君も僕らも皆んな大好き、変身コスプレ特撮美少女!

君の五階だ

のりこの場合は

***Aパート***

「そーりー! 国民の税金をなんだと思っているんだ!」

「そうだ! そうだ!」

「そーりー! そーりー!」


 大理石を使用した立派な建物の中では激しい罵り合いが行われていた。

 この建物の会議場の中心にいた『そーりー!』と呼ばれたウダツの上がらない初老の男は、ただ汗をかいて下を向いているだけだった。


「どこへ行くんだ⁉︎」

「逃げるのか!」


 逃げるように会議場を抜け出した男はSPを遠ざけ、自分のために設けられた個室の奥の秘密の扉を開けた。

 その扉の向こうはエレベーターになっていて、地下三百メートル下にある秘密の大広間まで繋がっていた。


 そーりーと呼ばれた男はエレベーターに乗り、ブランドの背広のポケットから社交界用の目隠しマスクを取り出し被った。

 ウダツの上がらなかった男は、少しイヤらしい男に変容した。


 エレベーターが降りた先には豪華な両開きの扉があり開くとこれまた豪華な大広間が広がり、奥のステージは更に豪華絢爛な演壇となっていた。

 演壇の上には懐かしいミラーボールが回っており、カラオケやスタンドマイクがあれば温泉旅館のカラオケステージに早変わり出来そうであったが、そんな雰囲気ではなかった。

 その演壇の手前には二人の人物が微動だにせず無言で床に正座をしており彼も二人に並んで座った。

 その一段上がった演壇の更に上段にはピカピカに輝く立派な椅子が用意されていた。


 そこに鎮座した人物が床に座った三人に向けて視線を下ろした。

 床の三人は目を合わせる事など恐れ多いと頭を下げひれ伏した。


 その人物は長身の頭の禿げた老人で異形な眼差しで三人を見ていた。

 その老人はこれもまた豪華に装飾されたガウンを羽織っていたが、中は裸であった。

 両脇には平成初期のコギャルファッション仕様のセーラー服を着たアルバイトの女子校生二人が怪しげな目隠しマスクをして、老人の華として立っていた。

 ミラーボールは彼女たちが勝手に付けた装飾なのかも知れない。


 老人は威厳ある声で、頭を下げている三人に向けて命令を下した。


「大幹部の諸君、いよいよだ」


「はっ!!!」


 三人の大幹部の緊張した声が大広間に響いた。


「いよいよ世界征服の時間がやって来た。

 ソーリー将軍、セクシィダー婦人、ヤク・タタン大使よ、行くのだ」


「ははーっ!!! チン・ドン・ファン総統閣下!!!」


 チン・ドン・ファン総統率いる悪の軍団『ヤリニゲ団』の快進撃が今始まったのだ。



   ***



 二十三区の一角で、それは始まった。

 

“ザワザワ……ザワザワ……”

「やだぁ、あの人……」

「あの人、顔が赤いわ!」


 街の人混みの中、顔を真っ赤に赤面した男が立っていた。

 近くにいた人々、特に若い女性が彼を見て不愉快な思いを感じていた。

 そう、彼こそが『ヤリニゲ団』の怪人一号『レッドマスクマン』なのだ。


「きゃー!」

「うそー!」

「あの人、なんか変」

「なんで赤いのー!」

「いやー! あっち行って!」

「赤面男が来たー!」


 街の人々が騒ぎ始めた。


「ふふふふっ、街の人間共は混乱しているようだな」


 大幹部のひとり、ソーリー将軍が満足気に見学していた。


「ふふふっ、さあ、スタッフの皆さん! レッドマスクマンをサポートするのだ!」


「いやっほーい!!!!」


 黒覆面のサラリーマンのスタッフがワラワラと街頭に現れた。


「やだぁ、キモい」


 街は少しパニックになった。



   ***



「新千歳発、関西国際行きの当機に……」


 機長のアナウンスが流れる旅客機には大勢の客が乗り込み、その中に幼い少女がひとりで客席に座っていた。


 旅客機は高度一万メートル上空で快適な飛行を行なっていた。

 少女は窓の方を向いていたが外の景色を見たいわけでもなく、する事がないので顔を向けていただけだった。


 彼女の名前は緑川紀子。


 小学五年生の彼女は、ほっそりとした体型でストレートの髪は肩より長く、長いまつ毛に整った顔は可愛いより美しいが似合うが、どこか寂しそうな表情に見えた。

 なぜならこの陰のある美少女には複雑な理由があったからだ。


 両親が不倫の末、離婚して遠くの母親の実家の祖父母に預けられ母親はあまり帰って来なくなっていた。

 両親のケンカで心を痛めた彼女は、新しい生活に馴染めず、転校した新しい学校でも友達が出来ずにひとりぼっちで過ごす毎日を送っていた。


 今日は父親に会いに行く日だった。

 会いに行かないと養育費が貰えない契約だからだ。


「やだなぁ……

 パパったら、わたしになにがしたいの……?」


 焦点の合わない瞳の少女から嘆きの声が発せられた。

 父親の自分に対する態度が、見る目が変わっていくのを感じとっていた。

 やたらとスキンシップをとるようになったのだ。


 始めは気にしないようにしていた。

 普段なら接触を避けていた父親が肩や背中を触るようになり、お腹やお尻を撫でるまでに進展した。

 

 そして先月、お風呂に入っていた時、

「紀子、ひさしぶりに一緒に入らないか?」

と父親が服を脱ぎながら聞いて来た。

 その時はやんわり拒否したが、帰り際に、

「次は僕のベットで昔のように一緒に寝て欲しいんだ……お父さん、寂しいよ」

と背中から強く抱きしめられた。

 その瞬間の背筋が凍るかのように震えが止まらなかったのを思い出して、今また震えが起きていた。


 そして今日だ。


「会いたくないなぁ……パパ、わたしのカラダを……」


「お嬢さん、ひとりなの?」


 ひとりで座っている彼女に、客室乗務員の女性が優しく声をかけて来た。

 始めは無視を決めていた紀子であったが、客室乗務員の優しそうな笑みに救いを求めるかのように口を開いた。


「わたし……」


“ぴかりん、ぴかりん!”


