まさか自分でもちゃんと理解できていなかった心の傷と向き合うことになるなんて。表面化してちゃんとその存在を理解しているから思い出すだけで胸が締め付けられるけど、この痛みを抱えながら生きていくと決められた。

家族と一緒に生きる。願いは必ず叶える。その中で私自身の夢をちゃんと見つけていく。

勉強や訓練の頻度が減ることになって質自体は落とさないように気を付ける。気になったものには積極的に触れてみる。そして自分の気持ちをしっかり話す。難しい。でも、やる。頑張る。自分自身のために。


「これが、わたしのこたえだよ」


何も見えないけど感じる気配の方に向かって声を掛ける。私の声を拾うように応えるように風が吹き、つむじ風になって弾けるとシルフが姿を現す。


《恨み言の一つや二つ、覚悟していたのに》


「どうして?」


《君だってわかっているはずだ。僕は右翼で君の守護精霊でありながら不干渉の領域をこえた。君の許しも得ずに心の中を引っ掻き回して君が閉じ込めていた感情を引きずり出して勝手に向き合わせて、放置した。デリカシーのない、薄情者だ》


「わたしのことをおもってくれたから、でしょう?だって、あなたはいったじゃない。“やりたいと思ったらやるし、やりたくないことはやらない”って。あなたのこころのうちはわたしにはわからない。でもどんなかんじょうがあったにせよ、あなたはわたしのためにうごいてくれた」


無表情だったシルフの顔にいくつかの感情が去来したのがわかった。珍しい表情だ。彼女は感情豊かに見えてその実はとても現実的。だけどいつもはそんな素振りは全く見せず、飄々としてつかみどころがない。そんな彼女が初めて生きた感情を見せてくれた。私はそれがとても嬉しい。彼女にとって私が只の神子じゃないことがわかったから。

シルフは私の守護精霊ではあるけど、本来の使命は神様を支える右翼。私の絶対的な味方じゃない。そんな彼女が私のために行動をしてくれた。聡明な彼女のことだ。自分がしたことで与える影響の大きさはわかっていたはず。にもかかわらず、彼女は行動してくれた。

行動の裏にあった感情は失望か、叱咤か、心配か、好奇心か――色々あげられる。興味があるから、失望する。しっかりしなさい!と思うから、叱咤する。これから先を憂いて、心配する。行く末が気になるから、試した。どれが正解かはわからないけど、これだけは言える。どんな感情も相手を想っていないと抱けない。どうでもいい相手には絶対に向けられない。

自分では気づかない内に抱いた上に大きい感情。面倒だと切り捨てられても文句は言えないのに、シルフは捨てずに持っていてくれた。それに気づいたらシルフには感謝しかなかった。


「わたしにははかりしれない、おおきなもののあいだであなたはゆれうごいていたとおもう。でも、さいしゅうてきにあなたがえらんでくれたのはわたしだった。しめいより、わたしをえらんでくれた。とても、うれしかった。ほんとうに、あなたのこうどうにはかんしゃしている」


《お人好しすぎる》


「しんらいしているの。もし、あなたがわたしをきずつけることがあったとしても、それにはちゃんとりゆうがある。わたしがどりょくするかぎり、あなたはわたしをみすてない。そう、しんじているの」


あなたが私を想ってくれる、その気持ちに私も応えたい。だから改めて、あなたに伝えたいことがある。


これからも私はいっぱい迷って、悩むと思う。私の不甲斐なさがあなたを不快にさせたり怒らせたりしてしまうかもしれない。そんな思いは絶対にさせなから!って約束できなくてごめんなさい。でも、これだけは約束できる。私はもう、逃げない。自分の気持ちから、現実から目を逸らさない。受け入れ難い感情や現実から目を逸らさず、向き合って、頑張って生きていく。だから、どうか


「これからもわたしをみまもってほしい。わたしにちからをかしてほしい。あなたといっしょに、いきていきたい」


目を閉じてじっと聞き入っていたシルフがゆっくりと目を開ける。常盤色の瞳と目が合った。


《君の努力は報われる?君は何を目指す?君はどこを生きる?》


「むくわれるとしんじている。わたしならできるとじぶんじしんをしんじているから。めざすさきはまだみえていない。ねがいはいっぱいあるけど、みつけられていないものもたくさんあるから、いまはてさぐりですすんでいるさいちゅうなの。だから、せいいっぱいいまをいきる。わたしが、このせかいをいきる。かぞくと、あなたといっしょにいきていく」


私の答えを聞き届けたシルフはもう一度瞳を閉じてそのままゆっくりと口角を上げた。そして私と今一度目を合わせて微笑んだ。初めて見た彼女の心からの笑顔だった。次の瞬間、シルフの足元に方陣が展開される。夢の中で見た“彼女”と同じ風車が組み込まれていて、でも彼女とは違う方陣。方陣から溢れ出した光が私を包み込む。

