第60話 ベンチャー若社長vs神話の怪物!

 俺とマリリンはミノタウロスが後ろから恐ろしい勢いで迫って来るのを感じながら走り続ける。お互いに身体強化系の加速スキルを展開したのだが、それでもミノタウロスはぴったりと後ろをついてきたのだ。マリリンは邪眼でミノタウロスを睨みながら。


「イツキ。加速術式は切って。意味ないから」


「んなこと言っても、速度落としたら間違いなく追いつかれるぞ!」


「いいえ。あのミノタウロスは、あたしたちの出す最大速度にぴったり合わせてる…。多分迷宮の番人としての権能だと思うわ。ターゲットにいきなり追いついて殺しちゃったら面白くないでしょう?追いかけまわして疲れ果てたところを刈り取る。そういう神話のお約束に忠実なのよ…」


 何とも馬鹿馬鹿しい話だと思った。だけどマリリンの助言が間違っていたことはない。だから俺は加速術式を停止する。マリリンも俺に合わせて、自己加速系異能を停止して俺の隣を走る。そしてマリリンの言ったとおりだった。ミノタウロスは俺たちにぴったりついてこれるところまで速度を低下させた。


「おいおいおい。なんだよこれ…。昔あったなこういうゲーム。たしか敵キャラクターは主人公パーティーと同じくらいの強さになるように設定されてるって奴が」


 なんとも間抜けな話だが、ミノタウロスは鈍くなった俺たちの後ろをまだぴったりとつけてきていた。


「それってビデオゲームの設定の話?」


「そうそう。さっきからそうなんだけども、ヤクザや使い魔モンスターとのエンカウントもまるでゲームみたいな感じなんだよね」


 ヤクザさんもモンスターも歩いていると、突然陽炎が出てきて現れるのだ。本当にゲームみたいなエンカウント方式に感じられる。


「可能性はあるんじゃないかしら?魔術や呪術の類って、人類の集合無意識の影響をもろに受けるのよ。あるいは各地域、各文明ごとで同じ魔術でも威力が異なったりする。それはその地域の人々が持つ常識や慣習の総意のようなものの影響を受けるから。例えば日本だとお墓の近くに住むのは縁起が悪いって言わよね?」


「うん。それはよく聞くね。俺も出来れば遠慮したい」


「でも国によってはお墓の近くに住むと霊が守ってくれるって考えて、逆に人気の物件になったりするの。魔術はそういう概念のやり取り。その地域において多数派の概念は強い力を持つ。無栄は優秀な魔術師ね。近代に現れたビデオゲームの概念をうまくとりえれて術式に安定性を持たせたのよ。でも逆に言えば取り入れた概念に縛られるのも魔術。あたしはビデオゲームはほとんどやったことがないからわからないんだけど、なにかこうゲーム故の落とし穴ってないかしら?それさえわかれば攻略は出来る気がするわ」


「ゲームの落とし穴。ダンジョンで敵キャラクターと遭遇したとき。…っ!マリリン!俺についてこい!試してみたいことがある!」


 俺はマリリンの手を引っ張って、角を曲がる。その先には自動改札と柵に囲まれた地下鉄ホームへの入り口があった。俺とマリリンは策を飛び越えて、ホームへの階段の前で立ち止まる。


「マリリン!自動改札をサイコキネシスでぶっ壊してバリケードにして!!」


「わかったわ!!はあああああああああああ!!」


 マリリンが自動改札に向かって手を翳して、それを握りつぶす。すると自動改札は床からはがれて、横向きになり、ホームへの入り口をふさぐバリケードになった。そしてミノタウロスがそこへ突っ込んでくる。


『AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!GYAAAAAAAAAAAAAAAA!AAAAAAAAAAAAAAA!!…a…A…』


 ミノタウロスはバリケードの前で停止した。そして柵に沿って歩き出す。だがその視線はずっと俺たちの方へ向けられている。


「どういうこと?なんであんな柵程度で立ち止まるの?小学生だって超えてこれるような低さしかないのに…。飛び越えられないわけないわ。でもこっちへのターゲットは外れてないみたいだし…理解できない挙動ね」


「この異空間は地下鉄のホームを除いては、階の昇降のない事実上のワンフロアダンジョン。地下空間だから高低差を前提としていないんだ。ゲームによってはジャンプとかなしでダンジョンを探索するタイプがある。そういうゲームはちょっとした柵や障害物でも跨いだり跳んだりして超えるんじゃなくて歩いて回り込まないといけないんだ。それはプレイヤーキャラもそうだけど、大抵の場合敵キャラクターもそうだ。大抵そういうゲームの場合、敵キャラクターはプレイヤーキャラクターに接近することと柵を超えないというロジックだけで動くから、目の前のミノタウロスのように柵に沿ってウロウロと歩くって言う間抜けな動作になるんだよ」


