第四話

数日後。ゆりかごに揺られる私の隣のミニデスクには先日お兄ちゃんが摘んできてくれた可愛い花が生けられた花瓶がある。とても甘い香りが鼻腔をくすぐり、幸せな気持ちにさせてくれる。

まだ視界がはっきりしないので見えないのが残念で仕方がない。せっかくのお兄ちゃんからのプレゼントが…!

落ち込む私の気持ちを汲んでくれたお母さんが数日生けてからは押し花にしてくれるって言ってくれた。

さすがお母さん!ありがとう!

自分にできる精一杯の表情と動きで喜びを伝えると察してくれたらしいお母さんが笑ってくれた気がした。お父さんは相変わらずたかいたかいをしてくれたり面白い顔をしてくれたりするけれど、鮮明じゃない視界ではお父さんの面白さが残念ながら伝わってこない。

ごめんね、お父さん。でも愛は伝わっているよ!

こうして優しくも温かい家族に包まれながら私は数日前に気づいてしまった事実を解決するべく1つの答えを出した。


この優しい家族のために何ができるか、改めて自分で考えよう。だってできないことを嘆いても今の自分にはどうにもできない。だから記憶は少しでも覚えておけるように日々頑張りながら他にできることを探していこう。


忘れていく記憶を留めることは今の自分にはできない。なら、どうするか?

できないことを嘆いて悲劇のヒロインみたいになる?――それは嫌だ。私は家族を、救いたい人達を救いたい。なら、そのために“今の自分”ができる努力を少しずつしていくしかないじゃないか。できないことはできない。なら、できるようになるまでその時その時できることをやる。それが“今の私”の最善だ。

よし、やることは決まった!体が成長してきたら何をしようかなと考えを巡らそうとした時だった。


《ねぇ、ねぇってば》


(?どこから声が?)


聞き覚えのない声が直接頭の中に流れ込んでくるみたいに聞こえてくる。声の主を探すけれど視界には何も映っていないし、お母さん以外に誰かがいる気配もない。因みにお母さんはお仕事中、お兄ちゃんはお庭でお父さんと槍の稽古中です。

それでも徐々に人とは違う、不思議な気配というか空気を感じる。不可思議な現象に内心で首を傾げているとまた声が聞こえてきた。


《やっと声が聞こえた。君、赤ん坊なのに色々考えすぎだよ。僕と話をする時間も体力も取れないなんて、長いことこの家の人を守護しているけれど初めて経験したよ》


心底呆れていますと言わんばかりに大きくて長いため息を吐き、どこか拗ねているような口調で話しかけられるけれど誰だかわからない。でも不安な気持ちや不快感が全くない。


(この家の人を守護している、か。…ん?守護?しかも、この家の人ってことは……あー、わかった!!この人は風野家の…私の守護精霊だ!)


クエスチョンマークで頭の中をいっぱいにしながら相手の言葉を反芻しているとその声の正体に思い当たった。


守護精霊。家の名を冠する力を司る精霊達を束ねる長であり、本家の血筋の者達に憑く特別な精霊のこと。本家の血筋の者がどうして精霊の力を借りられるのか。それは精霊達の長である守護精霊が憑くことでその長の支配下にいる精霊達が無条件で力を貸してくれるから。

でもどの守護精霊が憑くかはその人が生まれ持っている“力”の適正だからどんな精霊が憑くかはわからない。精霊達は知っているだろうけれど。

守護精霊の基本的な知識を整理しているとまた声が聞こえてきた。


《騒がしいけれど、察しはいいね。その通りだよ、僕は君の守護精霊だ。よろしくね》


(よろしく…お願いします)


《あはは、敬語はいらないよ。にしてもここ数日は本当に忙しそうだったね。さすがは転生者だ》


結構気さくな精霊さんでよかったと思ったのも束の間。私最大のトップシークレットの転生者だということを呆気なく見破られ(看破され)、大きな驚きで自然と限界まで目が見開かれていくのがわかる。


(!ど、どうしてそれを…)


《君が自分でちゃんと言っていたじゃないか。僕は君がこの世に生を受けた瞬間から君に憑く。ずっと君を見てきて、君の気持ちもわかる僕が君の身に起こったことを知らないはずないじゃないか》


そっか。だから私が色々知っていても驚いてなかったのか!あ、待って。でもそれって考えていることが筒抜けだから嘘吐いたり悪いこと考えたりしたら一発でばれる…よね?そのせいで何か天罰下されるとかあるのかなぁ。

前世でトラックに轢かれて迎えた最期よりも凄惨な最期を想像してしまったせいで血の気が引いていき、嫌な汗が背中を流れる。反射的に逃げ出したくなって体が動くけれど、未熟な面を抜きにしても精霊は私自身に憑いているので逃げても意味がない。恐怖心で若干涙目になりかけたところで小さく吹き出す音に次いで笑い声が響いた。


《そんなに怖がらなくても大丈夫だよ。基本的に僕達精霊は人間に不干渉だから、君がどれだけ不穏なこと考えていたってどうこうすることない。僕達精霊は契りを交わした血を継ぐ者達にほんの少し手を貸すだけの存在だからね》


そうか、そうだった。確かにゲームの中でも精霊達は本家の者達の求めに応じて手を貸してくれていたけれど、その力を使える範囲はきちんと決まっていた。だからといって使える力が弱いことはないし、例外もあったけれど。

うーん、よくわからないなぁ。


(…あの。ちょっと聞きたいことが)


《あ、もうこんな時間か。今日は挨拶に来ただけだから、話はまた今度。じゃあね、明藍》


(え、あ、ちょ、ちょっと待って!他にも聞きたいことがいっぱい…って、もういない!)


意を決して発した言葉は遮られた挙げ句、そのまま私に一切言葉を挟ませることなく一方的に挨拶だけして気配が遠ざかっていく。すぐに引き留めるべく声をかけたけれど、かけている途中でもう守護精霊の気配は感じ取れなくなった。もう一度呼びかけてみるけれど、全然反応がない。完全にいなくなってしまったみたい。

さ、さすが風を司る守護精霊…自由すぎる。話を聞けなかったのは残念だけれど、守護精霊だからきっとまた会えるよね。その時に色々聞けばいいし。どこかで聞いたような声だった気もしたけど…思い出せない。うーん、ま、いっか!考えていてもわからないものはわからないし!よし、気持ちを切り替えて…大きくなったら何をしようかなー。

一瞬落ち込んだけれど、すぐに気持ちを切り替えて近い将来のことに思いを馳せることにした。

私の切り替えの早さに守護精霊が《…君も人のこと言えないくらい、自由だと思うけど》と内心で呆れたように呟いたことなど私は知る由もない。

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