第77話 見よ!復讐よりもなお熱い思い!夫婦の絆、その愛の力を!!

 俺は『加速』のスキルを発動させて、一気に火威に肉薄し、その顔に向かって思い切り拳を振るった。


「ぐはっ!」


「これは父さんの分!」


 さらに足に強化を施して、火威の腹を思い切り蹴り上げる。


「ぐぼぉおおおお!!」


「これは母さんの分だ!!」


 火威の体は宙を舞う。そして俺は雷撃のスキルを発動させて、それを火威に向かって放った。


「これが枢の!」


「お前が枢の名を口に出すなぁアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」


 電撃は火威の体に届く手前で四散してしまった。より大きなエネルギーにかき消されたようだった。火威は何かのスキルを発動させている。酷く嫌な予感がした。火威は屋上にふわりと着地した。


「これを使うつもりはなかった…。これを使うと政府が煩いからだ。だが使わざるを得ない。お前を殺し、警察共も皆殺しにして証拠を消してしまう以外におれが助かるすべはもうないのだからな。ふぅ…なりふり構っていられないのは余裕さがないから嫌いのにぃ!」


 だから俺はその勘を信じて横に跳んだ。するとさっきまで俺がいたところを赤い禍々しい光が飛ぶのが見えた。そしてそれは後ろにいた雲竜刑事のヘリの尾翼ローターに当たった。そして尾翼は一瞬にして蒸発してしまった。


『今のスキルは?!…!あれが噂の超大量破壊術式?!…くそ!神実先輩!ごめんなさい!応援が来るまで絶対に…!!』


 警察のヘリはコントロールを失ってフラフラとビルから離れていく。一応感知スキルによると、ヘリの起動制御を念動力スキルで操作しているみたいなので、墜落はしないだろうけど、何処かに降りざるをえないようだ。


「ちっ!避けるなよ…!せっかく苦しませて殺すって言うポリシーを捨てて、楽に殺してやろうというのになぁ!!」


 火威は怒りに燃えた顔で俺を睨みつけている。そして俺に向かって掌を向ける。俺は感知スキルの感度を最大に上げる。そして同時に収集する情報にフィルタリングを行う。集めるのは、あいつの掌の空気の温度だけ。


「っはああああ!!」


 来た!火威の掌周辺の空気の温度がいきなり上がった。俺はすぐにまた横に思い切り跳ぶ。また俺のいたところを赤い光が通過していったのがわかった。恐ろしく早い。


「レーザー…じゃないな。さすがに光速ではなかった。何の粒子はわからないが、ビームだな。それも滅茶苦茶強力な…!」


 ビームそのものを作る異能スキル術式はいくつか発見されている。だけどそこまで威力が高くはないのだ。軍用デバイスのシールドなら防げるレベル。でもこれはビームは違う。感知スキルではうまく威力を測定できなかったが、確信があった。


「強力ねぇ。くくく。そんなレベルではないぞ。このビームは世界で唯一の超大量破壊術式だ。限定的反物質挙動重粒子砲。扶桑計画の科学者たちはそう言っていた。世界でおれの異能力だけがマイニング可能なユニークスキルって奴だな」


「反物質?!馬鹿な!そんなものは作れるはずがない!!」


 反物質を自由に作れたとすれば、世界なんて一瞬で終わりを迎える。そんなヤバすぎる術式のマイニングは必ず集合無意識に拒絶させれるに決まっている。


「言ったろう?限定的だと。このビームは反物質的挙動を限定的に示す未知の粒子で構成されている。いや未知の粒子とは違うな。おそらく架空の粒子だ。集合無意識が観測した新たなる物質とでも言えばいいのか。この粒子はこの世界の物質と衝突すると対消滅を起こす。だが発生するエネルギーは限定的。その上なんなら放射線もその他危険な物質も生み出さない。極めてクリーンな破壊が可能なのだ。対消滅という現象を用いる以上、絶対に防御不可能。最強の矛と言ったところかな?」


「んな馬鹿な…そんな都合の良すぎる事象の改変がスキルで起こせるはずがない!集合無意識の観測による事象改変は理論的限界が存在するのが現在の定説だぞ?!…まさか…枢の仮説が正しかったって事か…?!はは…マジかよ…あいつまじで天才だったんだよな…女の顔ばかり見てたから忘れてたぜ…はは…」


「そうだ。枢の提唱した集合無意識決定論的宇宙モデルは正しかったのだ。この世界では強く願いを持ったものは、その願いを必ず叶えることが出来るのだ!!」


 これは恐ろしい事実でもある。異能スキル術式で引き起こせる事象改変にはもしかしたら限界がない可能性が出てきた。マイニングのやり方をこの先より進歩させれば、俺たちの異能スキルで出来ることは、もしかしたら神の領域にさえ行ってしまうのかも知れない。それがとても恐ろしく感じられた。


