第4話 魔法少女は友達想いで。(4)
◆4月5日 午後1時45分◆
五時限目になって教室にいそいそと入ってきたのは、まだ若く見える男性だった。
(初めて見る顔だ……)
「数学を担当する荒井です……。よろしく」
年は二十代半ばといったところで、細身で180センチを越すであろうスラっとした長身――それだけなら女子の黄色い声が一つくらい上がりそうなものだが、教室内は完全な沈黙に包まれていた。
同世代の、いわゆる女子高生と感覚が掛け離れている私ではあったが、そんな私でもその理由を察することが出来た。
顔だけ見れば美形の類ではあるが、髪はボサボサで猫背、瓶底眼鏡を掛け、だらしなくシャツの裾を出しているという、パッと見ただけでも好感度0のダサ男だった。
しかしながら、私は外見から偏見を持たれてしまうことには共感を覚えるため、それほど悪い印象を抱いてはいなかった。
「……では、授業を始めます。教科書10ページ目を開いてください」
(……って、何もないんかい!?)
今までの教師たちは長めの自己紹介を挟んだり、掴みネタを用意していたものだが、そんな素振りもなくアッサリと授業がはじまった。
そのせいなのか、開始から数分と経たずに教室は猜疑心の胞子で満たされ、今までの授業で最速の早さを叩き出した。
(……まあ、今の私にとっては好都合な環境ではあるか)
負の感情で満たされた教室は、私が立てた仮説の検証を行うには打って付けの環境と言えたため、私は早速ながら検証の準備を始めた。
(まず、定義すべきは“遮蔽物”……)
私はノートを遮蔽物に見立てて顔の半分をノートで隠し、周囲の胞子を観察する――しかし、当然の如く視えることはなかった。
次に、紙を一枚取り出してそれを遮蔽物とした――が、こちらも同様の結果で視えることはなかった。
(眼鏡のレンズは通しても視える。それよりも薄い紙だと視えない……。遮蔽物の厚さが基準ではないのなら、やっぱりその物質の成分や透過率が関係する可能性が高い……)
通常、物質に当たった光――入射光は反射光、透過光、吸収光に分割されるのだが、私ははじめ、負の感情は透過光に類する波長を発しているもの――つまり、物質に透過される波長だと考えていた。
その理由は、眼鏡では透過され、鏡面越しでは映らなかったからであるのだが、その認識は間違っていた。
遮蔽物となる物質の厚みに関係なく透過されない以上、その仮説は成り立たず、鏡に映らないので反射光ではない――とすれば、吸収光として物質に吸収されてしまっているというかといえば、眼鏡やガラスなどの透明なものに関しては透過するので、それも違う。
ようするに、
(どうやら、これを試す時が来たようだな……)
昼休み、私は
ハーフミラーとは、一般的にはマジックミラーとも呼ばれているもので、明るいところから見ると鏡になり、暗い所から見ると向こう側が見えるという、刑事ドラマの取調室でよく見られるアレと同じものであり、園芸部が室内庭園の室温を下げるために窓に張って使用することがあるらしい。
そのハーフミラーフィルムを、購買部で購入しておいた透明な下敷きに張り付けたものこそが、この“○ーのかがみ(仮)”だ。
遮蔽物がある場合、通常の光の波長であれば入射光は反射光と吸収光に分割される――これは負の感情が発する波長も同様の動きをしていたのだが、負の感情が発する波長のみ鏡に対して吸収光になっていた――言い換えれば、“鏡”という物質だけが負の感情に対して、普通ではない事象を引き起こしていることになる。
つまりこの現象は、
鏡は、古来より様々な国や地方での俗説や伝承があり、その中でも有名かつ今回の現象に一番類似していた例がある――それは吸血鬼にまつわる伝承である。
近年のアニメやマンガでは軽視されがちな設定ではあるものの、吸血鬼には“鏡に映らない”という伝承が数多残っており、その理由は、吸血鬼は肉体と魂の結びつきが弱いので、魂を映し出すとされる鏡には映らない、というものから来ていたのだが、今回の現象はまさしくそれと合致していた。
(吉と出るか、凶と出るか……)
“○ーのかがみ(仮)”を自分の眼前にかざし、恐る恐る窓側の明るい方向を視る。
(お……? おお……? おおお……!?)
下敷き部分が空間をくり抜いたように胞子の靄を切り取り、その先が鮮明に見えるようになった。
それはまるで水の中で初めて水中ゴーグルを付けた時や、ARゲームを体験したときのような感動だった。
(負の感情が精神体であるなら、魂と同質の存在……。それ故、鏡には映らない……ってことか……?)
