新米勇者の忙しい日々 2

 

 一月の間、三人の師匠から厳しい特訓を受けていたユルグだったが、そんな殺伐とした毎日の中でも休息というものはあった。


 例の如く、グランツにはいかがわしい店に連れて行かれそうになったり、酒場に連行されたりと休息とは言い難いろくな目にしか遭わなかったが、カルラやエルリレオは気分転換にと田舎育ちのユルグを色々な場所に連れて行ってくれた。


 といっても純粋な観光というものではなく、用事のついでである。


「あと一週間後には旅立たないといけないし、そろそろ旅の準備しておいた方が良さそうね」

「うむ、そうだのう」


 カルラの意見にエルリレオも同意する。グランツは酒を求めて出て行ったので、王城の一室である客室にいるユルグを含めた三人の意見は合致した。


「そうと決まればあの男がいない内に済ませた方が良さそうだ」

「さんせい! ということで、今日は買い出しに行くからユルグの訓練は全部ナシ!」

「ええ……いいの、それ」

「根詰めたって良いことないでしょ! 息抜きも大事なのよ!」


 三人の師匠は決まって継続は力なりと言っていた。それを信じて今日までがむしゃらに頑張ってきたのだ。

 しかしカルラはユルグの努力を一蹴するかのように、そんなことを言う。


 しばらく悩んでいたユルグだったが、師匠が言うなら一日くらいいいや、と考えを改めた。この中で一番まともなエルリレオだってカルラの意見に賛同しているのだ。

 今日だけ特別、それで問題ない。


「それで、どこに行く?」

「まずは、旅装を揃えて……それからユルグにはちゃんとした剣買ってあげないとね。今使ってるグランツのお古、刃も欠けちゃってボロボロでしょ?」

「薬も必要になってくる。何かあった時に備えておけば安心だろう」


 必要なものをあれこれと挙げていく。これに関しては旅慣れているカルラに任せておけば問題はなさそうだ。

 二人の会話を聞いていると、最後にカルラが深い溜息を吐いた。


「でもねえ、一つだけ問題があるのよ」

「問題?」

「ずばり、物資調達の資金がまったくない!!」


 これみよがしに告げたカルラの正面で、エルリレオとユルグは顔を見合わせた。


「国王から餞別をもらったと聞いたが……」

「うん、そんなに多くはないけどそれ使えば良いんじゃないの?」


 ユルグが王都へ連行された一月前に国王から資金援助を受けた。それらは仲間内で管理していたはずだけど、カルラの話ではまったく金がないのだと言う。


「それねえ……悲しいかな。今までの諸々の訓練に掛かった備品とかで全部消えちゃったわけ」


 食事と寝床は国で賄ってくれていたけれど、それ以外のもの。グランツとの稽古でダメにした剣数本、カルラとの魔法訓練で用意した魔鉱石。エルリレオとの座学で教材として買った技術書。

 それらすべてが、国王からもらった資金から捻出していたのだという。


「それくらい工面してくれても良いじゃない! この国の国王様ってかなりケチ臭いと思わない!?」

「これでは魔王討伐も何もあったものではないな」


 二人は困り顔でやれやれと肩を竦めた。しかし、そうしていても金が降って湧いてくるわけではない。


「……じゃあどうする?」

「それね、一つだけあてがある」


 カルラは乗り気しないながらも、解決策を提示した。

 それを聞いたユルグとエルリレオは、そろって眉を寄せるのだった。




 ===




 資金繰りに難儀していた三人が向かったのは、酒場だった。

 目当ての人物は、昼間から酒を煽っている赤髪の男である。


「グランツ、ちょっと来なさい」

「んえ? なんだよ、皆そろって」

「アンタ、金持ってるでしょ? それ全部出しなさい」


 突拍子もないカルラの物言いに、グランツは酔いが冷めたかのように瞠目した。カルラの背後で成り行きを見守っていた二人もグランツと同じ気持ちである。


「は? なんで俺がカツアゲされなきゃならねえんだ?」

「仕方ないじゃない! お金ないんだから! 旅立つ前に金欠って、私も予想してなかったのよ!」


 いいから有り金全部出せ、とカルラはグランツに詰め寄った。

 しかし、理由を聞かなければいくら彼でも納得は出来ない。ユルグがなんとかカルラを宥めているうちに、エルリレオがグランツに事の成り行きを説明してくれた。


「ははあ、なるほどな」


 それを聞いたグランツは大して驚いた様子ではない。むしろ予見していたように落ち着いているのだ。


「ヨシュアのおっさんがケチなのは昔からだぜ。なんたって、俺が前にいた王国軍の備品だって自腹切ってたんだ。今更こんなことじゃ俺は驚かねえ」

「うむ……しかし、そうなればこの先どうするかだ」


 今ここでグランツから金を巻き上げたところで、旅支度をするので精一杯である。この先の旅費はないし……旅立つ前からどん詰まりなわけだ。


「それなら問題ねえよ。お前ら、俺がただの飲んだくれだと思ってんなら大間違いだぜ」


 自慢げに胸を反らすと、グランツは懐から金がたんまりと入った皮袋を取り出してカウンターの上に置いた。


「どっ、どうしたのよこれ!?」


 彼が用意した金は皆が予想していたものよりも倍以上の金額だ。これがあれば、当分の旅費を工面出来る。


「こいつの稽古終わりに冒険者ギルドで依頼受けて稼いどいたんだよ。俺の本業はそっちだからな。このくらい、朝飯前よ!」

「なるほど……予めこうなると見越していたわけだな」


 エルリレオは豊かな顎髭を撫で付けながら、グランツに尊敬の眼差しを向ける。当の本人はそれに気を良くして、苦労して稼いだであろう金を気前よく渡してくれた。


「これで旅装整えろ。楽な旅じゃねえんだから、おっさんみてえにケチってたらすぐ死んじまうぜ」

「グランツ、いいの?」


 ありがたいけれど、かなりの金額だ。遠慮無く使えと彼は言うけれど、それでも引け目を感じてしまう。

 申し訳なく眉を下げたユルグに、グランツは笑って肩を叩く。


「もちろん、タダじゃねえぞ。魔王倒したら出世払いで返してもらうからな!」

「う、うん。わかった」


 それを傍で聞いていたカルラが、憐れみの眼差しをユルグへと向ける。


「その歳で借金持ちかあ。かわいそう」

「何言ってんだ。お前らも等分で払ってもらうんだ。他人事じゃねえぞ」

「はあ!? アンタ、仲間に金貸しするわけ!?」

「俺はたったいまカツアゲされたんだけどなあ!」


 懲りずに何度目かになる口論を繰り広げる二人に、ユルグはそっと距離を取る。この状態で彼らの傍に居れば余計なとばっちりを受けるのだと、この一月でユルグは骨身に染みているのだ。

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