 その時、少女が持っていた秘密のコンパクトが光り出した。


「あっ、わたし行かなくっちゃ」


「お客様! どちらに行かれますか?」


 紀子は秘密のコンパクトを前方に突き出し、乙女の呪文を唱えた。


「……、……」


「えっ、今なんとおっしゃりましたか?」


 客室乗務員はお客様の声を聞き漏らさないように顔を近付けた。


「大人が憎い、大人が憎い……」


「ひぃ~!」


 客室乗務員のビジネスの笑みが、戦慄の恐怖に変わった。


「大人が憎い! 博愛と清純の象徴、今が変身しどき!

 美少女大変身! チェインジ、ロリコップ! キュートアップ‼︎」


 秘密のコンパクトの蓋の飾りが回り出した瞬間、少女の体全身から虹色の光が輝き出した。

 輝きが消え一瞬、洋服が弾け飛び全裸になったように見えてから銀色のレオタード風のコスプレに変わったその瞬間は見逃せない。


“ガッチャンコ、ガッチャンコ!”


 体のあちこちに装甲のようなオプションが付き、ただのコスプレバレエ少女ではないのがうかがえる。


「愛の乙女戦士! ロリコップ‼︎」


 飛行機の狭い通路で変身の締めのポーズを決めた紀子。


“パチパチ”


 近くに座って見ていた乗客のオヤジがニタリ顔で拍手をした。


 そう彼女こそが僕たちが心から追い求めていた、博愛と清純の美少女コスプレ戦士『ロリコップのりこ』なのだ。


「地球が危ない!

 必殺ストンピング、ストンピング!」


“ドッカン、ドッカン!”


 ロリコップのりこは旅客機の床を足蹴にした。

 床には大きな穴が空き、そこから大空に飛び降りて行った。


「お客様! 途中降機は危険ですので、おやめ下さい~!」


 もの凄い風圧の中、客席乗務員は懸命に客に対して注意の仕事をおこなった。


“ガガガ! ピュ~ン! ドガァ~ン‼︎”


 ……



   ***



「そうだ、もっと不愉快になるのだ!」


 ソーリー将軍はとても満足していた。

 豪勢な建物の会議場ではいつも追い詰められ、街で手を振ればヤジ馬に罵られストレスが溜まっていたので、今の国民の不愉快な姿を見てとても爽快な気分になっていた。


「うん……なんだ?」


 空から小さく光る物体が目の前に落ちて来てヤリニゲ団のサラリーマン達が木っ端微塵に吹っ飛んだ。

 大量の粉塵と煙、そして肉の焼ける匂いの中、小さい人型の物体が忙しなくうごめいていた。


「博愛と清純の具現化! 今日もプリプリプリティ! 愛の乙女戦士ロリコップ! ただいま参上‼︎」


 爆心地には可愛らしいコスプレ少女がポーズを決めて立っていた。

 コスプレ衣装は昭和の特撮ドラマの雰囲気が漂うレトロな感じなのだが、ただ銀色のレオタードのV字の部分が子供用にしては急角度であった。

 そして、そのまわりにはピクリともしない無惨な黒覆面のサラリーマン達と、近くにいて巻き添えにあった一般人の変わり果てた姿があった。


「なにヤツ⁉︎

 えぇぇい、邪魔だてする気か! 

 ものども、やっつけてしまえ!」


 ソーリー将軍が悪役らしい台詞を吐いた。


「いやっほーい!!!!」


 爆心地から離れて無事だったヤリニゲ団のサラリーマン達がニコニコしながら近付いて来た。


 サラリーマンのひとりがロリコップに顔を近付けながら声をかけて来た。


「お嬢さん、可愛いねぇ」


「いけないパーンチ!」


「いやっほ!」


 顔面パンチでサラリーマンは拒否られてしまった。


 新たにもうひとりのサラリーマンが近付いて子供をあやすように手を差し出した。


「こらこら、女の子がこんな乱暴な事を――」


「お仕置キーック!」


「いやっほっほ!」


 もうひとりのサラリーマンも脇腹キックでお仕置きされてしまった。


 やられっぱなしのヤリニゲ団を苦々しく見ていたソーリー将軍は、とっておきの怪人を呼び寄せた。


「おのれ~!

 レッドマスクマン、やってしまえ!」


 赤い顔の男がロリコップに、ゆっくり近付いて来た。


「な、なんだか……顔が熱いなぁ……しょ、少女ちゃん……」


 ロリコップは不愉快な表情になった。

 不快指数は上昇したが、この不審者を懲らしめるため我慢した。

 純朴な瞳で不愉快な男の顔を見ていたら違和感に気付いた。


「あなた! その赤い顔、嘘なんでしょ!

 だって耳は赤くなってないんだもん!」


 ロリコップの鋭い指摘にレッドマスクマンは慌てて両耳を両手で隠した。


「はあぁあん! バレたぁあん!」


 そう! レッドマスクマンは化粧で顔を赤くしていたのだ。


「は、恥ずかしい~!」


 そう言って耳まで真っ赤になったレッドマスクマンはどこかに走って逃げてしまった。


 レッドマスクマンは世間から消えていなくなってしまった……

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