第75話 『株式の半分をくれてやるから許して』なんて今更言われても、もう遅い!!

 アンカーは火威の手首に絡まった。


「何だと…!?うわっ!!」


 そして火威の体にも俺にかかっている『重力否定』のスキルの効果が及びはじめて浮き上がったのだ。ワイヤーで俺と火威の体が間接的とはいえ繋がっているために、スキルの効果領域の判定が火威に及んでしまったから起きた現象だ。そして火威もふわふわと浮き上がっていく。


「おーい!ハルトくうううん!そのままだと宇宙まで飛んで行っちまうぜ!ひゃははは!」


「くそ!!スキル解除!!」


 火威はツリーズビルの屋上を過ぎてからスキル発動をカットした。同時に俺の浮遊も停止してしまった。俺はヘリの底部を蹴って跳び、ツリーズビルの屋上に着地する。火威も念動力を駆使してツリーズビルの屋上に軽やかに着地した。


「貴様!タリスマンにわざと穴を開けたのか?!何故そんなことをした?!なぜ!!?」


「お前は本当に自分の事で頭がいっぱいになってるんだ。さっきお前はおれに向かって殺傷性が極めて高い異能スキルを使用した」


「だからなんだ!殺す気なんだから当たり前だろうが!!」


「このサイコ野郎!!殺しが当たり前のことだと思うな!!怒りに我を忘れたお前は公衆の面前で俺を殺そうとしたんだ!テレビ局もばっちり撮影していた!動画配信もライブでやってた!もう言い逃れは出来ない!!お前はたった今!殺人未遂の現行犯になった!!転び公妨だよ!微罪で逮捕して、本命の罪を取り調べるって奴だ!!世論は今日この日をもってお前を悪と断定する!!今までお前が起訴できなかったのは、お前がこの国の権力に食い込み過ぎていたから!だが今や大衆はお前がまともではないことを知った!もう権力ではお前は自分の身を守ることが出来ない!司法は大義名分を得たんだ!!お前は今日この日をもって破滅する!この俺の手によってな!!!」


 これが俺の作戦だ。火威に俺を殺させようとすること。雲竜刑事の率いる公安警察はこの上空のヘリだけではなく、会場のあちらこちらに各種センサーをきっちり持ち込んでいる。今の異能スキルの発動が火威によるものであることは、ばっちりと公的記録に残ったのだ。


『そういうことです!火威陽飛!殺人未遂の現行犯でお前を逮捕する!!!』


 雲竜刑事の乗るヘリには警察の特殊部隊が同情している。これでチェックメイト。


「そいつを殺す邪魔をするなぁアアアアアア!」


 だが火威はビルの屋上に異能スキルで巨大な防護シールドを展開したのだ。ヘリはそのシールドに触れる直前で停止した。感知スキルでの解析だと、あれにぶつかっていたらヘリは間違いなくバラバラになっている。それほど強力なバリアー。


『くそ!なんて悪あがき!!神実先輩!すみません!今から地上の予備部隊をそちらに送らせます!なんとか耐えきってください!!』


 ヘリは屋上の上を旋回し始める。


「もう諦めたら?悪あがきが酷いよ?」


「…確かにお前を殺すのは難しくなったな…ああ…褒めてやるよ…確かにお前は枢に選ばれるだけの器があった。ちっぽけな会社しか持っていないのに、俺をここまで追い込んでみせた。ああ…悔しいが称賛してやる。その実力を今は認めてやる…」


 酷く悔し気な顔で俺を一応は褒めてきた。ちっとも嬉しくないけどね。


「ならとっとと捕まって楽になっちまえ。ここら辺がお前の運命だよ。今まで好き勝手に生きてきたんだ。そのつけをこれから払うんだな。どうせ罪を償うなんてしないんだろから、牢屋の中から俺の今後の活躍を見て悔しがれ」


「誰がそんな下らんことをするものか!俺は運命を超えるんだ!そのために会社を創った!枢の為に!ここで捕まる気などさらさらない!取引をしよう。ラタトスク社の株式の半分をくれてやる!だから今の騒ぎはジョークだったことにしろ!会社知名度アップのための炎上マーケティング狙いだったとでも言え!!」


「はぁ?!株式の半分?!それを俺に譲るって?!会社の経営権を半分渡す?!」


「そうだ!!このままつかまるよりずっといいだろう?!これは会社を守るための苦渋の決断だ!すでにラタトスク社は上場することが決まっている。俺が保有する株式は最低でも2000億の値がつく!その半分ならば1000億円だ!!ビリオネアだ!!それをお前にくれてやると言っている!!」


