第七話 丈達ことお父さん視点
三洋には四神と呼ばれる神々が存在している。彼らは土、火、水、風の力を司る精霊達の王として君臨し、この地を守護する役目を担っている。その直属の配下が右翼、左翼と象徴されている2人の精霊で、名はシルフとジン。シルフは感情、ジンは理性の部分で風神ことアイオロスを支えている。
彼らが守護精霊に選ばれることはお役目上滅多にないが、例外がある。その身に天恵を宿し、神の祝福を一身に受ける存在―神に愛された人の子こと“神子”が世界に誕生した場合だ。
神の寵愛を受ける神子が無意味に命を落としたり力の使い方を誤ったりせぬよう、神直属の精霊が守護精霊となり、器となる者を支える。その返礼として神子は神の片翼の役目を担う。といっても難しいことは何もない。普段と変わらぬ生活を送り、世界に存在する――それだけで世界の均衡は保たれる。言い換えれば神を支えるだけの守護精霊と同等…もしくはそれ以上の力が神子にはあるということだ。
2年前に火野家で誕生した倅が神子だったため、他家でも神子が生まれるのではと話し合いもしていた。だがまさか、自分の娘が神子だとは…。
違和感はずっとあった。明藍は私達の会話がわかっているかのような振る舞いをすることが多く、この子は私達の言っていることがわかっているのではないかと感じるほど聡かった。それは紫蘭も同様だったらしく、私達の間で何度か話題に上がっていた。
そして散歩から帰ってきた際に明藍の体に異常がないか明藍の力を読んで探ろうとして、何かに弾かれたことがきっかけで覚えていた違和感はより高まった。
力を弾くということは私の守護精霊よりも力のある守護精霊が憑いたのではと考えてはいたが、神子は予想外だった。だがまあ神子ならば明藍が聡いのも納得できる。神子は特異な性質上、成長が早いと聞くし、火野家の倅も例外に漏れずのようだったから。
神子であることが嬉しくないわけではないし、自分よりも強大な力を秘める明藍を恐ろしいと思うわけではない。ただ、心配なのだ。
火野家の倅が誰よりも強い力を持つ自分に戸惑っていると聞いた。将来的には明藍も火野家の倅と同じように戸惑い、悩み、苦しむだろう。なのに、私はその苦悩を完全には理解してやれない。私が乗り越えた苦悩以上のものがあの子に降りかかるのだ。大人の私でも抱えきれないかもしれない苦悩を、幼く、女の子でもある明藍が抱えきることができるのだろうか。できると信じたい。だができなければ明藍は、大切な娘は――。
想定した最悪の事態に無意識に作った拳に力がこもる。苦悩に寄り添ってくれるかのように紫蘭が両手で拳を包み込んでくれるが、ことがことだけにいつものようにすぐに気持ちを切り替えることはできなかった。
《成る程。明藍の悪癖は君のそれを継いだわけか。風野家の長たる君らしくないね。僕達風は自由に、己の心のまま生きる存在。他者の目を、見えぬ先を憂いて足を止める生き方は僕達には相応しくない。君だってわかっているだろう?》
形(なり)は少女だが、シルフの表情に子どもらしさは全くない。真っ直ぐに、射貫くように鋭く力のこもった目が私の心を暴くようにスッと細められ、それに促されるように幼い頃の記憶がよみがえり出す。
他の子ども達と違う力を持ち、理解しようとしなくても他者の気持ちを理解してしまう自分に苦悩した私は仮面を被ることを選んだ。自分の心を偽り、悟らせぬように。他者のために立ち止まりたくなかった私は私のためにピエロを演じたのだ。それを後悔したことはないし、たとえ若返ったとて同じ選択をするだろう。私と、私を心から案じてくれている者達のために。
不安げに事態を見守りながらも私の拳を包み込み続けてくれている紫蘭の手に手を重ねる。向けられた視線に応えるように頷くと、紫蘭は安心したように肩の力を抜き、私の手を包み込んでいた両手を解き、一歩後ろに下がった。
シルフの背後では気圧されそうになりながらも守るように明藍を両腕で抱え、両足に力を入れて踏ん張っている丈成が見える。丈成を安心させるように一度頷き、シルフに今一度向き直る。
父として、風野家の当主として伝えなければならない、覚悟がある。
「わかっているさ。嫌というほどにね。私自身に降りかかるなら、どんな未来でも受け入れる。だが私の意に沿わない未来が家族に降りかかるなら、話は別だ」
《ふぅん。だから考えるの?無駄になるかもしれないのに?》
「無駄になっても構わないさ。家族を、家を守れるのなら、な」
《ふふふ、いい目だ。腑抜けになっていなかったようで安心したよ》
先程までの張り詰めていた空気が一瞬で霧散する。紫蘭がホッと安堵の息を吐き、緊張の糸が解けた丈成も明藍をしっかり抱えたまま尻餅をつくようにしゃがみ込む。気遣うように伸ばされた明藍の手を握る丈成の表情が少しずつ緩んできたことに私も小さく息を吐き、笑みを作ってシルフに一礼してみせた。
「お気に召したようでなによりだ」
《とてもね。もっと早くにこうしていればよかったよ。そしたら見るに堪えない君の親馬鹿ぶりを見学せずに済んだのに》
和みかけていた空気が今度は凍り付いたのがわかった。引きつりそうになる頬に力をいれてグッと堪えながら笑みを浮かべ続ける。
「可愛い我が子を愛でるのは当然だと思うが?」
《いや、愛ですぎだと思うよ。この前叱られたばかりなのにまた勝手に貯金を「待つのだ、何故それを知っている?」
《アイオロス様の右翼である僕に知らないことはないよ。特にこの家のことは、ね。…あ、北風が吹いてきた。じゃあ頑張ってねー、親馬鹿お父さん》
「こら、シルフ!まだ話は「旦那様、どういうことでしょうか?」待て、紫蘭、落ち着いてくれ。冷静に、話をしよう」
「私は冷静でございます。旦那様こそ、落ち着きがないように見えます。少し落ち着かれてはいかがでしょうか」
とんでもない爆弾だけを落としてシルフはあっという間に風となって姿を消した。シルフを引き留めようとした私に言葉を遮った紫蘭の声が恐ろしいが、振り返らないわけにはいかない。
紫蘭はにこりと微笑んでいるが、目が全く笑っていない。とてつもなく怒っている…。その証拠に先程から私の呼称が“旦那様”に統一されている。この窮地を脱するにはと素早く視線を巡らせると視界の端に丈成が扉の方に歩いて行く姿が過ぎった。その腕の中には明藍も。丈成は扉の前で立ち止まると一度頭を下げ、紫蘭に負けないくらいの笑顔を浮かべた。
「明藍は俺が見ていますので、父上達は心ゆくまで話し合いを続けてください。それでは、失礼します」
声をかける間もなく、丈成達の姿が扉の外に消えていく。扉が閉まる直前に目が合った明藍の目がどこか冷たかった気が…見間違いだと思いたい。だが今の私にはそれに落ち込む暇も、弁明する手段もなく。
「旦那様?」
「す、すまなかった!!」
普段にこにこしている、怒りそうにない者が怒ったら怖いとはよく言ったもので。
絶対零度の笑みを浮かべながら背後に般若を背負っている妻の様子に私は冷や汗をかきながら事情を説明する前にまずは深く頭を下げたのだった。
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