第五話
ほぼ真っ白だった世界が人や物の輪郭がぼやける程度に変わった。もう少しはっきりしてほしかったけれど、以前と比べたら遙かにマシなのでこれ以上はお口チャック。
にしても初めてお母さん達の顔をちゃんと見られた時はびっくりしたなぁ。自分の想像以上に皆美形で。だってゲームにはお兄ちゃんしか出てこなかったから知らなかったのですよ。びっくりしすぎて口をぽかーんと開けたまま固まってしまってお母さんに心配されてしまうという失態。お騒がせしました。
特徴を簡単にまとめると。
お父さん:深緑混じりの黒髪で天然パーマ。目鼻立ちのくっきりとした、ちょっと顔が濃いイケメン。
お母さん:深い紺色の髪。可愛らしく、どこか儚げな美人さん。
お兄ちゃん:お父さんと同じ髪色だけど所々跳ねている、天然パーマ。…結構可愛い。顔立ちはお父さん似で2枚目のイケメンさん。
お父さんとお兄ちゃんの瞳は翡翠のような緑色。お母さんの髪は藍色で瞳はラベンダー色。
そして私はというと顔立ちは恐らくお母さん似。髪は黒みがかった藍色で瞳はお父さん達と同じ。本家の血を引く者達は皆この色らしい。自分で言うのもなんだけれど宝石が閉じ込められているような美しい色です!もちろん、お母さんの瞳も美しいです!
あともう一つ驚いたというか改めてゲームの世界観を実感したものが文化だった。『天下再生』は3つの国が混ざり合った文化が根付いているから、転生前の世界と同じく自分の好みで服も家具もカスタマイズできる状態なので我が家は洋館だけれど内装、調度品は部屋によって違う、らしい。
「明藍」
お母さんに名前を呼ばれて思考から現実世界へ戻ってきた。着飾った服ではなく、動きやすそうなパンツスタイルに身を包んだお母さんが私に一枚上着を羽織らせ、いつものように抱き上げてくれる。
おお!お母さんのパンツスタイル初めて見たけど、格好良い!さすがお母さん、何でも似合う!
「いい子、いい子。さあ、行きましょうか。あなた、準備はよろしいですか?」
私を抱き上げ、お母さんが後ろを振り返る。動きやすそうな格好をしたお父さんが鏡の前を陣取りながら髪型を整えていて、お兄ちゃんはその隣で大きなため息を吐いていた。
「ちょっと待ってくれ。髪型が今ひとつ決まらず…ここの跳ね具合をなんとかしたいのだが」
「父上、諦めましょう。俺だって諦めたのですから」
「むむ、だがなぁ…」
一生懸命髪を弄っているけれど、一向に回復の兆しが見えない髪に悪戦苦闘するお父さんに声をかけるお兄ちゃんの髪型も確かにピョンと跳ねている箇所があった。あまり気にしなくても…と思うレベルだけれど、天然パーマで苦労している人からしたら死活問題らしい。
うんうんと悩むお父さんの背中にお母さんが柔らかい口調で声をかけた。
「大丈夫ですよ。そのままでもあなたは十分素敵ですから」
「そうか!なら、もう気にしないぞ。さあ、行くか!」
ちょっとお父さん?!さっきまでの葛藤はどこに行ったの?!ま、まあ仲がいいことに超したことはないからいいけれど…うん。
鶴の一声ならぬお母さんの一声でお父さんはすぐに髪を弄る手を止め、お母さんの隣に並んだ。お父さんの変わり身の早さにお兄ちゃんはこれまた大きなため息を吐きつつ、お父さんの横に並び、そのまま皆で部屋を出る。交わされる家族の会話を聞きつつ、これからのことを思うと自然と気持ちが高揚してきて、触発されるように体も動く。
うきうき、わくわく。うきうき、わくわく。うー、楽しみー!
実は今日、初めて外の世界に…お散歩に行くのです!敷地内を一周するだけだけど、でもやっと外に出られる!
ずっと楽しみにしていたから本当に嬉しい。どんな世界が広がっているのかなー。
『天下再生』をプレイ中に広がっていたグラフィックはとても美しかった。でもゲームの世界は大戦後間もなかったため、広大な世界のほとんどは荒廃していた。原形が残っていた場所はとても少なく、国を立て直したからといって元の風景を取り戻せるわけじゃない。回想に出てくることはあったけれど、それもほんの一部。もしかしたらクリア後や今後発売予定だった設定資料集でなら拝めたかもしれないけれど、残念ながら私はどちらも目にすることなく死んでしまった。
私は今の世界を知らない。だから知りたかった。見たかった。私が守りたい人達が存在している世界が、どんな世界なのかを。
「では出かけてくる。近くにはいるが、何かあったらすぐに報せてくれ」
「承知いたしました。短い時間ですが、楽しんでいらしてください」
「ああ、ありがとう」
思考の海に沈んでいた私が帰ってくると、もう扉の前に着いていて執事長のセバスチャンが見送ってくれるところだった。セバスチャンは先代――お祖父ちゃんの頃から風野家に仕えていた執事さんでお父さんの教育係でもあったらしい。お仕事中にお父さんがセバスチャンに怒られている時にそう言っていた。だからなのかな、2人からは主と執事以上の何かを感じる時がある。なんとなくだけれど。
「行ってくる」
「行って参ります」
「行ってきます」
(行ってきます)
「皆様、お気をつけて。行ってらっしゃいませ」
お父さん達に続くように声を上げるとセバスチャンは嬉しそうに、でもどこか眩しそうに目を細めながら確りとよく通る声を上げ、丁寧に腰を折りながら深くお辞儀をして私達を送り出してくれる。セバスチャンの動きに続き、控えていたメイドさん達や執事さん達が彼に倣う。そしてドアの両脇に控えていた執事さん達がドアを開けてくれる。
広がる景色が視界に映り込む。私は遂に、この世界との対面を果たすのだった。
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