第4話 魔法少女は友達想いで。(2)
◆4月5日 午前7時◆
日直や部活などの用事でもない限りこんな時間に登校することも無いのだろうが、他人の家で終始気を張りながら時間を過ごすよりは幾分かマシだと考え、私は早く登校することにした。
それになにより、これから考えなくてはいけないことが山ほどあり、少しでも考える時間を確保したかったという思いのほうが強かった。
(ん……?)
隣を並び歩く
「何……してるの……?」
「あ……あの~、春希さん? ここは、学校の外ですから……その……話しかけても大丈夫……ですよね?」
(ああ、そうか。そういえば、そんな条件を付けたんだった)
私は少しばかり呆れながらも、首を小さく縦に振った。
すると、
(ここは校舎の外だし、私が決めたルールなのだから仕方が無い、か……。まあ、そもそもこんなことになること自体が想定外だったわけだし……)
「私、お友達とこうしておしゃべりしながら登校するのが夢だったんですの♪」
「私はまだ友達ではない」とツッコミを入れたいところだったが、私はあえて口を噤む。
なぜならば、ここで私が言葉を返してしまえば、その時点で二人の間に会話が成立し、それこそ相手の思うツボになる。
しかしながら、一方的な会話であっても当の本人が上機嫌だったので、私は耳だけを貸しておくことにした。
………
(結局、何も訊かれなかったな……)
校門前に辿り着くまでの短い道中ではあったものの、彼女は私が家に泊まらせて貰うに至った理由も、家に帰ることを渋った理由も、子猫を連れていたことも何もかも、昨日の一切について訊くようなことはせず、猫が好きだとかマイブームの紅茶だとか、他愛も無いことを一方的に話し続けていた。
私としては問われる覚悟はしていたし、どう対処するのかも考えていたのだが、訊かれないというケースは想定していなかったため、逆に拍子抜けしてしまった。
だが、それ故に私は彼女と会話する必要があった。
「ちょっと待って」
「春希さん? どうなさいましたの?」
私が校門をくぐる前に足を止めて呼び止めると、彼女は少し驚いたように振り返る。
何かあったのかと心配そうな表情を浮かべていたが、私は構わず自分の考えを伝える。
「もう……私に……関わらないで」
すれ違い様の彼女は表情も変えず、ただただ立ち尽くしているようにも見えたが、私はそんな彼女を無視するように横を走り抜け、逃げるように教室へと向かった。
◇◇◇
◆4月5日 午前8時10分◆
席に着き、朝のホームルームが終わってからも、
私が提示した条件を律儀に守っているのか、先程の言葉を受けて気まずくなったのかは定かではなかったが、彼女は時折何か考え事をしているように見えたこと以外は至って普通の様子だった。
(これ以上はダメだ。これ以上、迷惑は掛けられない……)
彼女の善意に甘えてしまった自分が居たことは否定できないものの、これ以上不用意に私と関わりを持てば、彼女を事件に巻き込んでしまう恐れがあった。
善意で助けてくれた彼女に対して、酷い事を言ってしまったという罪悪感はもちろんあった。
しかしながら、万が一にでも彼女を危険に晒してしまった場合、今の私では彼女に対して何もしてあげられない。
だからこそ、これは仕方の無いことなのだと、私は自分自身に強くそう言い聞かせ続けた。
◇◇◇
◆4月5日 午前10時◆
二時限目になり、現代文の授業が始まったものの、今の私には考えなければならないことが山ほどあったため、授業の話などそっちのけで頭を悩ませていた。
(まずは、ネガミ・エールの効果を無効化する方法だけど……)
相手が見えないというのは、敵との戦いにおいて不利な要因でしかなく、その方法が見つからなければ雨を助けることは疎か、エゾヒを倒すことは絶望的であり、この問題は最優先で解決しておく必要があった。
(ネガミ・エールの効果を無効化する方法……。“魔法を止める”か、“効果を打ち消す”か……。まあ“効果を打ち消す”方法だろうな……)
“魔法を止める”方法に関しては前々から何度も試してはいたが、そもそもどうして発動し続けているのかが解明できなかったため、効果的な解決方法には辿りつけなかった。
そういった経緯もあり、今回は“効果を打ち消す”方法から模索することにした。
(ネガミ・エールについて……。テレビ中継や録画などでは負の感情は視認できない……。直視しないと効果がない……。鏡にも映らない……。大体15メートルくらい先までは視えて、それ以上距離が離れていれば消える……。遮蔽物がある場合はその先を視認できない……。他には、色や濃淡で違いが区別できることが確認されている……。これくらい……?)
現状で判っていることをノートに書き連ね、これらの情報からネガミ・エールの原理について、私なりに幾つか仮説を考え始める。
(負の感情は通常、目には見えないし、触れられるものでもない――つまり、“精神体”である可能性は高い……)
“精神体”とは、一般的には幽霊や魂、精霊や妖怪などといった霊的な類いと定義されているのだが、私に霊感はないのでその辺りが完全一致しているかどうかの確証はない。
しかし、それでは話が進まないので、とりあえずそれを正しいと仮定する。
(コウモリとかと同じで超音波とか……? でも、色はどう説明する……?)
“精神体”を知覚するための方法で一番最初に浮かんだのは、特殊な波長を周囲に飛ばしてその反射を感知する方法――コウモリやクジラなどが超音波を飛ばして、空間構造を把握する手段と似た発想だったが、この方法であった場合、負の感情を色と濃淡で再現するのは難しいと考えられた。
(色……サーモグラフィ……?)
私が思いついたもう一つの仮説は、特殊な波長は精神体から放出されており、それを視覚情報に変換しているという説で、例えるのなら、赤外線の放出量を測定するサーモグラフィのような原理に近かった。
精神体から放出されている何かを測定し、視覚情報に重ねていると考えれば、遮蔽物に影響されることや、負の感情の違いが色や濃淡で再現できるなど、合点がいくことも多い。
(そもそもどこで感知して、見えるようにしているんだ……? 触角とかそういった器官があるわけでもないのに……)
仮説とはまったく別に、測定している器官はどこなのかということと、変換された視覚情報を一体、いつ、どこで、使用者の視覚情報に重ねているのか、という二つの疑問が残っていた。
視覚情報に関しては、知らず知らずのうちに脳の電気信号が書き換えられてダイレクトに……などというあまりに考えたくもない可能性も考えられたが、目を閉じている間は胞子が視えなくなるので、そういった説は低いと考えられた。
(ん……? 目を開けている間は視えて、目を閉じている間は視えない……? それってつまり――)
寝ていたとしても朝日で目を覚ますように、たとえ目を閉じていたとしても目は光を感じ、常に見えている――となれば、測定器官と視覚情報を重ねている機能は
「んじゃ、花咲。ここを読んでくれ」
「そうか……! 眼球!!」
私が思わず声を上げると、教室は静まり返った。
「……今は生物の授業じゃないぞ」
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