「へぇ…?!マジかよ!あれだけ自分の会社に執着していたお前があっさりと株を渡すなんてな!捕まるのがよほど怖いらしいな!」


「今ここで捕まればおれの夢はついえる!会社がなくなれば枢との繋がりが失われる!お前への復讐は大事だが!それ以上に枢の笑顔がもっと大事だ!!だから半分くらいなら!別に惜しくもない!これはお前にとってもチャンスだ!!1000億だぞ!!わかるだろう!!その価値が!!お前が失ったのはたかが老いた両親だろう?!それと古くてみすぼらしいちっぽけな家!そんなもんだ!それへの賠償だと思えば破格だろう!!」


 俺が失ったもの。こいつに奪われたもの。両親と生まれ育った思い出の家。もしここで合理主義者であれば火威の申し出に即頷くのだろう。俺の両親だっていい年だった。案外長くはなかったかもしれない。ボロい家だって保険のおかげで建て替え費用くらいは出ている。焼け太り。そんな言葉がこの世界にはある。


「1000億あればなんでもできるぞ。何だって思いのままだ!その金を持ってあの金髪女と楽しく生きればいいんじゃないか!?何も今見たくあくせく仕事をする必要もなくなるだろう!今は車中生活だそうじゃないか!あの金髪女はそれに本当に満足してるのか?!女ならば自分だけの家を欲しがるものだろう?!豪邸でも何でも建てればいい!」


 確かにその通りだろう。マリリンときっと面白おかしく暮らしていけるだろう。今までさんざん苦労してきたし、かけてきたんだ。遊び惚けてみるのも悪くない。


「ここで手打ちにしよう。お前は金を持って消える。おれはお前の事を忘れる。お互いにwin-winだ。おれは約束は守る男だ。お前のことは金輪際狙わない。お互いに許し合おうじゃないか。まだ間に合う。そうだろう?違うか?」


「…はは!そうだな。確かにここら辺がお互いに妥協ポイントって感じだな。お前は会社を守り、俺は大金を得て人生をやり直す。誰も損しない素晴らしい提案だな。ああ、実にビジネスマンらしい合理主義的発想だな。俺も経営者だ。お前の判断は正しいよ!完膚なきまでに!!むしろこの土壇場とは言え、優先順位をきちんと守って引き際を考えられるお前の経営者としての資質には感心するよ。いやはや俺にはお前のような冷静な判断は出来そうにないからな!」


 経営者には冷徹な判断力が必要となるときがある。幸い俺には今のところそういったきつい選択は迫られていない。こいつは10年近く経営者をやっていたからこそ引き際をきちんと見極められるわけだ。こいつは生き延びるためにあっさりと俺への復讐心をあっさりと捨て去った。そのことにひどく苛立つ自分がいた。つまり俺の両親の命を奪うことなんて、こいつからすれば何の感情も籠っていない出来事ってことだ。何の感慨もない出来事。なのにそんなことが出来るこいつの底知れぬ悪意に俺は嫌悪と憎しみを止められないのだ。


「では株式の譲渡に同意して今回の件は水に流すということで手打ちにしよう」


「ふざけんなよ!クソ馬鹿野郎が!!お前の会社の株なぞいらん!」


「何ぃ?!1000億だぞ!1000億!それがいらないだと!?」


「ああいらねぇよバーカ!もう手遅れなんだよお前はなぁ!!テメェは本当に何もわかってない!何もわかってない!俺の命はマリリンにくれてやった!彼女の悲しみを掃う為に捧げたんだ!!彼女を笑わせてみせたいから一緒にいるんだ!俺の人生には愛があるんだよ!!なのにそれをたかが1000億円で買い叩こうっていうのか?!!?ふざけるな!!マリリンと俺が共に歩む人生をたかが1000億で買えると思うな!!!俺たちの人生はそんなに安くはないんだよ!!!」


 火威は俺の事を理解できないような困惑の目で見ている。だろうね。こいつの人生には愛がない。だから枢には愛されなかったのだ。そして俺の判断がこいつには死んでも理解できないのだろう。


「俺は幸せになると決めた。マリリンと一緒に幸せになるってもう決めてるんだ。火威陽飛!貴様は俺たちの幸せを汚す鼠だ。お前はどうしようもない悪だ。だから駆除してやる。さあ!最終ラウンドといこうじゃないか!!覚悟を決めろ!!お前はここで滅びろ!!」


 俺は拳を構えた。そして最後の戦いが始まる。

 

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