「へぇ…おかないねぇ…でも一つ言えることがある!お前の願いはどうせ俺がここでぶっ潰すってことだ!」


「いいや。お前はその前に死ぬんだ。さて?いつまでよけきれるかな?ははは!!」


 火威は再び掌を俺に向けてくる。このビームには幸い発動の予兆がちゃんとある。だから俺はそれを利用して、とにかくビームを避け続けた。


「あははっははは!避けろ避けろ!そして早く諦めろ!!お前が諦めて膝を着いたらすぐに射貫いてやるからなぁ!!!」


 俺は屋上を走り回って飛び跳ねまくって、からくもビームを避け続けていた。発動とインターバルが短すぎて近寄ることがちっともできない。火威はビルには傷がつかないようにビームを撃っている。自分の会社の入るビルを傷つけたくないっていうしょうもないプライド故にだろうが。ならばいっそ仕切り直しでビルの中に逃げ込むのはどうだろうか?だが屋上の出入り口あたりでもたついたらきっとそこで撃ち抜かれて死ぬ。どうしたもんかと思ったその時だ。


「…あれ?背中が温かい…?」


 誰かに見られているような視線を感じた。いや。この視線が誰のものかなんてわかり切ってる。思わず笑みが零れる。


「おい…?何がおかしい?なぜお前は笑ってる?」


 怒りで歪み切った火威の顔は酷く醜く見えた。


「ふふふ。いやね。ハルトくうぅうん!一つ自慢をさせてくれないかな?結婚はいいぞ!いつも誰かが傍に居るって優しい真実で心の底から勇気が出てくるんだ!」


「はぁ?何を下らん戯言を?今のお前の隣には誰もいないだろうが!!」


 俺は笑みを浮かべながら、火威を思い切り睨みつける。


「いるんだよバーカ!俺の隣にはいつもマリリンがいるんだよ!もうビビる必要なんてない!お前のその偉そう力なんてちっとも怖くない!ようはいつも通りだ!いつも通り!俺はただただ突っ込むだけよ!知ってるか!ベンチャーの意味を!これよりベンチャーします!!うーーーーーーーーーーーーーーーらーーーーーーーーーーーーーーーーー!!あああああああああああああああああああ!!!」


 俺は火威に向かって走り出す。使っているのは加速術式だけ。それ以外はすべて切った。


「はぁ?!ははは!そうかそうか!とうとう自分の愚かしさを理解したか!死をもって枢を穢した罪を雪ぐ気になってくれたか!!ならばよし!塵一つ残さず綺麗にこの世界から消し去ってやる!!」


 火威が俺に手を向けた。そして禍々しい赤い光のビームが俺に向かって放たれた。そう。今の俺には…!


「見えてんだよ!!」


 俺は自分の体にヒットするギリギリで体を捻ってビームを避けた。


「なに!?見えている?!いいや偶然だ!次は外さない!!」


 すぐにビームが飛んできた。だがそれも俺には見えていた・・・・・


「おりゃ!!」


 再び俺はビームを避けられた。そしてさらに走り続ける。


「なんでぇぇえええええええ?!ちくしょおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


 火威が両手を俺に向けた。どうやら片手だけではなく両手でも行けるらしい。でもそんなの意味がないのだ。だって俺には見えているのだから。俺の妻マリリンには邪眼の異能がある。それには透視と遠見と視界の共有があるのだ。今マリリンは俺の視界をジャックしている。そしてマリリンは火威の身体動作からビームの発動を正確に予知し、さらにビーム予想軌道もイメージ映像として俺の視界に送ってきているのだ。だから言っただろう。マリリンは俺の隣につねにいるのだ。今不甲斐ない夫の俺が困っているから健気にも妻のマリリンが支えてくれているんだ。


「これが夫婦の力だぁ!!」


 そして俺はさらに迫ってきた二本のビームをジャンプして避けた。そして火威の頭の上まで飛びあがった。そしてデバイスを起動させて「重力操作」を発動させる。対象は俺の体。俺の体は強い重力に引かれて、火威に向かって飛んでいく。


「ひぃ!やめて!ここで負けたら俺は二度と枢に逢えな…!!」


「うるせぇ!フラれた男はとっとと諦めろ!!見苦しいんだよ!!」


 俺は勢いをつけた蹴りを火威の顔にぶち込む。そのまま二人で勢いよく飛んでいく。


「がああああああああああああああああ!!!」


「うーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーらーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」


 そして火威の体は屋上に設けられた観光用の安全柵にぶつかった。


「がはっ…。…ああ…嘘だろ…なんで…おれは…あんなに頑張ったのに…」


 火威は体をびくびくと震わせている。頭から血を派手に流して、口からは泡を吹いていた。


「てめぇは頑張ってなんかいない!!他人から奪ってきただけだ!!そしてその報いが今果たされる!」


「そんな…枢…おれは…もう一度…逢いた…か…」


 そして火威は絶望のような暗い顔のままで気絶した。


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