まるで真綿に包まれているような温かくて優しくてとても心地がいい。安心して身を委ねていると不意に廊下を走る音が聴こえてきた。それはどんどん近づいてきて、あ、と思うよりも先に扉が勢いよく開かれる。


「明藍!?また、何か――」


「これは、まさか…」


お兄ちゃん、お父さんが焦った様子で部屋の中に駆けこもうとして、でもピタリとその足を止めた。私の様子とシルフを見て、信じられないといわんばかりに大きく目を見開いていた。


《汝の覚悟、しかと認めた。汝の覚悟に敬意を表し、偉大なる我が主の名において、我、ここに汝に誓わん。汝に降り掛かるいかなる災厄を打ち払い、汝を守ることを。我は汝であり、汝は我である。我らは一蓮托生なり》


厳粛で神々しいシルフの声に、力に共鳴するように私の内から溢れ出していった力が私の体を包み込むシルフの力と混ざり合って溶けていき――そのまま私の中に還っていった。思わず胸に手を当てて力を探ると前よりも気配は静かなのに力の総量が増えていて、それがどの程度なのかわかる自分がいた。コントロールしようと頑張っていた力が自分のものになっている、自分の力を掌握できている感覚に驚いてシルフを見ると彼女はとても楽しそうに笑っていた。


《君の願いを叶えるよ。僕は君と共に生きる。僕は君の味方でいる。はー、久しぶりに本気出したら疲れちゃった。今日はもう帰るよ》


つい先程までの雰囲気はどこへやら。いつものように飄々とした態度でふうと息を吐き出したシルフの周囲を風が逆巻いていく。何が起きたのか理解が追い付かないけれど、すごうことが起きたことだけはわかった。戻ろうとするシルフに向かって私は慌てて口を開いた。


「シルフ、ありがとう。あと、かのじょにつたえて!こんどはわたしがあいにいくからって」


《わかった。またね、明藍》


彼女と曖昧な言い方をしたけど、シルフならわかってくれると確信して彼女への言葉を託せばシルフは心得たと頷きを返して――いつものように姿を消した。無事に託せてホッと息を吐いて視線を動かせば呆然と立ち尽くすお兄ちゃん達。

しまった!お兄ちゃん達がいるの忘れていた…さっきの言葉、変に思われたりしないかな。どうやって誤魔化そう…。


「いちれん、たくしょう、ということは」


「とんでもないことだ。守護精霊とはいえ右翼が神子に祝福を授けるとは…これは、各所へ報告をせねばならんな」


頭を悩ましたけど、お兄ちゃん達は私の言葉を気にしている余裕はなかったみたい。お兄ちゃんは呆然としたままだし、お父さんは頭を抱えている。どうやら2人は先程のシルフの行動や私の変化に心当たりがあるみたい。


『おとうさん、おにいちゃん。あの、なにがおきているの?しゅくふくはいいことだとおもったけど、もしかしてわるいこと?』


「いや、悪いことじゃない。とても良いことだ。ただ明藍がもらった祝福は私達がもらったものとはまた違う意味を持っているから、驚いてしまったんだ。不安にさせてすまない」


私の頭を撫でながら穏やかな声でお父さんが言葉を紡ぐ。頭に乗せられている手のひらから労りなど私を気遣う気持ちが伝わってきて波打った気持ちが落ち着いていく。


「説明の前に先ずは朝食にしよう。明藍、食事は食べられそうか?」


「うん。だいじょうぶ」


「そうか。よかった。身体にいいものを料理長が用意してくれているが、無理だけはしないように。私は先に戻って紫蘭に話をしてくる。丈成、明藍を頼む」


「はい、父上。明藍、おいで」


先に部屋に出て行ったお父さんに頷き返し、お兄ちゃんがベッド脇に近づいて私に手を伸ばしてくれる。シーツを捲って体を出してお兄ちゃんの手を取る。そのままお兄ちゃんは私を抱き上げてベッドから優しく下ろした。

そしてお兄ちゃんと入れ替わりに部屋に入ってきた侍女さん達に身形を整えられ、部屋の外で待っていたお兄ちゃんに手を繋がれながら食堂に向かうのだった。


おまけ 時は少し遡り。丈達達が火野家の領地を出発した翌々日のこと。

うーん。

どうしましたか?将軍。

やっぱり行くか!陣太ァ!!

どうした?

丈達のとこに行ってくるから、事後処理頼む!

わか…ああ゛?!

あ、そこのお前。ルーカスに伝言頼む。土産を調達してから俺を追え。丈成にはいつもの、お嬢の分はお前に任せる。ってな!

ええ!?自分がですか?!!

ちょ、おい!!!俺はまだ何も言ってねぇ!!

任せたからなぁー!

待てコラ、おい!――フロム!!

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