幼馴染みとして
彼が笑わなくなったのはいつからだったろう。
ユルグの手から逃れて街へと向かう最中、ミアはずっとその事を考えていた。
彼は良く笑う人だった。ミアはユルグの笑った顔が好きだった。
今ではその笑顔も思い出せない。
村が襲われて茫然自失としていたミアの元へ、ユルグが来てくれた。
その瞬間、ほっとした。彼なら助けてくれると思っていた。
けれどユルグは、それは出来ないと、はっきりと告げた。
それを聞いた瞬間、ミアは彼が何を言っているのか理解出来なかった。
ユルグはこんなことを言う人間ではなかったからだ。
見捨てるなんて。そんなことをするなんて思ってもいなかった。
この人は、本当にミアが知っているあの幼馴染みのユルグなのか。
もしかしたら顔が似ている別人じゃ無いのか。
一縷の望みも、気絶から目を覚ました瞬間に呆気なく消えてしまった。
もうミアの知る、優しいユルグは何処にもいないのだ。
村から少し離れたダラムの街へ着くと、街中がある噂で持ちきりだった。
『勇者が仲間に手を掛けて逃げ出した』
「――っ、その話、本当なんですか!?」
「あ、ああ。王都から兵士も来ている。これから大規模な捜索が始まるだろうな」
「……捕まったら、どうなるんですか?」
「兵士たちの話だと、生死は問わないそうだ。まあ、最近の勇者の評判は良くは無かったからな。魔王討伐の責務も興味ないようだったし、使えないならいらないってことだろ」
「……っ、そんな」
街人の話を聞いて、ミアは絶句した。
どう考えても、ユルグがそんなことをする訳が無い。
以前なら、疑いも無くそう思っていた。
けれど今のユルグは、どうなんだろう。
彼がどうして、こんなことをするに至ったのか。
その理由をミアは知らない。
――知らないなら、確かめなければ。
街に着いたのも束の間、ミアは小屋へと戻っていた。
勇者となってからのユルグを、ミアは殆ど知らない。
彼が村に帰ってくるのも数える程しか無かった。
けれど、ユルグはどんなに大変でもそれを顔に出すことは無かった。
ミアの前ではいつも笑顔を絶やさなかった。
そんな彼が、笑わなくなったのはいつからだったろう。
記憶の糸を紐解いて、ミアは考える。
思い当たるのは、一年前だ。
一年前、ユルグは酷い怪我を負って帰ってきた。
そんな状態の彼を心の底から心配していたが、何があったのか。
いくら聞いてもユルグは答えてくれなかった。
療養の為、三日ほどミアの家へと泊まったのち、彼はまた旅立ってしまった。
思い返すと、明らかに様子がおかしかった。
きっとあの時に何かあって、そのせいで彼は変わってしまったのだ。
今度こそ、ユルグにきちんと問い質さないと。
息を切らして小屋まで戻ると、そこにユルグの姿はなかった。
ミアが逃げ出したのを知って、姿をくらましたのだろう。
きっとユルグがミアの前に現れることは二度と無い。そんな予感があった。
両親は数年前に亡くなって、ミアにとってはユルグだけが唯一の家族だった。
それは彼にとっても同じだ。
「追いかけなきゃ」
追いかけて、追いついて話をしなければ。
今までユルグが何をして、どんな想いをしてきたのか。
それを知る前に、彼を見限ることは出来ない。
「もう一度、会って話をするんだ」
自分に言い聞かせるように呟いて、ミアはユルグを追うために旅に出るのだった。
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