 こういうゲームキャラクターの不合理な動きはよくあることだ。大抵の場合柵に敵をハメて、自分は判定の甘い範囲攻撃でひたすら殴るって言うズルい手で敵を倒すもんだ。


「なるほど論理エラーを起してるのね…。この異空間は集合無意識が支持するゲームのお約束という概念で神霊級の怪物を縛っている。大抵の場合同じ魔術であれば、他の対象もその概念で縛られている可能性がある。ねぇイツキ。無栄もおそらくゲームキャラクターのお約束に縛られているはずよ。それがわかれば多分あいつを引っ張り出してこれるわ!」


「お約束に縛られている。とすると…。なあマッピングしてまわったじゃん?で陽炎ワープの行き先を俺たちは把握したよね」


「そうね。方違えで何処へ跳ぶのかはもう全部把握してる。だけどどこも外へは通じていなかった」


「ククク…。おれも陰陽師くらい知ってるんだぜマリリンちゃん!そしてこういう同じところをいったりきたりするダンジョンって言うのはお決まりが用意されているんだよ!!マリリン!邪眼でマッピングしたここの地図を俺の視界に映してくれ!!」


 俺の視界にここの地下街ダンジョンの地図が投影された。各地にあった陽炎がどこへワープするのかもすべて書かれている。それらを頭の中でなぞってみた。やはり俺が思ったとおりの図形が出現したのだ。


「よし!マリリン!俺についてこい!男らしくデートの道順はリードしてみせるさ!!」


「あら素敵!じゃあこのあたしをうまくリードしてよね!!」


 俺はミノタウロスに警戒しながら、ホームの柵を超える。マリリンもその後を続いてくる。ミノタウロスも剣を振り回しながら、俺たちの後ろをぴったりとつけてきた。そしてまずは一番近くにあった陽炎に飛び込む。そして転送されたのはかなり遠い所にあるポイント。そして陽炎から出て今度は通路をひたすら走り、さらに別の陽炎へと飛び込む。相変わらずミノタウロスは俺たちの後ろをぴったりとつけてくる。


「ここの陽炎のワープははっきり言っておかしい。ある場所では一方通行だったり、双方向だったり、同じ場所から飛び込んでも、条件次第で飛ぶ場所が分岐したり。だけど陽炎への潜り方によって移動する距離と方向は常に決定される」


 場所によっては俺が先に飛び込むかマリリンが先に飛び込むかで、二人が飛ばされる場所が異なっているなんて言うケースもあった。それらの情報を掻き集めた上で、俺は陽炎ワープで俺たちが移動した線でとある図形を描くように陽炎を潜り続けた。


「これでラストぉおおおおおお!!とぅ!!」


 俺とマリリンは同時にダンジョンの端っこに設けられた陽炎を潜った。そして辿り着いた先は地下街には似つかわしくない和風で板張りの広間。部屋の中心に祭壇が設けられており、そこに陰陽師無栄一颯の姿があった。ここはいわゆる条件を満たさないと入れない隠し部屋。ゲームじゃよくあることだ。俺とマリリンはライフルを無栄に向けて構える。


「ああ、なるほどね。条件を満たすと隠し部屋に飛べるわけね。こういう論理の隙を見破れるんだからイツキは案外魔術師に向いてるんじゃないかしら?」


「いやだよ。魔術なんていう屁理屈の騙し合いなんて嗜みたくないね!」


 俺たちに銃口を向けられて無栄は酷く動揺していた。


「嘘でしょう?!あの転送の仕掛けに気がついたのですか?!」


「あったりめぇよ!陰陽師なら五芒星って相場は決まってるしな!ワンパターンなんだよ!!」


 無栄がいたこの部屋に入るための条件はただ一つ。地下街ダンジョンの陽炎ワープで移動した直線距離の線を全て結んだ時に五芒星の形になること。おそらく五芒星以外の形が出来ると、そのたびにリセットがかかるタイプのトラップのはずだ。よくあるよね。無限ループし続けるダンジョンは、右に何回左に何回とかみたいに決められた手順で移動するとループを抜けて正しい場所に辿り着くって奴。


「くっ!だがこの部屋の支配者はこのわたくしです!!前鬼!後鬼!不届き者を八つ裂きにしてやりなさい!!」


 無栄がお札を投げると、そこから二体の鬼が姿を現した。俺みたいな素人でもすごく強いんだろうなってことはよくわかる。だけどね。そんなん意味ないんですよ。


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