数年間悩まされていた問題に光明が指し、私は心の中で大いに歓喜していたのだが、この感動を誰とも共感出来ないのが少しばかり寂しかった。
(あとはこれを戦いの場で使えるようにするだけ……。このままじゃどう考えても無理があるし、これをヒントにして最適な形状にしないといけないな)
「花咲さん……でしたか? それ、すごく眩しいです……」
気が付くと、私の“○ーのかがみ(仮)”は太陽の光を反射し、教師の瓶底眼鏡を直撃していた。
◇◇◇
◆4月5日 午後2時40分◆
「ホームルーム始めるぞ」
五条茜が教壇に立つと、六時限目の
(悠長に授業なんか聞いてられない……。時間が惜しい……)
相手は“世界征服”を掲げ、それに手が届きかけた連中であり、私や雨の未来だけでなく、今ここにいるクラスメイト達をも巻き込んだ最悪の戦いになってしまう可能性だって十分に考えられた。
(私が……なんとかしないと……)
「今日は委員会役員決めをしてもらう。え~っとなになに……学級委員、風紀委員、保健委員、美化委員、図書委員、文化祭実行委員、体育祭実行委員っと」
担任はプリントに書かれている委員会の名前を黒板へと書き写していった。
そんなにあるのかと私は少し身構えたものの、そういうことは献身的で物好きなクラスメイトや、そういった趣味や経験をしたい人間に譲れば良いと、私は話半分に聞き流していた。
大体、私に務まりそうなのはせいぜい図書委員くらいなもので、他に挙げられた委員会は体力的にも性格的にも向いていなさそうだった。
「各委員二名ずつ、合計十四名をこの時間で決めてもらう。決まるまで帰れないから、さっさと覚悟決めた方が身のためだぞ」
(不条理極まりない……。さながら、生贄を選ぶ古代人の祭事だな……。誰がそんな面倒事を進んで受けるんだ――じゃなくて、いかんいかん。それどころではない)
視界の問題に関しては目処が立ち、残すところは雨を助け出す算段についてだった。
(エゾヒはシャイニー・レムリィの他二人を連れてくるよう私に言った……。となれば、、第一の問題は三人の役者か……)
当の二人といえば、祈莉は海外留学中で頼りにできそうもなく、雨に至っては不運にも当人だと気付かれずに連れ去られている始末である。
だからといって、私が一人でノコノコ出て行ったところで、万が一にも勝ち目は無いだろうし、相手を怒らせるだけである。
となれば、私以外のニセモノ役を二人分用意するのが、無難で堅実な策だろうと考え至ったが、無論、その人たちを危険に晒してしまうというリスクがあるのも事実であり、軽い気持ちで人に頼めるようなことでもなかった。
何よりかにより、猫の飼い主を探すだけで苦戦していた私にとって、それ自体が難題だった。
「はぁ……。ハリボテでも用意して、なんとか誤魔化せたりしないかな……」
「じゃあ、まずは学級委員を決めるように。自薦他薦は問わないから、まずは候補者を挙げてくれ」
(いやいや、ダメだダメだ……! そんなハッタリが通じる相手じゃない……。エゾヒは人並み外れた聴覚と嗅覚を持ってるから、人の気配を敏感に察知することが出来る……。現にあの時だって、私以外の人間の気配を完全に把握して――って、ん……? そう仮定すると、エゾヒの
「はい! 私は花咲さんを推薦しますの!」
教室が一瞬にして静寂に包まれ、話を聞き流していた私は、周囲に何が起きているのかを把握しておらず首を傾げた。
隣の席を見上げると、
(今、私がどうとか言わなかったか……?)
「ほい、花咲っと」
担任はそんな凍てついた場の空気にも眉一つ動かさず、黒板の“学級委員”と書かれた場所にスラスラと私の名を連ね、私はようやくおおよその状況を把握した。
「な……!?」
(何をしとるんじゃこの子はーー!?!?)
完全なる不意打ちに、私は開いた口が塞がらなかった。
「ちょっと!? なんでそんな根暗チビが学級委員なのよ!?」
そこで異論を唱えたのは、入学初日に私をからかった、かのギャル子Aだった。
根暗チビっというのはかなり引っかかったものの、今回ばかりは私の保身のため、ギャル子Aの肩を持たざるを得なかった。
「花咲さんはすごく友達想いで頑張り屋さんですの! 動物に優しく、とても頭が良いですの! どんなに辛く苦しい状況に立たされても挫けず、何度でも立ち上がる、不屈の精神! そして、決して曲がることのない芯の強さを持っていますの! だからきっと、学級委員に相応しいと思いますの!!」
声高々な演説が終わるそのときまで、私は恥ずかしさのあまり、机に伏することしかできなかった。
「じゃあ、他に誰かいるかー?」
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